43話 反攻の始まり
敗北にまみれた雪原の中で、協力者を得た。
それは奇妙な巡り合わせというべきなのか、あるいは必然的な出会いというべきなのか、今となってはわからない。
だが確かな変化であることに間違いはなかった。
「時間が惜しい。詳細は走りながら話す。ついてこい」
シュウと名乗った囚人はそう言って走り出す。
それに遅れまいと、俺もその後を追って足を踏み出した。
「あれだけ偉そうに話を持ち掛けたんだ。策はあるんだろうな?」
真っ白な雪山を並走しながら俺はそう問いかける。
彼は俺に一度だけ視線をよこすと、すぐに前に向き直った。
「率直に言えば、周到な計画と呼べるようなものはない」
「おい」
「別にまったくの無策というわけでもないぞ?」
「前置きが長い。要点だけかいつまんで話せ」
「わかった、わかった。そう急かすなよ」
ここにきて何をもったいぶっているのかと一睨みすると、走りながら肩をすくめるという器用な反応を示しながらシュウは続きの言葉を並べ始めた。
「エンマという獄吏を知っているか?」
「知っている。この世界の支配者だろ」
「ああ、そうだ。奴は普段めったに表に出てこない存在だが、緊急事態ともなれば話は別。今回の騒動でエンマはすでに動き始めている」
「というと?」
「さっきの戦いがいい例だ。あれは間違いなくエンマの差し金。その証拠にあの場にいた獄吏たちは時間稼ぎに徹していた」
「時間さえあれば、奴を止める策がエンマにはあると?」
「その通り。そして俺はそれが何かも知っている」
「ほう」
興味ありげに聞き返すと、シュウはその答えを口にした。
「“砦”だ」
「砦?」
「そうだ。エンマは現在囚人どもの脱出口をふさぐ形で砦を建設している。その場所こそがこの一連の騒動の決戦の地であり、そして今から俺たちが向かうべき目的地でもある」
「エンマに奴らの脱出口がわかるのか?」
「当然だ。今回のこの事件、そもそもの発端はずっと昔に起きた脱獄事件にさかのぼる。エンマはその時のことを重々承知した上で動いているんだ」
「何?以前にも脱獄事件があったのか?初耳だぞ」
「まあずいぶんと昔のことだからな。この世界の住民の中でも、その時のことを知っている者はほぼいないだろう」
「なんでお前はそんなことを知っているんだ?」
「俺は古参なんだよ。だから囚人たちのことも、獄吏たちのことも、そしてかつての顛末もよく知っている」
「当時も砦が建設されたのか?」
「いいや、砦の登場は今回が初めてだ」
「ん?ならなぜ砦の建設を知っている?」
「囚人側の反乱が勃発してから、俺はずっと獄吏側の動きを監視していた。まあここでの合流を命じられていたから最後まで見届けることはできなかったが、獄吏たちが迎撃のための準備をしているのは確かな事実だ」
「それが砦ねえ」
鵜呑みにしていいかどうかはさておき、とりあえず耳を傾ける。
そうして俺たちが話し合っている間にも、辺りの景色は移り変わっていた。
凍てつく純白の世界は終わりを迎え、見慣れた灼熱の世界が帰ってくる。
凍えていた体は再び熱を取り戻し、うだるような暑さが体を蝕み始めていた。
「状況はわかった。だがいくら情報を持っていても、依然俺たちは孤立無援。戦力は足りず、ロクな策略もない。結局どうやってこの盤面に介入するつもりなんだ?」
「別に戦って勝つ必要はない。囚人たちを制圧する必要もない。奴らの侵攻を阻む必要もない。俺たちに求められていることはただ一つ」
そこで一度言葉を切ってから、シュウは口を開いた。
「“鍵”だよ。地獄の門を開ける鍵さえ奪うことができれば、奴らがどれだけ暴れようが、地獄からは脱出できなくなる。そうすれば俺たちの勝ちだ」
「なるほど。だが鍵はあの化物の側近が持っている。そう簡単には奪えないぞ」
「ああ、知っているとも。だからこそ俺たちが相手にするのは、その側近だけということになる。敵の大将はエンマに押し付けてしまえばいい」
「具体的には?」
「戦いが始まったら、俺たちはあの詐欺師に強襲をしかける。具体的な作戦はない。俺たちは戦場に紛れ込み、戦場をかき乱し、そして奴らの思惑を叩き潰す。なあに安心しろ。俺の裏切りには誰も気づいていない。戦場で動き回るのは比較的簡単さ」
そう言ったシュウの瞳は、ギラギラと鈍い光をたたえていた。
俺はそれを見て、思わず笑いそうになった。
なんて雑な作戦なんだろう。
路頭に迷っていたとはいえ、ひどい泥船に乗ってしまったものだ。
だがロクな代案もないこの状況で、少しでも可能性がある策に賭けるとするならば、もうこれでいくしかないのかもしれない。
「了解した。そうと決まれば急ぐぞ」
「ああ、最短距離で奴らに追いつく。道案内は任せろ」
遠くから聞こえる騒乱の音が段々と大きくなるのを感じつつ、俺たちは走る速度を上げていく。
「・・・ルイ、俺は諦めないぞ」
己を奮い立たせるように、もはや届かぬ言葉を、俺は口の中でつぶやくのだった。
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