第十一話 草薙剣を携えた日本武尊の逸話
<前回までのあらすじ>
目的地である熱田神宮へ向かう前、前日入りをして名古屋観光をしていた美沙達。
名古屋城を観光中に肇がおとら狐という妖怪にとり憑かれるという事態が起きつつも、無事に観光は終了。裕美が合流した後はホテルへ一泊し、今回の目的地である熱田神宮へ彼らは向かう事となる。
翌日――――――ホテルをチェックアウトした私達は、荷物を名古屋駅で預けてから目的地へ向かう。名古屋駅へ向かった理由は荷物の事だけではなく、熱田神宮へ向かうには名古屋駅からだと私鉄電車1本で到着するという、アクセスの良さも理由の一つとなっていた。
「ここが、東門…だな!」
視線の先に鳥居が見えた途端、健次郎が確認するような口調で上を見上げる。
名鉄の神宮前駅を下車した私達は、そこから更に歩いて熱田神宮会館及び駐車場を通り抜け、入口の一つである東門へたどり着いていた。
「東門へ着くまでに駐車場が第一・第二とあって、先程第三駐車場があるのも確認できた…。熱田神宮の敷地、相当広いのかもな…」
少しだけ息切れした状態で、肇が述べる。
「きっと、以前に行った鶴岡八幡宮よりも広いのかもね!」
彼の台詞に対し、私は同調の意を示した。
「境内図を見る限り、かなり多くの施設がこの熱田神宮にはありそうですね!」
一方で裕美の持つスマートフォンを横から覗き込みながら、テンマが述べる。
「他の施設まで立ち寄っていたら帰りの新幹線に間に合わない可能性もあるから、ほぼ一直線に向かった方が良さそう!」
すると、スマートフォンに表示された神宮の境内図を眺めていた裕美が、テンマとこの後の進み方を話していたのである。
「では…進みながらこの熱田神宮について、お話ししましょう」
東門を潜り抜けた後、本宮へ向かって歩いている内にテンマの話が始まる。
神社巡りも3宇目になると慣れてきたのか、その場にいる全員が足を動かしながら彼の話に耳を傾ける。
「この熱田神宮は、熱田大神・天照大神・素戔嗚尊・日本武尊を祭神とし、家内安全や商売繁盛。健康長寿などのご利益があります」
そう語るテンマの視線の先には、宝物館である文化殿が見える。
「因みに熱田大神とは、皇位継承のみしるしである三種の神器が一つ“草薙御剣”を依り代とする天照大神を指します。故に、”熱田さん“の愛称にて、古来より人々に慕われている由緒あるお宮ですね」
「草薙御剣って…。あの、素戔嗚尊が八岐大蛇を退治した際に入手した剣の事?」
「左様でございます、美沙様。別名・天叢雲剣ともいいます。これはわたしの仮定ではありますが、この祭神の所以があって、かの戦国武将が必勝祈願に訪れたのではないでしょうか」
「その戦国武将って…?」
私が草薙御剣の話を訊くとそれにテンマが答え、そこから更に”必勝祈願に訪れた戦国武将“について、健次郎が彼に尋ねる。
「織田信長ですよ」
「…あ…」
テンマがその名を口にした途端、私の視線の先に再び“あの現象”が起こる。
自分以外の人間や物が白黒でしか見えず、少し離れた場所から行列のような“何か”が視えていた。
「っ…!」
行列の正体は、武装した状態の足軽兵だった。
それが近づいてきた事で、私は参道の端っこへと避ける。最初は足軽兵しか見えなかったが、途中から馬に跨った武将らしき人物が行列のど真ん中にいた。
という事は、あれが…
私はその行列を注視したまま、この行列が必勝祈願に訪れ、立ち去る織田信長の一行である事を悟る。
「そして、信長はその後に桶狭間へと出陣し、大勝利を収める。その後に奉納した築地塀が……あれです」
信長の一行を垣間見た後、テンマの台詞を聞いた私達は、彼が指さす方角を見つめる。
「“信長塀”…?」
近くに立てられている看板の字を、肇が読み上げる。
私達が目にしたのは、本宮の一部を覆っているとされる一つの塀だった。
「その名前は、後の世で呼ばれるようになったのでしょう。この塀は土と石灰を油で練り固め瓦を厚く積み重ねたもので、兵庫の大練塀。京都にある三十三間堂の太閤塀と共に、日本三大土塀の一つとして名を馳せているらしいですね」
信長塀を見上げる私達の後ろで、テンマが補足説明をする。
「では、参りましょう。あの鳥居を抜ければ、本宮はもうすぐです」
テンマがそう告げ、本宮へ向かう事を私達4人に促す。
見上げた視線の先には、神明系(=伊勢神宮系統の神社で使われる鳥居の種類)の鳥居が見えていた。
神社巡りもそうですが、この先生きていく上でも健康的でいられるよう頑張りたいと思います…!
心の中で誓いを立てながら、私は瞳を閉じて拝む。
本宮にたどり着いた私達は、皆が見守る中で私は恒例の“お参り”をしていた。その後は当然、鞄に入れていた神社巡りの本が光を放ち、消失していた写真と文字が浮かび上がってくる。
「さて、お参りが終了した所で、祭神の話でも…」
テンマが次の話題にしようとしたが、途中で言葉をつぐむ。
私は気が付かなかったがこの時、裕美がテンマに対して黙るよう人差し指を口元に当てていたのだ。彼はおそらく、その行為に気が付いた野だろう。
全員の視線が集中する中、私は垣根の奥をじっと見つめていた。
境内図に“本宮”と記載されているものの、参拝者が本宮を間近で見る事はできず、熱田神宮でお参りした際は本宮の手前に存在する垣根の前でお賽銭を入れる事になるのだ。そんな垣根の隙間から垣間見える本宮は、手前に砂利が広がり、砂利の上には背の低い木が二本並んでいる。
まるで、砂利が地上と黄泉の国を繋ぐ三途の川で、その先に見える本宮が極楽浄土への入口みたいだなぁ…
私は、垣根越しに本宮を見つめながら、そんな事を考えていた。
一方で、“自分は生きている人間なんだな”と改めて実感したのである。
「…さて、この辺りでしたら人気もあまり多くはないでしょう。先程の話を始めさせて頂きましょうか」
お参りを終えた後に神楽殿を横切った私達は、“こころの小径”と呼ばれる一本道を奥へと進み、土用殿と呼ばれる場所に到達していた。
「テンマ…ここって…」
「えぇ。かつて、草薙神剣を奉安していた御殿となります」
私が土用殿の事を口走ろうとすると、テンマはすぐに答えてくれた。
「素戔嗚尊の話は以前致しましたので、それより後世に生まれし日本武尊のお話をさせて戴きます。…最も、彼に纏わる神話は古事記と日本書紀によって異なるらしいので、よく知られている話を主にさせて戴きます」
テンマは私を一瞥した後、語り始める。
それと同時に、私の脳裏に日本武尊の生涯についての映像が流れ込む。
本来の名が小碓尊である日本武尊は、父である天皇の命で西へ東へと遠征を繰り返し、その地の主を討伐してきた。
私は学生時代にて、ヤマトタケルが女装して忍び込み、九州の熊襲建という兄弟を討伐したという話を歴史漫画で読んだことがあった。しかし、今回脳裏に流れてきた映像で、その場面はなかった。私が垣間見たのは、熱田神宮にて祀られている草薙剣がその真価を発揮する場面だった。
「ふははははは!!」
甲高い男の笑い声と共に見えた光景に対し、私は驚く。
場面は、相模の国にて“国造に荒ぶる神がいる”と報せを聞いたが、それはその国における豪族による罠で、ヤマトタケルは野原のど真ん中で火攻めに遭わされていた。また、馴れ初め云々は不明だが、彼の横には妃の弟橘比売がいた。
「炎にて焼かれ死ぬがよい…!!」
不気味な笑みを浮かべあざ笑う男の瞳は、一種の狂気が宿っていた。
その姿に対し、私は鳥肌が立つ。
「弟橘比売よ…大事ないか?」
一方、ヤマトタケルは燃え盛る炎が近づく中、妃を気遣っていた。
「タケル様。お心遣い、真にかたじけのうございます。まずは、この場を対処せねば…」
炎による熱で熱いのか、少し汗をかきながら弟橘比売はヤマトタケルに進言する。
「うむ、どうすれば…!?」
彼も腕を組んで考え始めたが、すぐに何かを思い出した表情になる。
「そういえば、叔母上より“危急の時にはこれを開けよ”と賜わった袋があったはず…!」
ヤマトタケルは、そう口走りながら貰った袋の口を開いて、中身を取り出す。
因みにテンマの話だと、日本武尊の叔母というのは倭比売命という伊勢の斎王を務める女性の事を指すらしい。
「これは…!?」
弟橘比売命が驚く中、ヤマトタケルの掌に握られていたのは2つほどの火打石だった。
「これは…!!そうか、これならば…!!」
袋の中身が火打石だと気が付いたヤマトタケルは、その石を一旦、弟橘比売に預ける。
「この場で待て」
「はい…!」
妃にそう告げたヤマトタケルは、脇に差していた草薙剣を鞘から抜く。
その後、彼らがいる草原において炎の燃え盛る音と共に、ヤマトタケルが草原の草を剣で刈る音が響いていた。
「…このくらいで良いか」
どのくらいの距離があったかは定かではないが、自分達の周囲一帯の草を刈ったヤマトタケルは、疲労のためか少し息が上がっていたのである。
「比売よ、火打石を…!!」
「はい…!!」
息が上がった状態で弟橘比売の方を振り向いたヤマトタケルは、彼女に火打石を使うよう促す。
それに応じた比売は、二つの火打石を使い、草に火を点けた。
「あとは、風のご加護を…」
火が点いたのを確認したヤマトタケルは、草薙剣を自身の胸の前に立てて瞳を閉じる。
この時に彼が何を口にしていたかまでは聞き取れなかったが、おそらくは向かい風を吹かせるために神へ祈っていたのだろう。
彼の祈りが通じたのか、風向きが変わり彼らにとっては向かい風の状態となる。無論、これによって炎の勢いも増し、同時に火を放った豪族達の方へ炎が移動し始める。
「な…なに…!!?」
風向きが変わり、炎がこちらへ迫ってくる事を、仕掛けた豪族達も気が付く。
待って、この先って…!?
私はこの後、どういう展開かまでは知らなかったが“何かグロイ映像を見そう”と予感したのか、思わず瞳を閉じる。
「…かくして、草薙剣と火打石によって日本武尊と弟橘比売は難を逃れました。また、この出来事によってその地は“焼遣”と名付けられ、現代における“焼津”の起源となったのです」
テンマによる台詞によって、私が視えていた場面も霧のように消失した。
…グロイシーンを見る事なく終わってよかった…
友人達がテンマの語りを聞き入っている中、私は内心で安堵していたのである。
その後はこころの小径を歩きながら、日本武尊のその後についても語られる。この時は映像が流れ込んでくる事はなかったが、弟橘比売が入水する話や、ヤマトタケル自身の最期の話を聞いただけで、胸の奥が少し痛んだような感覚を私は覚えた。
「そうそう!そういえば、この場所にある清水社…?そこが何でも、近年では女性に人気のパワースポットだってネットの記事で読んだわ!」
私の心境を察したのか、裕美が違う話題を切り出す。
「東海林…。お前、そういうチェックは本当好きだな…」
「まぁね!」
彼女の台詞を受けて、肇が少し呆れた表情で述べる。
「そういえば、俺も少しだけググって知ったんだが…。どうやら熱田神宮、あの楊貴妃に纏わる伝説があるとか何とか…」
「あぁ、岡部様。それはですね…」
裕美の第一声によって話題が変わった事を悟ったテンマは、その先を言いかけた健次郎や他の二人に対して、説明をし始める。
あぁ…やっぱり、友達って良いものだよね…
私は、彼らのやり取りを見守りながら、そんな事を考えていたのである。
その後、こころの小径を通り抜けた私達は正門より熱田神宮を離れ、名古屋駅で荷物を取りに行った後、新幹線で東京へ帰還するのであった。
いかがでしたか。
今回は日本武尊の件。テンマが作中で「古事記と日本書紀で異なる部分がある」と口にしてましたが、今回執筆する上で、彼の妃であるオトタチバナヒメの記載は古事記の表記で書かせて戴いた次第だす★
あて、この回にて第3章は終了。
次回は新章突入で、おそらく今までで一番長い章になるかと思います。
その理由は、巡る神社が多いため(笑)
なので、色んな神社のあれこれを資料とにらめっこしながら、書いております。
次回もお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します<(_ _)>




