49話 混乱の中で
何が起こった?
最初に頭に浮かんだのは疑問だった。
そして次の瞬間には己の失態を察する。
鍵を奪われた。
しかしなぜ鍵の存在を囚人が知っている?
その情報は奴らには伏せていたはずだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
今はあの鍵を取り返さなければ。
「行かせないぞ」
しかし進路に邪魔者が立ちはだかる。
それは囚人たちの拘束から解放されたトトだった。
「ちっ、使えない。これだから人間は嫌いなんだ」
「散々頼っていおいてよく言うよ。まあおかげで崩しやすかったがな」
「・・・お前の仕業か」
「まあな」
あの大寒獄での戦いのときとは明らかに様子が異なる。
あれほど怒り狂って我を忘れていたくせに、今の目の前の男は何事もなかったかのように涼しい顔をしていた。
まさかこの土壇場であの狂気を押さえつけたというのか。
「貴様・・・」
「さあ、どうする?囚人はお前の手から離れたぞ。大好きなご主人様も今はエンマの相手で手一杯だ。もうお前を守るものはいない」
「・・・いいのか?このままだと囚人たちが天界になだれ込むぞ」
「そうなって困るのはお前たちもだろ?」
「どういう意味だ?我々にとって、天界への扉が開くのは歓迎すべきことだが?」
「最終的にはな。だが少なくとも今この状況で囚人たちに脱走されるのは困るはずだ。違うか?」
「・・・」
「まあ安心しろ。そうならないようにはなっている。今地獄にいるどの使徒も、囚人の脱走なんて望んじゃいないからな。それよりもお前は自分の心配をした方がいい。俺は今度こそお前を殺すつもりだぞ」
「・・・まったく、つくづく邪魔な奴だ」
これは非常にまずい状況だ。
目の前のトトもそうだが、なにより囚人たちがこのまま脱獄するのはまずい。
仮に囚人たちが先に天界に逃げてしまえば、こちらの脱出が完了する前に天界の使徒たちがその異変に気付くだろう。
もしラゴーン様の帰還が天界側の使徒に感づかれるようなことになれば、後々厄介なことになる。
いかにラゴーン様といえども、天界の使徒たち全員を同時に相手にすることはできない。
まずは潜伏し、作戦を立て、天界を徐々に攻略する必要がある。
そのためには、一人目の脱獄者がラゴーン様でなくてはならないのだ。
そのあと囚人たちがどれだけ脱獄しようが知ったことではないが、順番が入れ替わるようなことがあってはならない。
だから現時点での囚人たちの脱獄はなんとしても阻止する必要があった。
しかし鍵を盗んだ囚人を追いかけようにも、その姿はすでに見失っている。
今から探すにしても、奴を追いかけようとすればトトが黙っていないだろう。
もはや脱獄の阻止は現実的ではない。
ならば次にやるべきことは一つ。
私はトトに背を向け、猛進する囚人たちの波に逆らって走り出した。
「ま、待て!」
後ろを振り向けば、慌てた様子でトトが追いかけてきている。
純粋な速力でいえば奴の方が上なので、このままいけば追いつかれてしまうだろう。
だがそれでも構わず前進を続ける。
案の定、トトはすぐに私に追いついた。
そしてこちら目がけて突っ込んでくる。
それに対して、私は懐からある物を取り出しながら、奴に向かってこう唱えた。
「縛」
瞬間、トトの体が強張る。
それも当然。
奴はこの呪文が意味するところを嫌というほど知っている。
ここでそれを食らうことがどれだけ致命的なことであるかを知っている。
だがらこそ、一瞬動きが止まるのだ。
そして動きと同時に止まっていた思考が、もう間に合わないとわかっていながらも回避を選択させてしまう。
実現不可能な動きを本能が命じ、無理を強いられた体が悲鳴をあげた結果、奴は態勢を大きく崩した。
それと同時に、放った縄がトトの体に直撃する。
「!?」
だが結局のところ、この縄が奴を拘束することはない。
当たり前だ。
俺にこの拘束術は使えないのだから。
これはただのブラフ。
「え・・・?」
縄がボトリと地面に落ちる。
今度こそトトの動きが止まった。
そこへ一発、私は渾身の蹴りを見舞う。
「ぐはっ!」
無防備な体に足が突き刺さり、吹き飛ぶトト。
この土壇場で、奴は後退した。
そうとなればこちらのもの。
踵を返し、再び前進を開始して、私は囚人の波へと姿を消す。
今はただ主のもとへ。
あの御方なら、まだこの戦局を覆せることだろう。
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