第5話 青年は人類の英雄と雌雄を決する。
ギルドがザワつく中。
俺はアリアと遥を伴って表に出た。
ギルド前はちょっとした広場になっている。
大規模な遠征などをする際、ここで号令を行うためだ。
人類の英雄が関わっているからか。
野次馬が観戦しに来ている。
本当にやるのかな。
英雄なだけに血の気が多いのかも知れない。
「雫さん、本当にやるんですか? 話し合いにしません? 武力で解決した方が早いっていうのは分かりますけど、見物人もいることですし」
「愚問だな。武力の方が早いって君も分かってるんじゃないか。話し合いになると遥に泣きつかれるかもしれない。言いたい事があるなら力で語れ」
「でも、噂に名高い魔剣を使うんでしょう? 俺、神威武装持ってないんですよ」
「当然。わざわざ力をセーブする理由がない。……ん? 神威武装を持っていない?」
「はい。授与式の時にトラブルが有りまして。授かりはしたんですけど、俺の手持ちじゃないんです」
「それは……同情はするが、悪人の免罪符にはならない。同じ理由で身内が嫌な思いをしたとして、君は余裕を持って話せるのか?」
「……それは中々に痛いところです。今回は冤罪の身ですけど、確かに同じ立場だと俺も人の事は言えないかも」
そう言ってアリアの方を見ると──
今までにないオーラを漂わせていた。
というか、背後に【アウローラ】が展開されていた。
「晴近様……? この無礼なメスブタはお知り合いじゃないんですよね?」
「知り合いではないね。それよりもアリア、その言葉遣い」
「あッ! さすがにお相手に悪かったですか?」
「いや、相手がふっかけてきてるだけだから、そこはどうでもいいんだけど。豚って意外と綺麗好きだし、人間とは切っても切れないんだよね。だから貶し言葉として使っちゃ豚さんに失礼だよ。生き物を大事にするテイマー的にはちょっと」
「あ……そうですよね。豚さん、ごめんなさい」
アリアはシュンとした。
「いいんだよ。それよりも、言葉遣いでアリアの可愛さが損なわれる方が嫌だな」
「!! 晴近様ッ!」
アリアと俺の距離が縮まった。
「あのう、ナチュラルに挑発しつつイチャイチャしないでくれる?」
「そういう遥はコレを止めなくていいの?」
「ごめんなさいごめんなさい。元凶の私がそんな事を言う資格ないです!! 雫先輩! もうやめましょうよ!!」
「遥……。自分を卑下するほど追い詰められて……。すぐに助けてあげるから」
「そういう事じゃないんです!!」
「晴近様。これ、私が相手をしてもいいですか?」
「アリアが?」
「はい。晴近様の最強兵器として、放っておけません!! 何より私の晴近様を傷つけようだなんて、万死に値します!!」
「アリア……。気持ちは嬉しいんだけど、それは出来ない」
「晴近様!? なんでですか! まさか、私の最強が口だけとでも!?」
「いや、アリアが最強なのは純然たる事実だよ。これはそういう問題じゃないんだ。雑魚ならともかく、強敵を相手に女の子を前線に送って、自分は後ろでのうのうと観戦する。それは、俺のポリシーに反するんだ」
テイマーとしての戦いなら別だけど。
「きゅん!」
「アリア? なにそれ」
「いえ、胸キュンを表現したくてつい口に」
アリアって初対面の時からわりと変わってるよね。
あと俺が言えた事じゃないけど、かなりチョロい。
俺って可愛いとか美しいとは度々(たびたび)言うけど、
それしか能が無いというか。
表現方法、もっとあるからね。
「そろそろいいか? 会話で引き延ばすのもこれまでだ」
雫さん的に、これがラストチャンスらしい。
「遥、もう猶予がないみたいなんだけど。本当にいいの?」
「し、雫先輩!! 今なら私も一緒に謝りますから、本当にやめましょうよ!! 絶対後悔しますって!!」
「謝る……。イジめられすぎて軟弱になってしまったのか……。よし、これが終わったら私が鍛え直してあげよう」
「うぅっ……」
「この話の聞かなさと脳筋っぷり。間違いなく遥が影響を受けた大元だね。さすがにちょっと同情する」
「ハルくぅん」
会話中に野次馬が増えたらしい。
俺たちは人垣に囲まれていた。
周りは事情を知ることもなくガヤガヤしている。
「おい、人類の英雄対エンペラーだってよ。どっちが勝つと思う?」
「バッカ、エンペラー一択だろ。あのねーちゃんマジかよ。人類の英雄だろうが、個人戦でエンペラーに戦いを挑むって……。この辺の人間なら誰もやらねぇ」
「じゃあ英雄が大穴って事で賭けるか? まぁ俺はエンペラーに賭けるけど」
「それ、賭けが成立しないだろう……」
大衆の目の前で始める我々が悪いのは認める。
だけど、俺たちを対象に賭けまでするなら後で寺銭を徴収しよう。
いや、胴元でも場所の提供者でもないから寺銭は言葉が違うか。
遥にも止められそうにないし、もうしょうがないな。
穏やかに話し合いで済ませたかったんだけど。
神様、これだから綺麗事だけじゃ、ままならないんですよ。
世の中、愛なんて求めてない人もいるんです。
いや、深層では誰しも求めてはいます。
ですが、通じない相手もいるんです。
「もう一度確認させてください。本当に、魔剣を持つ貴女が、武装無しの俺に本気でかかってくるんですね? 始まったらもう取り返しがつきませんよ?」
「くどい。一度口にした言葉は撤回しない」
この人、危ういな。
正義と悪の紙一重の所にいる。
英雄と殺人鬼のように。
この二つ、立ち位置が違うようで実質同じようなものだよ。
【悪】の対極は【正義】のようで、少し違う。
本当の対極は【善】だ。
俺も人の事は言えないから、指摘はできないけれど。
神威武装こそないけど身体強化までなら出来るし……よし。
「わかりました。命をかける覚悟を決めます。では、俺はこの剣を使います。ちなみに本職はテイマーなんですが、テイム対象は使用しても?」
「もちろん。こっちも魔剣を使うんだ、全力で来るといい。なんなら、モンスターを連れてくるまで待ってもいい」
「ありがとうございます。しかし、俺は召喚が出来る系のテイマーなので。では、テイム対象は解禁させてもらいます」
そこで、遥が口を挟んできた。
「せ、先輩!? モンスターだけはダメです! 今からでもいいので、剣だけの勝負にしてもらってください!!」
……要らん事を。
「……そうだな、万が一負けたら考えるか」
なに?
俺が負ければ腕を取られるんだよね。
対して雫さんは仮に自分が負けたとしても五体満足。
その上、やり直しが可能なのか。
………………。
「遥。俺じゃなくて雫さんの味方って事でいいね?」
「ちちち、違うの!! これは、むしろお互いのためを思って! ──あ、ごめんなさい。私、またハルくんに無理を強いる所だった……」
遥は項垂れた。
この子も悪い子じゃない。
「じゃあ始めますか?」
「ああ。せっかくだから先手を譲ってあげよう。魔剣を使う、せめてものハンデだ」
「ありがとうございます。では遠慮なく」
俺の【不動剣クリカラ】は、両刃の剣だ。
アリアから譲ってもらって以来、相棒として使っている。
俺は盾を持たず、基本的に両手で剣を扱う。
……一応、武器を飛ばす狙いでいくつもりだ。
雫さんにも家族がいるだろうし、遥も悲しむ。
さすがに武器を失えば降参してくれるだろう。
さて、この状況。
魔剣なしの純粋な剣術勝負なら間違いなく俺が勝つ。
問題は雫さんが魔剣の固有技能を使うかどうかだが……。
さすがにそこは信じたいね。
先手をくれるなら開始の合図は要らない。
今回の狙いは……初太刀でわざと隙を見せて
カウンターからの武器とばしにしよう。
というか、俺がいきなり秘剣で斬れば、多分この人は死ぬ。
無言で対峙し、脱力状態から剣を上げ。
袈裟斬りのモーションで一足に間合いを詰める!
しかし。
「なかなか筋はいいが、甘いな」
浅めに斬ったはずの雫さんは残像だった。
これでは魔剣をとばせない。
そして、こちらの虚をつき宣言通り容赦なく腕を斬り飛ばす。
……魔剣の固有能力、本当に使ってきたか!!
「グ、アアァァァァ!!!!」
俺の腕が宙を舞う。
「晴近様ッッ!? イヤァァァァ!!」
「ハルくん!? そんな、あ、あああああ!!」
方々から上がる絶叫。
そんな中、雫さんは落ち着いていた。
「……身の程を知って素直に謝れば、土下座くらいで許したかも知れないものを」
人の腕を斬っておいてそれなのか。
遥もアリアもあの様子だよ?
さすが英雄。
鉄火場に慣れているだけはあるね。
しかし、戦争でもないのに感想がそれだけって。
人としてどうなんだろう?
「は、晴近様によくも──!!」
「雫先輩……。さすがに私も許せません。勝てないにしても玉砕覚悟で挑ませてもらいます!!」
「……? 遥のためを思ってやった事だ。悪党成敗、褒めてくれてもいいじゃないか」
「そんなこと頼んでません!! 私は何度も止めました!! あぁ、ハルくん、ハルくん」
それを聞いて俺は──
「雫さん、油断しちゃダメじゃないですか」
アリアと遥の方に気を取られている雫さんを、今度こそ浅く斬った。
武器を弾き飛ばすなんて、もうしない。
信じたいなんて思った俺が甘かった。
雫さんが勝利を確信したからこその油断。
だが油断など関係ない。
俺の斬る速度は先ほどより段違いに速い。
どちらにせよ、この斬撃はかわせない。
「ぐぁ! ハルチカ、なぜ」
「なぜって、参ったなんて一言も言ってませんし……。雫さんは命がけの戦場や真剣勝負で、腕を斬っただけで勝敗をつけてるんですか?」
「これは殺し合いじゃない、試合だろう?」
「?? 試合? 抜き身の魔剣に腕を切断。殺し合い以外のナニモノでもないないですよ。しかも俺は命をかけると宣言しました。どうせ、斬った後に失血死しても『しょうがなかった』で済ますんでしょう?」
この人は何を言っているんだろう。
「しかし」
「しかしじゃありません。貴女は強いが故に相手を軽んじすぎます。その上、自分の好ましいルールや展開を一方的に押しつけてくる。なら、俺は俺のルールを押しつけます」
「ルール……?」
「『雫さん、剣を捨てて地面に両手両膝をつけ』」
浅いといっても【不動剣クリカラ】で斬りつけた。
もちろん既にテイム済みだ。
これでチェックメイト。
命令通り、雫さんは地面に縫い付けられる。
「!! な、なにをした」
「テイムしたんですよ。もう俺の勝ちです」
「私はハルチカの腕を斬ったはず……」
「それですか。……幻影ですよ。『戻れ、エンペラーファントム』」
まず展開していた幻影を消す。
保険をかけていて良かった。
そして、事前に呼んでいたエンペラーファントムを送還する。
顔無き亡霊。
こいつを攻撃に回すのは危なすぎる。
もっぱら防御用だ。
もちろん遥とも戦わせていない。
「幻影だと!? いや、確かに手応えが」
「手応えのある幻影もあるんですよ。それよりも、俺の勝ちでいいですね? もうこの間に何回も斬り殺せてます。なんなら俺も腕一本もらいましょうか?」
「ま、待て! ……まだだ。さっきのは初見殺しの卑怯な行為だ。ハルチカに剣で敗れたとしても、まだモンスターには負けていない」
なんだ、往生際が悪いな。
こっちは加減したのに……。
このまま殺されたいのかな。
初見殺しは魔剣も一緒じゃないか。
戦争や殺し合いでも、卑怯だとか正々堂々って言い張るのだろうか。
そもそも本当に勝負前に言った事を実践するのか?
それでも、本来はモンスターに負けたら仕切り直すって話だけど。
「雫先輩……」
俺が無事なのを確認してホッとしているアリアと遥である。
遥の発言、少し余裕が戻ったのだろうか。
非情なまでに俺の腕を斬っておいて、見苦しく負けを認めない。
その雫さんの姿勢に遥も少なからず失望しているのかもしれない。
「じゃあモンスターを呼びます。さっき先手を譲って頂いたお礼に、モンスターを見た後で敗北宣言を受け入れますよ」
「見ただけで敗北……? そんな馬鹿な話があるはずがない。戦う前に降参するなんて、腑抜けだ」
「雫先輩!! ハルくんは温情で言ってくれてるんですから、もう受け入れましょうよ!! 英雄の貴女がこんな……。潔くない、恥さらしって言われちゃいますよ!!」
俺が腕を斬られたのを見て思うところでもあったのか。
遥も言うようになったな。
「戦う前から負けを認める事こそ恥さらしだろう!!」
それを聞いて、俺は雫さんへの命令を解いて立ち上がるまで待つ。
「遥、百聞は一見に如かずだよ。見ないと分からないって。じゃあ、呼ぶからこの場の皆さんも落ち着いてくださいね。『来い、エンペラーゴブリン』」
しかし、広場には何も現れない。
「……? 召喚に失敗したのか? それなら私の勝ち──」
「何を言ってるんですか。もう来てますって。正面や下ばかり向いてないで、上をご覧になったらどうですか? すでに影になってるでしょう」
「なにを……。!!!!」
彼女が顔を見上げると。
そこには──巨大なギルドの複合施設の大きさに負けず。
劣らないどころか、それ以上に巨大な鬼がこちらを覗き込んでいた。
その目からは感情をうかがうことはできない。
根源的な恐怖を感じさせる目だ。
野次馬たちも一層ザワめく。
「勝てますか? 勝てるというなら一騎討ちをしてもらいますが」
「こ、れは。馬鹿な。こ、こんなのに勝てるわけがないだろう。ゴブリン? 小鬼の魔物じゃなくて、これじゃあ巨人じゃないか……」
「ただのゴブリンじゃなくてエンペラーゴブリンですよ。巨人なのは当然です。だって、もう一つの名前は【デイダラボッチ】って言うんですから。もう一度お聞きします。このモンスターと戦いますか?」
「……私の、負けだ」
雫さんは剣を取り落とした。
彼女に味方する者は、この場に誰一人いなかった。
◯
今回のリザルト
テイムモンスター一覧
・エンペラースライム
・エンペラーゴブリン
・エンペラーファントム(開示)
・エンペラーローカスト
・エンペラー冬虫夏草
(省略)
・遥
・アリア
・雫(←new!!)
【エンペラーゴブリン】
デイダラボッチで検索してみましょう。
次、ざまぁというか断罪のターン。
容赦なく口で追い詰めていきます。
普通はここで許すのかもしれませんが
「英雄と戦えてむしろ光栄→和解」
「お互い怪我もないですし良い勝負でした!」
「自分が罰しはしませんけど今後一切関わらないでください」
なんて展開は絶対ないです。
むしろ相応の罰を求めるのがこの人。