50話 最後の抵抗
「押し返せ!」
「捕まえろ!」
「道を開けろ!」
「扉は死守するんだ!」
喧騒渦巻く地獄の最果てで、囚人も、獄吏も、必死になって戦っている。
自由のために、秩序のために、目的はそれぞれ違えども、この戦場にいるすべての者が己を賭して戦っていた。
そして俺自身もそうだ。
それがどれだけ身勝手な信念であろうとも、それこそが正しいことなのだと信じて、今こうして足を動かしている。
「もう少し・・・」
鍵を奪取することには成功した。
ここまではうまくいっている。
追手も来ていない。
どうやらうまくトトが奴を食い止めてくれているようだ。
「シュウ、よくやった。それがあればこの地獄から脱出できるんだな?」
「ああ、そうだ」
「あの野郎、俺たちにはそんなこと言ってなかったぞ。いいように使いやがって」
「まあ奴からすれば情報を絞った方が俺たちのことを御しやすいからな。当然と言えば当然だろう」
「ちっ、気に入らねえ。だがそうとわかれば話は簡単だ。あとはお前をあの扉まで連れて行けば俺たちの勝ちってわけだな?」
「ああ、指揮は頼む」
「了解」
近くにいた囚人陣営の幹部、ナックに俺は協力を要請する。
彼がバスピーの周りを固めているのは会合で知らされていたし、囚人の指揮の中枢を担っているのも彼なので、あらかじめ目星はつけていたのだ。
狙い通り、彼の指揮によって囚人たちが動き始めた。
このままいけば、俺は無事あの扉までたどり着くことができるだろう。
だが俺の本当の目的はそこではない。
俺の目的は脱獄の阻止なのだ。
あの詐欺師の手から解放された囚人たちは、もはやここから先ただの邪魔者でしかない。
いや、むしろ敵と言っていいだろう。
それゆえどうにかして彼らを出し抜かなければならなかった。
だが実をいうと、その算段もすでに付いている。
このまま進めば確かに扉へと導かれてしまうが、それと同時にある場所を通ることになる。
それは川だ。
あの灼熱の川にこの鍵を投げ捨ててしまえばいい。
そうすれば囚人たちには手が出せなくなる。
なにせこの川は俺たち囚人の体を焼く。
身を焼かれながら水中で探し物をするなど、とてもではないが無理だ。
そして脱獄が不可能とわかれば、囚人たちは大人しくなるはず。
あとのことは獄吏たちに任せればいい。
これが俺とトトで考えた作戦。
現状最も実現可能で効率的な彼らへの対抗策。
あとはその達成を祈るばかりである。
「もう少し・・・」
そうこうしているうちに、目標の川が見えてきた。
鍵を投げ込むにはまだ距離があるものの、もう少しすれば射程圏内に入る。
それでこちらの勝ち。
一歩一歩、確実に前へと進む。
あと残り数秒だというのに、その時間が永遠に感じた。
だがいずれ終わりは来る。
ついに俺は射程圏内に入った。
すかさず大きく振りかぶる。
これで勝ったと、そう思った瞬間。
「ぐはっ!」
衝撃が体を襲う。
訳も分からず突然ひっくり返った世界の中で、俺の体は宙に浮いていた。
そして次の瞬間には地面に叩きつけられ、その反動で手から鍵が零れ落ちる。
「な・・・」
急いで取りに行こうとするも、体が動かない。
目線を横に向ければ、獄吏が俺の体にしがみついていた。
「くそ!放せ!」
必死でその拘束から抜け出そうするも、なかなか振りほどけない。
そうこうしている間にも、事態は動いてしまう。
「シュウを助けろ!扉は俺が開ける」
最悪なことに、鍵はナックが拾ってしまった。
少し間をおいて俺に抱き着いている獄吏を囚人たちが引きはがすが時すでに遅し。
その背中が遠い。
だが諦めるわけにはいかなかった。
なぜならまだ扉は開いていない。
開いていないのならまだ止められる。
「待て、ナック!」
怒号が響く戦場で叫んだ声はかき消されていく。
一向に縮まらない距離が焦燥を駆り立てたとしても、俺は走り続けた。
だがたとえどれだけ足掻こうとも、ナックの足は止められない。
やがて彼は扉の前にたどり着いてしまった。
「これでようやく・・・」
「よせ!やめろ!ナック!」
「なんだ、シュウ!?」
「その扉を開けるな!」
「何を言っている?これで俺たちは自由なんだぞ!?」
ギリギリのところで声が届き、束の間の時間を稼ぐことに成功する。
そしてその僅かな時間で十分だった。
先ほど俺が獄吏にされたのと同じように、今度は俺がナックにとびかかる。
腕を押さえつけ、なんとかして鍵を取り返そうと、彼を地面に組み伏せた。
「なにしやがる!」
「鍵を返せ!」
「おい!誰かこいつを捕まえろ!」
二人で揉み合いになるも、ナックの抵抗も激しく、モタモタしている間に他の囚人たちが集まってきてしまう。
多勢に無勢、結局取り押さえられてしまった俺は鍵の奪還に失敗した。
「なんのつもりだ、シュウ!邪魔しやがって!」
「ナック、その扉を開けるな。後悔するぞ!」
「何を馬鹿なことを言っている。これは俺たちの悲願だろうが」
「違う!違うんだ・・・」
「もういい。そいつは捕まえておけ」
「待て、ナック!」
呼びかけも空しく、彼は扉に目を向けた。
「ようやく、ようやくだ」
そう言ってナックは扉に鍵を差し込む。
もはや彼を止められる者はいない。
次の瞬間には、大きな音を立てて、天界への扉が開いていく。
「「うおおおおおおおおお!!!」」
怒号が響いた。
これまで永遠とも思われるほどの時間を、この世界に閉じ込められてきた囚人たちはこの瞬間のために戦ってきたのだ。
その感動は推し量るに難くない。
だがそれは同時に、この世界の崩壊を意味していた。
ついに脱獄は成功してしまったのだ。
まるで決壊した川のように、囚人たちは扉の向こうへとなだれ込んでいく。
俺はその光景を眺めていることしかできない。
あまりに絶望的な状況だった。
やはり何も変えられないのか。
どれだけ足掻こうと、どれだけ祈ろうと、所詮ちっぽけな存在でしかない俺にできることなどなかったのか。
「ああ・・・」
思わず喉から声がこぼれた。
敗北が目の前に広がる。
「まだだ!」
しかしまるでその諦念を否定するように、声が響く。
それと同時に轟音。
顔を上げてみれば、扉の前にぽっかりと空間ができていた。
「こっから先は、通さねえ!」
扉を守るのは、協力者であるトト。
彼はこの状況になっても、まだ諦めていなかった。
殺到する囚人を跳ね返すその姿は砦そのもの。
今、最後の抵抗が始まった。
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