第2話 青年は最強の兵器を得る。
そして日常に
徐々に光が収り、ようやく目が慣れ視界が戻った頃。
目の前には生命の輝きを取り戻したアリアがいた。
確かに血色が良くなっている。
目こそ瞑っているが、呼吸も穏やかだ。
彼女の背にはもう純白の羽根はない。
すでにソレは消失している。
しかし代わりに──色彩を変え続ける光が広がっていた。
抱き起こした体勢のままだから不思議な感じがする。
虹色の羽根とは違う。
後光の如き光だ。
これは何と言ったらいいのだろう。
そうだ、以前聞いた事のあるオーロラだ。
あれは創造の女神──【アウローラ】が元になっていた気がする。
幻想的。
彼女を最初に見た時に抱いた感想が再び頭をよぎる。
と、徐々に背中の光は消えていった。
その背中には羽根も光もない。
そしてアリアは目を覚ます。
瞳には先ほどとは違い、確かに理性の光が宿っていた。
良かった。
俺は安堵感から思わず笑顔になっていた。
そうだ、何か声をかけよう。
そう思っていると、彼女の方から口を開いた。
「あの……カミサマ、ですか?」
「え、俺?」
「はい」
いや、どちらかというと神々しいのはこの子の方だ。
「助けたのは神様だけど、俺は神様じゃないよ。神の子ではあるけど」
ヨイショっと手を引いて、立たせながら言う。
「え?」
「行動を起こしたのは確かに俺だけど……ああ、紛らわしいな。俺の名前は晴近ね。助けてって願ったのは俺、実際に助けたのは神様。まあ神様は幻聴なんだけど。わかるかな?」
「?? 助けたのは……晴近様?」
なんか混じってる。
俺と神様が融合しちゃってる感じだ。
いやこれ俺の言い方が悪いな。
「神様じゃなければ好きに呼んでくれればいいけど……。多分、俺の神威武装が君に取り込まれたんじゃないかな。それのお陰だと思うよ」
「?? 私は晴近様の神威武装?」
どうやら混乱しているらしい。
どんどん話があらぬ方向に進みつつある。
「いや君は──ああ、もう一回確認だけど、名前はアリアで良いんだよね?」
「はい、アリアです!」
そう元気よく言って、彼女は初めて笑みを浮かべた。
うおッ! 眩しッ!
まさに会心の一撃だ!
幼いわけではないが、純真な笑顔だ。
別に先ほどと違って光を発しているわけではない。
だが、その笑顔には破壊力があった。
「アリアは神威武装じゃないよ。人間……じゃなくて天族か。いやもう人でいいや、同じようなもんでしょ。【姫】って言われてたし、やんごとない身分じゃないの? ご両親はどういう方かわかる?」
「親……。あ、界王です、晴近様」
「界王様!? なんで天族の長の娘がこんなテロまがいの事を……」
天族の長はさすがに神王と名乗るのは恐れ多いのか、下界の王──【界王】と名乗っているのだった。
「よく覚えてないです。お父様の側近に連れて行かれたと思ったら、そこから頭にモヤがかかってて……」
「いかにも操られてる感じだったもんなぁ……」
あ、こんなに悠長に話してる場合じゃない。
それよりも本題だ。
アリアの身の振り方を考えないと。
このままだと彼女が酷い目に遭うかもしれない。
「よしアリア。帰り方はわかる? このままここに居ると、そこいらの人間に報復されちゃうかもしれないから。彼らが呆気にとられてる内に逃げた方がいいよ」
「嫌です」
「ん?」
「晴近様と一緒にいます」
おー……なんか急に自己主張してきた。
「叶えてあげたいんだけど、俺の力じゃちょっとどうにも出来ないというか。アリアを危険な目に遭わせたくないんだ。頼むよ」
「……また会えますか?」
「アリアが本当に界王様の娘なら。俺、テイマーになる予定だからここの街にいるよ。君が界王様のコネでも使えるようになったら会いに来るといい」
「テイマー、ですか?」
「そう、テイマー。あ、なんならアリアもテイムされに来る?」
「テイムはいいんですけど、神族ってテイムできるんですか……?」
「モンスターしかテイムできないと? それは誰が決めたのかな。やってみれば意外と出来るかもしれないし、やる前から諦めたらダメだよ。なにせ俺は神の子だしね」
気合いも意外と大事ですよ。
「は、はあ……。晴近様がそれでいいのなら」
「じゃあ、俺はアリアが来るまでテイマーの力を磨きながら待ってるよ。それでいい?」
「は、はい。きっと会いにきます。あ、そうだ」
「?」
「これ、晴近様に差し上げます」
そう言ってアリアは落とした剣を拾い、手渡してきた。
龍と炎の意匠で彩られた美しい剣だ。
「これは?」
「【不動剣クリカラ】といって、天界の至宝です」
「天界の至宝ってアリアの事じゃないの?」
「天界の至宝はたくさんありますので」
「天界、称号がガバガバだね。じゃあ貰おうかな。これって何か特殊な効果ある?」
「ええ、調伏という効果が。斬りつけた相手を強制的に従わせることができます」
「おお! テイマーにピッタリだ。ありがたく使わせてもらうよ。っと、そろそろ行った方がいい」
「はい……名残惜しいですけど、絶対に会いに来ますから!」
「元気でね! そうだ、背中の羽根の事を聞かれたら神威武装の【アウローラ】になったって答えるんだよ!」
名前がないと不便かもしれない。
とりあえず最初に抱いた印象の名前を贈っておこう。
「あれえッ!? 私、羽根がなくなってる!?」
アリア、それ今さらだよ。
◯
神威武装の授与式の日から三年の月日が流れた。
テイマーになると宣言した俺は──
「晴近! まだ表の掃除終わらないの!? もう! せっかく聖剣持ちが武装無しの役立たずを使ってあげてるっていうのに……。ちゃんと有り難みを実感して奉仕しなきゃダメじゃない!」
「ううッ、遥さん……もう勘弁してください……」
「ダメ。次期英雄候補である私の役に立てるんだよ? 普通なら泣いて喜ぶ立場なの。弁えなさい!」
幼馴染みの遥に虐げられていた。
彼女は聖剣所持者となって変わってしまったのだ。
惨めな俺は、黙々と奉仕をする。
「嗚呼、誰か俺をこの哀れな境遇から救ってくれ……」
思わずそう呟くと……。
どこからともなく少女が走り寄ってきた。
「は、晴近様!? まさか、私に神威武装を譲ったから差別されて……!」
「あれ、君は?」
烏の濡れ羽色の長い髪を持つ、とんでもない美人だ。
その姿は忘れようもない。
「私です! 三年前、貴方に助けてもらったアリアです! 待ってて下さい。今、そこの不届き者を成敗しますので──!」
授与式の時に出会ったアリア!!
どうやら、彼女は約束通り俺に会いに来てくれたらしい。
その上、この境遇から助けてくれるようだ。
が、そんなタイミングで遥が声を上げた。
「あ、あの、ハルくん……。そろそろ許してくれない? 私、なんだか極悪人みたいな感じになっちゃってるんだけど……」
「あッ! 勝手に止めちゃダメでしょ! せっかく『虐げられる神の子プレイ』が上手くいってたのに」
「いや、そう思ってるのはハルくんだけだよ。この街の人は誰一人そう思ってないよ……」
なんだと、失礼なヤツめ。
現にこうやってアリアが釣れたじゃないか。
状況に置き去りにされたアリアは目を点にしていた。
「あれ? 晴近様はイジめられてるんじゃ……?」
「えと、アリアさんだっけ……。これむしろ、私の方がイジめられてるんだけど……」
「アリアッ! 俺を助けてくれッ!!」
「やめてよッ! ホントにアリアさんに勘違いされちゃうでしょ!?」
「え、え? 一体どういう……?」
そうして、(遥が勝手に)アリアに状況説明をするのであった。
◯
「遥さんの言うことが本当なら、晴近様はこの街をほぼ牛耳っている……?」
せっかくのお客様だ。
現在は俺の家に移動して
オヤツを振る舞っている所である。
掃除をしていたのは俺の家の前だった。
遥は説明後に、そそくさと帰っていった。
「まあそれは別にいいじゃない。それよりアリア、約束通り会いに来てくれたんだね」
「全然良くはないですけど……。はい、晴近様の仰る通り、お父様の権力を利用して会いに来ました。晴近様がくれた神威武装のお陰で、天界で最強になったんです!」
私の魔力量と合わさりまして。
と、彼女は付け加えた。
「最強……なるほど。あ、そういえばテイムされる約束だよね?」
「出来るならされますけど……。あれから私も調べましたけど、普通は不可能らしいですよ」
「それなら大丈夫。もうアリアはテイムしたから」
「……え?」
「いま、オヤツのきび団子食べたでしょ? きび団子を与えるのは、我が皇家に伝わる秘伝のテイム方法なんだよ」
「ムグッ!?」
「あ、喉つまらせちゃった? 毒は入ってないから大丈夫だよ。はい、お茶」
お茶を差し出すとアリアはグイッと飲み干した。
「え、本当に私テイムされたんですか? だとしたらソレ、毒よりもタチが悪いと思うんですけど……」
「いやいや、命をとる訳じゃないから。死ねって命令することもないし、安心してよ。よろしく、俺の最強兵器」
「自分で最強とは言いましたけど、アッサリ受け入れるんですね」
「むしろアリア以外に最強はいないと思う」
「……ちなみにテイムされた場合って、どれくらい強制力があるんですか?」
「んー……【強制召喚】が使えるのと、基本的な命令と、……まあ、うん」
「なんで言葉を濁すんですか!?」
「まあまあ。それより再会を喜び合おうよ。大きくなったね、アリア……」
「そうしたいのは山々なんですけど。なんで『大きくなった』の所で私の胸をしみじみと見てるんでしょうか」
「ごめん。アリアが美人になりすぎてて照れくさくてさ。どうにも目を合わせられなかったんだ」
「本気で言ってるっぽいのが逆に怖いです」
「そういえばアリアはこれからどうするの?」
「どうするって、この街に滞在しますけど……。幸い羽根もないので外見じゃ神族ってわからないですし。あ、泊まる場所って事ですか?」
「うん」
「それはもちろん、晴近様の家にご厄介になれればと。まあ、もしダメだったら宿屋に──」
「ヒャッホウ!!」
思わず俺は叫んでいた。
「あの、なんでガッツポーズして喜んでるんですか。普通、一回は『女の子を泊めるのは世間的に』ってなる状況なんじゃないでしょうか」
「そんなツマラン建前はいいよ。可愛い女の子と同棲できて喜ばない野郎っているの?」
「一点の曇りも無き眼ですね」
「なにせ神の子だからね」
「答えになっていないような……。ハッ! 出会った時と同じく、また晴近様のペースに呑まれるところでした! 私も成長したんです、そうはいきませんよ! これを見て下さい!」
そう言って、アリアは一枚の紙を差し出してきた。
「なになに──契約書? 文面は……『晴近様(以下甲)は、アリア(以下乙)と恋人になる事をここに誓う』」
その文章から始まり、つらつらと決まり事が列挙されていた。
これどうやって作ったんだろう。
「どうですか? 私も一人前のクールビューティになったんです。淑女っぽく、これからは晴近様を振り回して──」
「はい、終わったよ。一人前のクールビューティ」
「……え? サインしちゃったんですか? って、サインというか血判じゃないですか!?」
これくらい余裕ですよ。
「契約の証だよ。これがもし婚姻届だったらさすがに3秒くらい迷って速攻でサインしたけど」
「3秒って、迷ってないじゃないですか……。あ、サインの前に何か書き足されてる。『ただし、乙にヤンデレの気配を感じた時は以上の条文は全て無効。なお、その判断の一切は甲の主観に委ねるものとする』……実質無効じゃないですか!?」
「不平等条約になったらダメかなって」
「うう、もういいです。そもそもテイムされてる時点で無効のようなものですし……」
「まあまあ、明日は街を案内するしさ。元気だしなよ」
「晴近様、『まあまあ』って言えば何でも誤魔化せると思ってません?」
「まあまあ」
とりあえず明日、街の案内をすることになった。
◯
今回のリザルト
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