44話 いざ、決戦へ
最後に天界で見た光景は今でも覚えている。
輝く白い髪、煌めく紅い瞳。
すべてを賭しても届かなかったその敵は、地に伏す我が身を一度だけ見つめてから背中を向けた。
まるで興味を失ったかのように、その姿が振り返ることはない。
我が野望を打ち砕いておきながら、何だその態度は。
許さぬ、決して許さぬ。
いつか殺してやるとも。
その時まで待っていろ。
次こそは、次こそは必ずその息の根を止めてやる。
―――――
「主よ、本当に良かったのですか?」
ふと蘇った記憶に意識を支配されていたラゴーンは、バスピーの問いを聞き漏らしていた。
「何の話だ?」
「主と戦った使徒のことです。あれは息の根を止めておくべきだったかと」
「・・・そのことか。別に気にする必要はない。あのような雑魚に労力を割く方が、余程時間の無駄よ」
「しかし・・・」
「くどいぞ、バスピー。心配せずともあれに戦局を変えるような力はない。それに見た限り、もう歯向かってくる様子はなかった。もし仮に、あれが再び我の前に立ちふさがるようなことがあれば、その時は殺すとしよう」
「・・・」
ラゴーンが放ったどこまでも傲慢な言葉を受けて、バスピーは口を閉ざす。
正直な話、バスピーはあの場でトトを殺しておきたかった。
いくらラゴーンが最強であるとはいえ、少しでも不安となる要素は排除しておきたいと思うのは道理だろう。
だからこそバスピーは、トトに止めを刺すようラゴーンに提言したのだ。
だがその提案は却下される。
ラゴーンはもとより、トトになど興味がなかった。
彼にとって弱者というものは、相手にする価値すらない。
それゆえ彼がトトを無視して脱獄を優先させるのは当然のこと。
皮肉なことではあるが、トトの無能が彼の命を救ったのだ。
そして現在ラゴーンたちは進軍を続けている。
囚人たちを引き連れ、地獄を我が物顔で闊歩するその姿はまさしく強者たるものが見せる威容と言えるだろう。
「静かだな。ようやく獄吏どもも無意味な戦いをやめたか?」
「諦めたと考えるのは早計かと。おそらくこれまでの戦いは単なる時間稼ぎ。本命の戦いはこれから始まるものと思われます」
「ふっ、何をしようと無駄だ。もはや我を止められるものなどいるはずもない」
「主よ、その通りでございます。その通りでございますが、どうか油断だけはしませぬよう」
「わかっておる」
強者とは傲慢な生き物だ。
なぜなら彼らには己の意志を通す力がある。
他者をねじ伏せ、己の正しさを証明することができる。
それは一種の快楽だろう。
だからこそ彼らはどこまでいっても我がままで、そして残酷なのだ。
「あれか、奴らの最後の足掻きは」
「そのようですね」
「なるほど、なかなか面白い趣向ではないか。地獄の生を締めくくるにはふさわしい舞台だ」
最後の山を越え、彼らの視界が捉えたものは異様な光景だった。
炎の砦。
普段見る赤ではない、青白く燃え上がる炎が天界へと続く扉を守る壁となってラゴーンたちを待ち構えている。
それを見てラゴーンは笑った。
まるで己の勝利を確信するように。
―――――
一方その頃、エンマも静かにその時を待ち続けていた。
彼もここが決戦の地となることは十分に理解している。
むしろ彼がそうなるように定めた。
しかし地獄の支配者たるエンマがわざわざ決戦のために用意したものとしては、その砦はあまりに脆く見える。
その構造は扉が埋もれている地獄の外周の壁を背にし、両脇を炎の壁で塞いだだけの、コの字型のものだ。
まるで扉に向かって伸びる一本の道を形作るためだけに創られたようなそれは、果たして砦と呼んでいいものかさえわからない。
だがたとえどれだけ貧相な出で立ちをしていようとも、エンマにとってはそれで十分だった。
「さあ、来るがいい、ラゴーン。こちらの準備は整った」
まっすぐ前を見つめて放たれた言葉に、もはや迷いはない。
彼は手にした錫杖を鳴らして、ラゴーンを待ち受けるのだった。
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