48話 奪取
突然砦が消えたと思ったら、次の瞬間にはエンマとラゴーンが衝突していた。
一度はラゴーンを罠に嵌めて捕まえたというのに、バスピーの妨害により脱出されてしまったため、エンマは戦うことを余儀なくされている。
それに獄吏と囚人の戦闘も激しさを増していた。
囚人たちの侵入を制限していた壁が消えたのだから当然だ。
圧倒的数を誇る彼らを前に、もはや獄吏たちの戦線は崩壊寸前である。
だがこの状況は俺にとって決して悪いものではない。
ラゴーンを助けるためにバスピーが姿を現したおかげで、かけるべき手間が一つ省けたのだ。
「さすがはエンマ、地獄の主を名乗るだけのことはある」
そう言って俺は戦場へと紛れ込む。
現在、俺とシュウは別々で行動していた。
バスピーから鍵を奪うと言っても、まずは奴を見つけなければ話にならない。
少しでも探索範囲を広げるために、俺たちは二手に分かれたのだ。
結局エンマのおかげで楽に奴を見つけられたのだからそんなことをする必要はなかったのかもしれないが、この後の展開を考えれば別に無意味でもない。
作戦は順調だった。
だからこそここでのミスは許されない。
決して逃さないように、気づかれないように、付かず離れずの距離を保ったまま奴の動きを追う。
おそらくこの戦場のどこかでシュウも同じようにバスピーの動きを捉えているはず。
あとはどこで奴に攻撃を仕掛けるかというところだ。
バスピーは決して強くない。
もし真正面から戦えば難なく倒すことはできるだろう。
だがそうさせてくれないのがバスピーという使徒なのだ。
ルイの暗殺、追手の攪乱、そしてラゴーンの援護。
どれも重要な場面でこちらに最悪の結果をもたらすことに成功している。
奴は間違いなくこの戦いにおける最大の障害だ。
だからこそここで確実に仕留めたい。
「・・・よし」
一つ呼吸を整える。
もう覚悟は決まった。
ならば迷う必要はない。
「行くぞ」
そう告げるや否や加速した。
囚人たちのすき間を縫うように戦場を駆け抜け、バスピーの元を目指す。
もともとそこまで距離があったわけではない。
その背中にたどり着くまでの時間は一瞬だった。
気づかれた様子はない、何か動きを見せる様子もない。
俺は拳を握り、大きく振りかぶる。
完全にとったと、そう思った。
だが。
「貴様も学習しないな」
振り向きもせずに聞こえた声に目を見開く。
「なっ!」
次の瞬間には横っ腹に体当たりを食らっていた。
当然攻撃は中断させられ、奇襲は失敗に終わる。
「くそっ!」
一度動きを止めてしまえばそれまで。
次々と襲い掛かる囚人たちによって、俺は体を拘束されていく。
「残念だったな、トト」
「なぜ気付いた?完全に背後をとっていたはずだ!」
「お前は本当に愚かだな。大寒獄にいた者たちは貴様の姿をすでに知っている。その者たちを私の周囲に配置しておけば、貴様からの奇襲への対策には十分だ」
「な・・・」
「間抜けめ。私が貴様の存在を計算に入れていないとでも思ったか?」
どうやら俺の目論見は完全に見抜かれていたようだ
すでに奇襲は失敗に終わり、ここからバスピーを仕留めることはほぼ不可能。
「お前の負けだ、トト。直にエンマも我が主に敗れる。もはや我らを止められる者など居はしない」
「くそっ・・・、お前だけは・・・」
必死にもがく俺を見て、バスピーはわざとらしくため息を吐いた。
「死ね」
バスピーは最後にそう言い放つ。
そしてそのまま手に持つ刃を天へと掲げた。
「・・・」
口元がゆがむ。
バスピーは常に先を読み、裏をかき、相手を出し抜くことで、ここまで局面を切り開いてきた。
そして俺はそんな奴が敷いた罠にことごとく嵌まり続け、今こうして地に伏している。
すべて奴の思い通りになった。
いくら平静を装っていたとしても、きっと心の中で奴は勝ち誇っているに違いない。
しかしそれも仕方のないこと。
もともと使徒なんて、支配欲に突き動かされ、己の優位に酔わずにはいられない生き物だ。
警戒していた俺を見事捕らえ、後は主がエンマを殺すのを待つだけ。
長きにわたる計画の成功を目の前にして、心が打ち震えないわけがない。
だからこそ、奴もまた、油断したのだ。
「ん?」
一瞬の隙だった。
ここまで細心の注意を払い、慎重に慎重を重ねてきたバスピーが見せた、ほんの僅かな気の緩み。
この身を犠牲にしてでも作り上げたかったものが、今実を結ぶ。
「お前ら、喜べ!我らが救世主は、契約通り、俺たちを天国へ導いてくれるぞ!これがそのための鍵だ!これで扉が開く!これで俺たちは自由だ!脱獄したい奴は俺に続け!」
声を上げたのはシュウ。
奴はその手に持った鍵の束を天高く掲げ、周囲の囚人たちに叫ぶ。
そう、バスピーが俺に止めを刺そうとした瞬間、奴が最も油断したその瞬間に、奴の背後に潜んでいたシュウはその懐から鍵を掠め取ったのだ。
完全なる不意打ち。
バスピーも何をされたのか理解できていない。
だがシュウの手の中にあるものを見て、奴は己が失態を理解した。
「何をしている!」
叫んだところで意味はない。
もうシュウはとっくに扉に向かって走り始めていた。
「おい、あれシュウじゃねえか?」
「なんか言ってるぞ」
「鍵?あれで扉が開くのか?」
「え?本当か?じゃあ逃げられるってことじゃねえか!」
初めは戸惑っていた囚人たちも、徐々に状況に追いつき始める。
やがて彼らは己のなすべきことを理解した。
「あいつに続けええええええ」
「出られるぞおおおおおおお」
「走れ走れ」
これが俺とシュウで考えた作戦の第一段階。
まずはバスピーと囚人たちの共闘関係を断ち切る。
バスピーが囚人たちを従えられているのは、彼らをこの世界から解放することを約束しているからだ。
逆を言えばその交渉カードがなくなれば、奴は囚人を制御できない。
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
囚人たちの怒号が次々と伝播し、ただでさえ混沌の中にあった戦場は更なる無秩序へと落ちていく。
「あとは任せたぞ、シュウ」
俺が吐き出した呟きは、喧騒にかき消されていった。
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