第8話 青年は最強の兵器の故郷へ。
世界で注目を集めていないこともないかもしれない
ヘルシーフード・「ニホンショク」
「晴近様、申し訳ないのですが、一緒に天界に行っていただけませんか? ところで、やっぱり銀シャリは最高ですね! これぞソウルフードですよ! え? 今日のはお粥?」
朝食の最中、アリアが唐突な提案をしてきた。
本日は胃にも優しい朝粥を振る舞っている。
お粥には十個もの優れた効能があるのだ。
炊いたお米より生米から直接作った方が断然美味しい。
今回はシンプルに、塩で味付けをした。
付け合わせに添えたのは香の物だ。
それから御御御付けに副菜。
粗食だが、時々食べると身体に良い。
さて、アリアがこの家に住み始めて少し経つ。
色々と慣れてきたようで、今では好んで米を食べている。
一度、遥がパンを差し入れてくれた事があった。
すごく渋い顔をし、無礼に気づいて速攻で遥に謝っていた。
あんな顔は、ここに来て数日目に
『アリアもたまには故郷のパンの味が恋しいんじゃない?』
と聞いた時以来だった。
もう故郷の味は忘れたのかも知れない。
「天界ってことはアリアの故郷に? いいよ」
「はい、難しいのは承知──いいんですか?」
「もちろん。いずれは行かないといけないのが早まっただけだし」
「いずれは?」
「うん、個人的に界王様にちょっと用事があってね」
「晴近様、お父様とお知り合いなんですか?」
「そういう訳じゃないけど、落とし前を付けてもらおうと思って」
「なるほど……?」
「一大決心をしてるみたいだけど、里帰りしなきゃいけない理由があるの?」
「そうなんです。私は嫌なんですけど、お父様が『晴近様と会ったら一度連れて帰ってきなさい……』って」
「まあ、女の子の親だし心配もするだろうね。ところで遥は今回どうする?」
一緒に食卓を囲んでいる遥に聞いた。
彼女はお茶を飲んでいる。
「行きたいんだけどね、私は今回行けない。雫先輩の事で色々と……」
「ああ……」
思えば遥も苦労人だな。
とはいえ、俺もまだそこには触れたくない。
「それならせめてお土産を買ってきてあげるよ。アリア、故郷の名産物ってある?」
「首都【タルナダ】のですか? そうですね、天界は基本的に高原地帯で、確かお野菜があったと思います」
「高原野菜……。レタスなんかだと持って帰れないね。しょうがない、現地で考えよう。そういえばアリアは【フロート】と【アクセラレート】って使える?」
【フロート】は物体を浮かせる魔法。
【アクセラレート】はそれを進める魔法。
カーペットや板、人によってはベッドなんかも浮かせて、
その上に乗っている。
進行速度は走るのと同じか、それより少し速いくらい。
だが、旅となると重宝するのだ。
ただし一つ問題がある。
消費魔力が莫大なので、貴族か大商人くらいしか普通は使わない。
今回アリアに聞いたのは、魔力量ならすでにクリアしているからだった。
「はい、もちろんです。魔力も問題ないですよ。といいますか、ここに来るまでにそれで移動してきましたし」
「さすがアリア、良い子だ」
「えへへ、晴近様」
俺はアリアの艶やかな髪を梳きながら褒めた。
活躍するモンスターを褒めるのはテイマーとして当然の務めだ。
アリアは、はにかんで受け入れていた。
「一回はイチャつかないといけない決まりでもあるの?」
『バカップルめ』
なぜか遥は荒んでいた。
◯
天界とは雲の上にあるのではない。
その場所は、【ベルメル】から西の方向に位置する。
アリアが言った通り、標高の高い場所だ。
俺もテイマーの修行時代に天界の近くを通った事がある。
あの時は素晴らしい出会いがあった。
また、あの人と再会したいものだ。
今回の移動はカーペットでもベッドでもない。
なんと、幌付き馬車の荷台に乗って進んでいた。
これも【アウローラ】の供給する膨大な魔力のお陰だ。
保護魔法もかけてくれているので、雨風も問題なく凌げる。
ちょっとした移動家屋だった。
道中は大きな街道沿いなのでモンスターは滅多に出ない。
道を大きく外れれば話は別だが、野生動物と同じで警戒心が強いのだ。
俺たちは荷台を使い、時には宿屋に泊まりつつ道を進んでいった。
ちなみに、アリアは未だに俺の布団に潜り込んでくる。
最初はわざとかと思ったが、どうやら本当に無意識のようだ。
そして今は天界への道中、最後の街【ヴィルヒ】に泊まっているのだった。
「アリア、とうとう明日には天界だね」
「はい、ここから登りの道になるとモンスターも出ます。魔物避けの魔法も使いますね」
「いや、アリアはすでに魔法を展開してくれてるし、その役割は俺がするよ」
「晴近様も魔物除けの魔法を使えるんですか?」
「そうじゃなくて、テイマーにはテイマーなりの方法があるんだよ。具体的に言うと、モンスターの力に頼るんだけどね」
「モンスター……?」
「うん、【エンペラーフェニックス】を召喚して上空から威嚇と警戒をしてもらうよ。あの聖なる不死鳥がいれば大抵の敵は襲ってこないと思う」
「わあ! なんかカッコいいですね! 聖なる不死鳥、キラキラしてるんだろうな……楽しみです!!」
さて、とうとう警戒区域か。
でもこの辺りは昔も来たことあるしね。
◯
そして、天界に至る最後の道中を登っていると。
アリアが青ざめた表情で質問をしてきた。
まだそんなに標高があるわけでもないし、高山病ではないと思う。
「あ、あ、あの、晴近様」
「なにかな?」
「あの不気味な鳥、一体なんなんですか……?」
「【エンペラーフェニックス】のこと? 宿で説明したでしょ?」
「聖なる不死鳥って聞いたんですけど……。なんかすごく、おどろおどろしいですよアレ!!」
「アリア、命に貴賤はないんだよ」
「あ、すいません……。って、そうじゃなくてですね! あの鳥、顔が人面なんですけど!! それに、鳴き声がとても悲しそうな声で『いつまで~ いつまで~』って。ものっすごく怖いんですよ!?」
「ああ、それか。顔で差別しちゃいけないよ、言われた方は傷つくんだ。鳴き声の方はモンスター固有のスキルだね。不死鳥の聖なる囀り、【ホーリーコール】っていうんだ」
「すいません晴近様。私の中の『聖なる』って言葉が音を立てて崩れそうです」
「そういえば、なぜか遥も泣いていたな。愛嬌があってけっこう可愛いヤツなのにね」
「晴近様、私に『可愛い』って言ってくださるのはアレと同列じゃないですよね?」
「【エンペラーフェニックス】は生き物としての可愛い。ペットとかと同じ意味。アリアは女の子として可愛い。他の生き物とはモノサシが違うから比べようがないよ」
「そ、そうですか? もうッ晴近様たらッ」
アリアは照れていた。
良い意味で本当にチョロいと思う。
そんなこんなで、問題もなく天界の拠点【タルナダ】に着いた。
アリアの機嫌は完全に直り、俺にピッタリくっついていた。
むしろ鼻歌が出かねないくらい上機嫌だ。
その上空ではエンペラーフェニックスが「いつまで~ いつまで~」と悲しげに囀っていた。
◯
天界はアリアのホームグラウンドなだけある。
着いてからも門番や衛兵に引き留められる事もない。
ずっとスムーズに進んでいる。
一つ気になった事があった。
年配の門番や衛兵の人が喋ろうとすると、
アリアは大声を出し彼らの発言を遮る。
別に歓迎されていないとか、不都合な事を言われている感じではない。
一体なぜだろう。
それはともかく、俺はアリアの実家である天界のお城に来ていた。
天界の王族なだけあって、面会の都合もすぐにつけてくれた。
今は謁見の間の扉、その前である。
「アリア、この扉を潜る前に、俺は言わないといけない事があるんだよ」
「? 言わなければいけないこと? まさか、『娘さんを下さい』的な感じですか?」
「それも良いんだけどね。俺、家を出る前に『界王様に用事がある』って言ったよね」
「はい、『落とし前を付けてもらう』でしたっけ? そういえば、どういう意味だったんでしょう?」
「それを先に説明しておこうかなと。俺ね、界王様にお会いしたら、一発だけ殴らせてもらおうと思ってたんだ」
「お父様を? 晴近様って意味なくそういう事をする方じゃないですし……。その理由をお聞きしても?」
「もちろんだよ。授与式の時の話になるんだけどね」
「? はい」
「アリアって界王様の側近に操られてたでしょ? あの時、俺が願って神様が手を差し伸べてくれなかったらアリアは死んでいた。為政者としての立ち回りの結果、アリアは傷つくハメになったんだ。親としては悲しんだと思う。そこに追い討ちをかけると分かっていても、俺の感情がどうしても許してくれないんだ。勝手な話だとは思うんだけどね……」
「晴近様……私の為に、躊躇なく無茶な事をしてくださるなんて……! 命の恩人の晴近様にはその権利がありますよ! お父様や家臣の方がなんと言おうと、私がなんとかしますので遠慮なくやっちゃって下さい!!」
「アリア、ありがとう! それじゃ、行こうか!」
「はい!」
そして、謁見の間に至る扉が開かれた。
◯
今回のリザルト
テイムモンスター一覧
・エンペラースライム
・エンペラーゴブリン
・エンペラーファントム
・エンペラーヘルハウンド
・エンペラーフェニックス(開示)
・エンペラーローカスト
・エンペラー冬虫夏草
(省略)
・遥
・アリア
【御御御付け】
いわゆるお味噌汁。
【エンペラーフェニックス】
以津真天という名称で検索してみましょう。
ただし白米だけ食べてると脚気になるので注意ですよ。