プロローグ
「だからボクは恋ができない……誰も好きになってはいけないんです」
その言葉は、不思議とわたしの頭に入ってきてくれなかった。
耳は声を捉えているのに。
分からない言葉なんて使われていないのに。
それなのにわたしは、その文章が、彼女の言っていることがまるで理解できなかった。
信じたくないから。
そんな事実はあってほしくないと思ったから。
だから無意識に、わたしの頭が拒否反応を起こしていたのかもしれない。
放課後。
学祭実行委員会が活動する教室。
下校する生徒の賑やかな声、校舎内に反響する金管楽器の練習の音、グラウンドから聞こえてくる野球部やサッカー部の掛け声、プールの方角から微かに届くホイッスルの音。
そんな様々な雑音が異様にうるさく感じた。
窓から差し込む夕日を浴びて、赤い髪にほのかな光を宿す小柄な少女。
わたしはごくりと唾を呑み込み、彼女に訊ねる。
「明……今の話、本当、なの……?」
明はゆっくりと頷いた。
まるで時間が止まったかのような無表情。
真ん丸な目でわたしを見つめる姿は子猫のように愛らしい。
そして明は改めて、とても信じがたい事実を口にする。
高く透き通り、今にも空気に消えいってしまいそうな声で。
淡々としていて抑揚がないのに、どこか悲しみを感じる声で。
「好きになった相手を消してしまう。ボクは――ドッペルゲンガーなんです」