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51話 忠言

 エンマとラゴーンの死闘は今尚続いていた。


 炎が舞い、地が砕かれる。

 文字通り死闘が続くその戦場は他者の介入を許さない。


 しかし戦況は、徐々に傾きつつある。


 その原因はエンマにあった。


 もともと炎を操るのには大量の力を使う。

 長時間続く戦闘は、エンマの体力を確実に削り取っていた。


 最初の頃と比べても、明らかに炎の勢いは弱まっている。


 当然ラゴーンもそのことには気付いており、一歩一歩エンマを追いつめていく中で彼は戦いの終わりを予感していた。


 それは彼にとってこの上ない快楽であったことだろう。


 永劫の時を牢獄に押し込められ、屈辱の日々を過ごしてきた彼は、今その憤怒と憎悪をエンマにぶつけていた。

 エンマは彼を牢獄に閉じ込めた張本人でもあり、その相手を苦しめている今のこの状況は彼の復讐心を満たしている。


 だが残念なことに、その至福の時間に割って入る者がいた。


「ラゴーン様、緊急事態です。大至急地獄から脱出してください」


 それはバスピーだった。


 鍵を奪われた後、彼は一目散にラゴーンのもとに向かい、現状を伝えにきたのだ。


 だがラゴーンからしたらその介入は無粋以外の何物でもない。


 彼の声音は自然と厳しくなる。


「取り込み中だ。後にせよ」

「時は一刻を争います。今すぐ脱出を!」

「・・・同じことを二度言わせるな」

「しかし!」

「くどい!」


 ラゴーンはバスピーを黙らせる。


 彼は今目の前の戦いに夢中になっていた。

 だからこそ忠臣の言葉に耳を貸そうとしない。


 だがバスピーも大人しく引き下がることはしなかった。


「お言葉ながらラゴーン様、何度でも進言させていただきます。今すぐ扉に向ってください!」


 彼だって、ラゴーンと同様か、あるいはそれ以上の思いを抱えている。


 敬愛する主が獄中の身となってから、彼は一人ですべてを準備してきた。


 地獄に潜入するために自ら命を絶った。

 地獄の中を駆け回り、情報を集めた。

 人間と協力するという屈辱に耐えて、彼らを説得して回った。

 敵地に潜入し、この世界の仕組みを解明した。


 決して一言では言い表せないような、努力と犠牲をこの瞬間のために支払ってきたのだ。


 たとえ主であろうと、いや、すべてを捧げて救おうとした主であるからこそ、それを否定するようなことはしてほしくないと感じた彼を誰が責められるだろう。


 彼は縋るようにラゴーンに向って声を張る。


「我が主よ、一時の快楽のためにすべてを捨てるような行為はおやめください!今この機を逃せばあなたの悲願は叶いません!」

「ならばこやつを見逃せと?あと一歩で我が怨敵を屠れるというのに、それを逃せと貴様は言うのか!」

「そうです!目的を見失ってはいけません!あなたは天界を支配するのでしょう?そのためにこれまで戦ってきたのではないのですか!」

「だが!」

「エンマを殺す機会などいくらでもあります。しかし脱出がうまくいくのは今だけなのです!どうか、どうかこらえてください、ラゴーン様!」

「・・・」


 バスピーは一歩も引かない。

 もはや主の逆鱗に触れることになろうとも彼は止まるつもりがなかった。


 ここですべてが台無しになれば、これまでの自分の行いがすべて無意味だったということになる。

 それだけは許せなかったのだ。


 バスピーの言葉を受けたラゴーンは柳眉を逆立てる。

 牙をむき、己の部下をこれでもかと睨みつけた。


 今も彼の意識はエンマを殺すことで満たされている。

 その衝動を抑えることは、彼の魂を引き裂くことに等しい。


 だが普段絶対に己に逆らったりしない自分の部下の姿を見て、どこかに残っていた彼の理性が目を覚ます。


 一瞬空いた空白に入り込むように周りの状況を脳が処理しはじめ、混乱に陥っている世界の音を耳が捉えた。


「何が起こっている?」

「囚人たちが暴走しました。このままだと我々が脱出する前に囚人たちが脱獄し、天界の使徒たちに我々の脱獄が感づかれてしまいます」

「まだ間に合うのか?」

「急げば問題ないでしょう」

「・・・わかった」


 まるでスイッチが切れたように大人しくなったラゴーンはエンマに向き直る。


 彼は今一度殺意の対象をその目に焼き付けながら口を開いた。


「エンマ、貴様はいつか殺す。だが今回だけは見逃してやる」

「見逃す?何を言っている。私が君を逃がすと思うかい?」

「強がってみせても無駄だ。もう貴様がろくに動けないのはわかっている」

「・・・」

「さらばだ。せいぜい震えながら待っているといい」


 最後にそれだけ告げて、ラゴーンはエンマに背中を向けて走り出した。


「待て・・・」


 エンマも追いかけようとするが、そこで限界を迎え、膝をつく。


 煌々と燃えていた炎は、徐々に弱まり、やがて虚空へと消えていった。


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とろりんちょ @tororincho_mono

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