42話 協力者
「はあ、はあ、はあ」
這い出て戻ってきた地上には誰もいない。
ラゴーンも、バスピーも、囚人も、獄吏も、誰もいない。
目に映るのは戦いの残滓、荒れ果てた雪原だけだった。
どうやら俺はずいぶんと長い間寝ていたらしい。
戦闘はとっくの昔に終わってしまったようだった。
「ふぅ・・・」
とりあえず乱れた呼吸を整える。
戦場がどのような結末を迎えたのか現時点ではわからないが、ラゴーンが倒されたなどという希望的観測を持つべきではないだろう。
十中八九、奴は進軍を開始している。
だとしたら俺の為すべきことは何だ?
ラゴーンを追いかけるか?
いや、追いついたところでまた返り討ちにあうだけだ。
ならエンマと手を組んで戦うか?
ダメだな、今更共闘を打診したところでロクに話を聞いてもらえないだろうし、最悪牢屋に放り込まれるまである。
じゃあ天界にこの事態を伝えるのはどうだ?
却下だ、天界に帰るための鍵はバスピーの手の中にある。
さすがに絶望的な状況下なだけあって、まともな解決策など思いつくはずもなく、無価値な考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
焦る心が思考を乱し、無情にも時間だけが流れていった。
そしてどのくらいそうして立ち止まっていただろう。
ふと、雪を刻む音が聞こえた。
誰もいないはずの雪原に鳴り響いたその音に、俺は振り返る。
「何者だ」
振り返った先には、一人の囚人が立っていた。
何の変哲もない、しかしどこか冷めた瞳を持つその男は、まっすぐ俺の方を見ながら口を開く。
「おいおい、そんなに睨むなよ。別に俺はあんたの敵じゃないぞ」
そう言って彼は肩をすくめた。
確かに言葉の通り、その姿からは敵意と呼べるような荒々しい感情は読み取れない。
むしろどちらかと言えば穏やかで、どこか落ち着いた雰囲気をその身にまとっている。
だが相手は囚人だ。
どうして油断などできようか。
俺はいつでも戦闘に入れるように警戒しながら、目の前の囚人と対峙した。
「敵じゃない?俺にとって囚人は全員敵だぞ」
「そう決めつけるな。俺にも少々事情がある。俺はあんたと話がしたいんだ」
「・・・お前は何者だ。なぜ俺のことを知っている?」
「あんたのことはついさっき知った。あの化け物と戦っているのを見て声をかけようと思ってな。まあしかしあんたときたら、何度も殺されそうになるわ、挙句の果てに雪に埋まっちまうわで、ヒヤヒヤしたもんだぜ」
「・・・居たのか、この戦場に?」
「ああ、隅っこの方にな」
「奴はどうなった?」
「お前と戦ってた化け物のことか?あいつならお前が埋もれた後に、囚人引き連れてどっか行っちまったぞ。ついでに獄吏たちも逃げてくもんだから、この通り静かなもんさ」
「お前はなぜここに残っている?」
「言っただろ?あんたと話がしたかったんだ」
「なんのために?」
「さっきから質問ばかりだな」
「当たり前だ。現状お前は敵でしかない」
「そう無碍にするなよ。見たところ、あんたも孤立無援なんだろう?そして俺と同じで一人では何もできないときた」
「なに?」
「怒るな。事実あんたはあれに勝てなかった。そして多分次も負ける。違うかい?」
「・・・仮にそうだとして、だからなんだというんだ?」
努めて冷静を装いながら、俺はその囚人に問いかける。
それを聞いて彼はにやりと笑って口を開いた。
「手を組もう。俺とあんたが力を合わせれば、この状況をどうにかできるかもしれない」
彼はそう結論付ける。
まあどこかでそういう話になるだろうということは予想がついていた。
問題はこの状況を受けて、俺がどう動くべきかというところだ。
はっきり言って正確な判断をするにはあまりに材料が欠けている。
そしてこのままどれだけ問答を続けたところで、結局決め手になるような情報は出てこないことは明白だ。
だが決断は下さなければならない。
そしてそのための時間もあまりない。
どうしたって、俺はどこかでリスクを背負わなければならないのだ。
ならばせめてもの理論武装をしておこう。
まず第一に、これはラゴーンが仕掛けた罠ではない。
なぜならラゴーンは最初から俺になど興味がなかった。
こちらが戦闘不能になった時点でわざわざ刺客を送るようなことはしてこないだろう。
というよりそんなことをするくらいなら、初めから自分の手で俺を殺しておけという話だ。
だからこの囚人にラゴーンが絡んでいるとは考えにくい。
次に考えられるのはバスピーだ。
奴はできることなら俺をこの盤面から排除したいと考えているはず。
刺客を送り込んできても、なんら不思議はないだろう。
だがこのやり方はおかしい。
奴がその気ならもっと大量の囚人を投入してくるはずだ。
どうしてわざわざ一人だけ人員を残すようなことをする必要がある?
俺を殺すために今更ややこしい策を弄しているとも考えづらい。
ゆえにバスピーが関与している可能性も限りなく低いと言える。
そうやって考えてみれば、この瞬間、この場所で、たった一人の囚人が俺の前に現れることに必然性などなかった。
だとすればこの状況は、やつらの思惑の外にあるということになる。
「もう一つだけ聞かせろ」
「なんだ?」
だが確かめておかなければならないことはあった。
それをおろそかにすれば、どれだけ繊細に、緻密に、そして慎重にことを運ぼうとも、うまくはいかない。
たとえ人間が相手であろうとも、手を取るというのなら知っておかなくてはならないことがある。
「お前の目的はなんだ?」
最後の仕上げとばかりに俺はそう問いかけた。
するとどうだろう。
さきほどまで気色の悪い作り笑いを浮かべていた目の前の男は、急にその笑顔を引っ込め、代わりに一番最初に見せていた冷めた視線を俺に向けてくる。
そして答えを口にした。
「囚人たちの脱獄阻止。俺の目的はそれだけだ」
確かな決意を瞳に宿して、彼はそう告げる。
「・・・ほう、囚人であるお前がそんなこと言うなんて変な話だな」
「言っただろ。俺にも事情があるって」
「というと?」
俺の問いに対してその男は一瞬顔をしかめたが、すぐに表情を消すと口を開いた。
「別に難しい話じゃない。罪には罰を、俺はただその当たり前のことを、当たり前にしたいだけなんだ・・・」
彼はそう言って目を伏せた。
そしてその様子を見て、俺は目を細める。
もし仮にこの言葉を信じるとするならば、いったいそれはどういう理屈で成り立っているのだろうか。
普通に考えれば、囚人にとって地獄から出られるということは救いでしかない。
歓迎こそすれ、決して拒絶するようなことではないはずなのだ。
にもかかわらず、彼はそれを否定した。
あまりにも意味不明。
だがそうであるからこそ、彼の言葉は信じるに値するのかもしれない。
だってそうだろう?
これから誰かを騙そうとしている人間が、そんな意味不明な理屈を示すだろうか。
答えは否である。
これが罠であるならば、もっとそれらしい、思わず納得してしまうような飾られた言葉が出てくるはず。
間違っても不信感を煽るような言葉は出てこない。
逆を言えば、彼の理解不能な事情とやらは、理解不能ゆえに少なくとも嘘ではないということだ。
「いいだろう、話を聞いてやる」
なんとも皮肉な話である。
囚人たちからみれば、彼は間違いなく裏切り者。
“味方の裏切り”によってすべてを奪われた俺が、今度は“敵の裏切り”に頼って事態を打開しようとしているなど、滑稽以外のなにものでもない。
だが別にそれでもよかった。
プライドなどその辺に捨てておけ。
前に進むことこそが、生き残った者に課せられた義務なのである。
「とりあえず自己紹介だ。俺はトト。お前の名前は?」
俺の名乗りを受けて、目の前の男は下げていた視線をようやく前へと戻す。
そしてその名を口にした。
「俺の名はシュウ。よろしく頼む」
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