第1話 少年は悩み、結論に至る。
シリアスチックな開幕です。
一生に一度だけ授かる事の出来る人類の防衛兵器。
神威武装。
原則として一人につき一つ。
先述の通り、チャンスはたった一度きり。
その授与式の日、俺はとある理由から授与を拒否した。
しかし、結果的として皮肉にも俺は最強の兵器を手にしてしまったのだった。
◯
天魔大戦。
はるか昔より続く戦争。
天族と魔族による争いは熾烈を極めた。
人間はその渦中において、ただただ翻弄されるだけだった。
黒い羽根を持ち魔力を武器にまとい腕力に秀で、単独で高い戦闘力を誇る魔族。
対して、白い羽根を持ち魔法に優れ一致団結して戦う天族──別名、天使族とも言う。
事の発端は『どちらがより神に愛されているか』であった。
もはやそれはキッカケにすぎず、争う事が目的の戦争に成り下がっていた。
一方で魔力も戦闘力もない人間は、両種族から馬鹿にされ、蹂躙されるだけの存在だった。
このままだと人という種族は滅びてしまう……。
だがある時、人間の神官の夢枕に神を名乗る存在が現れた。
その存在は人に対して、天魔に劣らない力を授けるという。
『種族に序列などない。人間には人間の力を授けよう』
それを期に、人は争いに対抗する力を手に入れた。
一生に一度だけ授かることのできる、己の手足に等しい相棒。
それが神威武装だった。
神威武装は形も能力も十人十色。
共通点をあえて挙げるとするなら、『武装を持つことで多少の身体強化をする』事と、『己の持つ少ない魔力でも使え、特殊な能力を発動できる』事だった。
これは、とある青年が天魔大戦をサックリと終結させ、その先に至る話。
もっとも、天魔大戦自体はとある理由により終わりつつあったのだが……。
誰よりも力を望んだ少年が骨肉の争いを厭い、少女を助けるために神威武装を投げ捨てる場面から始まる物語である。
◯
どうしてこんな事に。
目の前には地獄のような光景が広がっている。
『なんだこれ』
俺は半ば放心しつつ、ここに来るまでの経緯を思い出していた──
その日は年に一度、人間の子らが神威武装を授かることの出来る日だった。
俺は幼馴染みの女の子の【遥】と一緒に、希望に燃えながら授与会場へと向かっていた。
会場は全国の主要都市の外れにある古代の闘技場。
ここではその昔、人同士が素手で格闘の試合を行っていたらしい。
田舎からだと大変な距離だが、俺たちは街に住んでいるので歩いて行ける場所だ。
授ける人はお告げを賜った【始祖の神官】の子孫達。
それぞれが家系に伝わる秘伝を持っている。
それを儀式化したものが、神威武装の授与式だ。
どんな武装が欲しいか。
俺は遥と歩きつつ、
ああでもないこうでもないと話していた。
「俺はとにかく強い武器かな。こう……最強って感じの。形状は剣がいいけど、強ければ弓矢でも鞭でもいいや」
「相変わらず晴近は漠然としてるよね。剣術はバカみたいに強いのに。でも、私も剣かな! 雫先輩の魔剣みたいな、そこにあるだけで存在感があるのがいい!」
晴近は俺の名前。
先輩って言ってるのは恐らく人類の英雄こと【雫】さんのことだ。
剣の名前は……【魔剣グラム】だったと思う。
話しで聞いた事しかない武装だ。
鉄をも切り裂く凄まじい剣らしい。
同じ人間のうえ同性。
遥が憧れるのも無理からぬ事だろう。
「魔剣か。確かに強いんだろうけど、持ち主を破滅に追いやるって話もあるし、リスク抜きでなんてダメかな」
「そんなおいしい話があるわけないでしょ! 力が無いから私たち人間は見下されてるの! リスクがあっても、とにかく力が無いと土俵にすら立てないんだよ!」
「歴史を見ると、もっともなんだろうけど。それで他の種族を圧迫したら魔族や天族と同じになるし。こう、仲良く平和にするための強大な力が欲しいっていうか」
天族──彼らは自分たちこそ神の恩寵を受けた種族、神族と言ってはばからないが、他の種族は天族とか天使族と呼んでいる。
「もう、晴近は力を欲してるわりには甘いよ! しょせんこの世は食うか食われるかだよ! 平和なんてあるはずないでしょ!」
遥も考え方がちょっと過激だ。
雫さんや他の種族に触発されているのかもしれない。
前は涙目な事が多く、気弱というか優しい子だった。
とはいえ服装や髪なんか変わっていない。
茶髪に茶色の目、フワフワの髪の長さはセミロング。
これから武装を授かるのに、なぜかスカートを履いている。
目尻が下がっているので、今の強気な口調とはギャップがある。
どう見ても背伸びをしているようにしか見えない。
身長も低めで、相変わらず女性らしい子だ。
「いやいや、俺が誰より力を欲する理由はその食うか食われるかの争いから抜けるためだよ。確かに平和は言い過ぎたかもしれないけど、目に映る範囲くらいは守りたい。武装の基礎過程が終わったら俺も戦場に行くつもりだよ」
身の周りの人は守る。
できれば、戦場に行って多くの人を守る。
それが俺の漠然とした目標だった。
「だから食う側に回るしかないんだって! 他の種族にされた事はやり返さないと! とにかく、私たちはライバルだからね!」
「ライバルって。同族だから切磋琢磨は分かるけど、俺はもっと支え合う関係がいいな。仲良くしようよ。まあ、神与武装が外れたらテイマーでもやるよ」
「……たまに出る晴近のテイマー推しはなんなの?」
だって、絆を活かせそうだし。
ご先祖様由来の由緒正しい職業だし。
しかし、こうなると平行線だった。
遥は独立心が強く、一人で生きていけるように。
俺は逆に人や周りとの関係性を重視している。
遥から見れば、俺のスタンスは軟弱なのかもしれない。
確かに俺の主張はどこかハッキリしてない。
この話になると、どうしても価値観が合わないようだ。
結局、話の決着はつかないまま目的地に着いてしまった。
闘技場は円形の建物で、中は広々としている。
その中央に祭壇のようなものが組まれていた。
壇上から見下ろしてる司祭が武装を授与してくれるのだろうか。
男女の性別問わず、様々な人がいる。
皆も浮かれているのだろう。
ザワついている会場。
だが、司祭がゴホンと咳払いをすると一様に静かになった。
「諸君、まずは祝いの言葉を述べよう。おめでとう。ここにいるという事は、君たちは一人前への第一歩を踏み出したという証拠だ。色々と言いたいことはあるが……退屈な話を長々としても落ち着かないだろう。そういうのは神威武装の授与が終わってからにしよう。ではさっそくだが……ここに着いた順番に私の前に来なさい。君たちが心待ちにしている武装を授けよう」
その言葉に会場は一斉に沸いた。
そして、順番に武装を授かる同族の少年少女。
授かり終わった場からは一喜一憂、様々な声が聞こえてきた。
やれ大当たりの剣だの、盾だから外れただの。
その光景を前に遥も目を輝かせていた。
かくいう俺も、期待感を抑えきれない。
俺たちは同時に着いたようなものだ。
しかし遥は待ちきれない様子。
彼女を先に行かせることにした。
壇上に上がっていく遥。
幾度かのやりとりの後。
遥の目の前──恐らく武装を授かっているであろう場所。
そこから眩い光が放たれた。
ざわめく会場。
やがて、司祭が大声で喝采をあげた。
「素晴らしい! これは──かの魔剣にも勝るとも劣らない。まさに聖剣と呼ぶに相応しい武装だ! この聖剣の名は……【フロッティ】だ。少女よ、君の先輩である魔剣の持ち主に並ぶ活躍を祈っている」
そして遥は壇上から降りてきた。
彼女の手には、煌めく光沢を持つ片手剣が握られていた。
形はレイピアに近い……刺突剣と呼ばれる類いのものだろう。
聖剣の名を冠するのなら、能力も凄まじいはずだ。
遥は宣言通り、その手に聖剣を納めたのだった。
「晴近! これが私の力だよ! ライバルの私が見ててあげるから、早く晴近も武装を貰ってきなよ!」
勝ち誇ったような表情で、俺の背中を押してきた。
聖剣って事はリスクはないのかな。
壇上に上がりつつ、俺はそんなことを思っていたのだった。
「次は……おぉ、先ほどの少女と話していた少年か。今年は当たり年と言ってもいい。君にも期待しているよ」
司祭はそう言いつつ、聖句と呼ばれるものを唱え始めた。
そして……先ほどの遥の時以上の光が放たれる。
今まさに神威武装が顕現する──
そんなタイミングで、それは起こった。
賊というのだろうか。
魔族と天族が徒党を組んで会場を強襲してきたのだ!
彼らは口々に言う。
「人間風情が、力を持とうなど生意気だ!」
「奴隷が羽付きに楯突くな!」
「この場にいる人間は皆殺しだ! ──【姫】を出せ!」
それを合図に、彼らの中から俺たちと同い年くらいの少女が現れた。
白い羽─天族だ。
青みがかった艶やかな長い黒髪に青色の瞳。
体格は……女性でも小柄な遥より少しだけ大きいくらいだろうか。
肌は新雪のように白い。
表情はどこかに心を置き忘れてきたように虚ろだ。
だが、それでも幻想的な少女だった。
そして、その手には龍と炎の意匠が施された剣が握られている。
その剣もまた美しい。
だが、そう思ったのもそれまで。
少女の姿がブレたかと思った次の瞬間。
辺りは血の海と化していた。
逃げ惑う少年少女。
そのほとんどは武装を賜ったばかりの者達だ。
戦いらしい戦いにもならない。
無情にも次々と倒れて行く。
生きているかどうかすら、ここからは確認できない。
だが……妙だ。
少女は急所を避けて斬りつけているようにも見える。
俺と司祭はその様子を壇上から呆然と眺めていた。
このまま為す術もなく見ているしかできないのか……。
そう思った時だ。
賊たちの中に連携が取れていないというか、
妙な動きをする集団があった。
先ほど【姫】と呼ばれていた子を
後ろから数人がかりで攻撃しようとしているような。
あれは黒い羽──魔族か!!
そして、その内の三人が拘束魔法らしきものを使い。
一人が鋭利な剣を彼女の側面から振り下ろした。
その剣は輝く純白の羽を根元から絶つ。
……聞いた事がある。
魔族や天族にとって、羽とは種族の象徴にして生命線。
その羽が絶たれたり引きちぎられると、根元から消失してしまう。
すると、魔力の循環が出来ずに死に至るのだと。
「よし! 天界の至宝と名高い【アリア】を討ち取った! 我ら魔族に仇なす可能性のある存在は排除した! 引き上げるぞ!」
「待て! お前ら最初からそのつもりで!? ……姫は羽を絶たれたか。もう助かりはすまい。おい! 魔族のやつらを逃がすな、報復だ!!」
そして賊達は嵐の如く去っていった。
俺は目の前に広がる地獄のような光景を見て思う。
……なんだこれ。
なんなんだこれ。
戦争とはこんなにも無残なのか。
力を得た結果がコレなのか。
裏切って傷つけて報復して。
こんなのに意味なんてあるのか。
じゃあ、力とは一体。
俺は力を得て何を成すつもりだった?
報復の報復でもするのか?
わからない。
わからないわからないわからない。
自問自答を繰り返していると、
先ほど羽を絶たれた少女が身じろぎをしていた。
──まだ生きているのかもしれない。
そう思うと、自然と彼女の元に俺は駆け出していた。
後ろから司祭の声が聞こえるが、知ったことじゃない。
そして壇上を下り、彼女に近づく。
他の者たちは恐怖が抜けないのだろう。
腰を抜かして遠巻きに見ているのみだった。
「君! しっかりしろ!!」
抱き起こしながら声をかける。
「ぅ……あ……」
彼女は心どころか、
声すらもどこかに置き忘れてきたようだった。
だが──その虚ろな瞳からは涙が流れていた。
何が悲しいんだろう。
断たれた羽が痛いから?
仲間に裏切られたから?
そもそも、こんな愚かな世界に生きているから?
「──名前。君の名前は?」
「アリ、ア」
蚊の鳴くような声で彼女は答えた。
──アリア。
その名前を聞いた瞬間に【答え】を得た。
俺は自身の価値観を確立した。
そうだ。
俺は……。
俺の目標は。
神威武装を得ること自体ではない。
『みんな仲良く』を欲していたはず。
遥の言う骨肉の争いに反発するわけだ。
だって、俺は──彼女を生かしたいと思っている。
ならば、この場面で必要なのは俺自身の【力】じゃない。
今この場においては人を傷つける力など何の役にも立たない。
個人の持つ『最強の武装の力』。
あればきっと便利なのだろう。
素晴らしいとも思う。
遥が言うように大手を振って歩けるのだろう。
だがそうだ。
ここで必要なのは……【愛】だ。
それに気づいた時、俺は生まれて初めて神様というモノに祈った。
心から必死に祈った。
どうか彼女が救われますように。
虚ろなその心に火が灯りますように。
「……神様。俺は神威武装なんて要りません。こんな武装を得る機会、全て捨てます。捨てますので──どうかこの子を、アリアを助けてやって下さい。勝手な願いなのは承知してます。ですがお願いします。それで足りなければ、この命をもって購います」
その時、頭の中で声が響いた。
『……ようやく解に至る者が現れた。我が子よ、最初に至った者よ。私は汝を祝福しよう。望み通り、力ではなく慈愛を授けよう。汝なら終焉の試練も超えられるやもしれぬ。さあ、心のままに生きるがいい』
その声は──例えようがない。
まるで魂が身震いするような感覚だった。
俺は、自然と感謝の言葉を口にしていた。
「ああ──ありがとうございます。これで踏ん切りがつきました。俺はテイマーになります。心のままに、集団の力を持って世界を蹂躙したいと思います」
『……ん? ちょっと待て。慈愛で世界を平和にという話では』
「それが理想ですけど、時には汚れる必要もあるかなと。力で分からせないといけない場面もありますし。大丈夫です、強制的に仲良しになりますから」
『待て! それでは他の者と同じ……いや、他の者よりも悪──』
よし、俺の方向性は定まった。
恐らくこれは、俺の迷いから生じた幻聴だろう。
あっ、でも神の子ってフレーズは使えるな。
臨機応変にいくか。
とにかくこの子をなんとかしなくちゃ。
そして。
遥の時とは比べるのも烏滸がましい──
世界が染まるような強烈な光に包まれた。