38話 偽りの復讐者
「クソ・・・」
体が痛い。
視界もぼやけている。
もう起き上がらなければ楽になれるものを、どうしてか俺はまた立ち上がっていた。
いや、理由など明白だ。
今も胸を焦がす、この憤怒が、この憎悪が、俺を立ち上がらせているのだ。
「まだやる気か?」
「当たり前だろ・・・」
まるで駄々をこねる子供のように、己が敗北を否定した。
胸に宿る黒い炎は、まだ燃えている。
誰かが、敵を殺せと囁いている。
止まることは、許されない。
「これは復讐だ!お前らを殺すまで、俺はもう止まれないんだよ!」
心の命ずるままに、俺は叫ぶ。
しかし相対するラゴーンの視線は冷たい。
彼は測るように一度俺を眺めた後、つまらなそうにため息を吐いた。
「復讐か・・・。なるほど、その言葉を使われると我も無視はできない。だがどうだろう、貴様のそれは、本当に復讐だと言えるのか?」
「なに?」
「貴様の怒りは本物か?貴様の狂気は本物か?もし本物だというなら、なぜこんな状況になっている?真に復讐を果たしたいのなら、なぜそれを実現させようと足掻かないのだ?」
「だからそのために戦ってるんだろうが!」
「いいや、違うな。貴様の目的は我に勝つことではない。もちろんバスピーを殺すことでもない。最初からそんなことは不可能だった。にもかかわらず、貴様は我に挑んだ。それが意味するところはただ一つ」
ラゴーンはそこで一度言葉を切ると、今度こそ眉をしかめた。
「貴様は復讐者などではない。ただ威勢のいい言葉を吐き、狂ったふりをして、復讐だなんだと喚いているだけの偽物」
「違う!俺は・・・」
「復讐とは、己の魂を賭けて果たす禊なのだ。貴様のように望みもなく、願いもなく、怒りもなく、憎しみもなく、ただ情けない己を誤魔化すためだけに行う行為では断じてない」
「違う、そうじゃない・・・」
「もうその辺でやめておけ。これ以上は時間の無駄だ」
最後にそう言ってラゴーンは俺に背中を向けた。
完全に馬鹿にされている。
だというのに、俺は動けずにいた。
今すぐにでもそのふざけた背中に向かって殴り掛からなければならないというのに、奴の言葉が楔となって体を縛る。
「どうして・・・」
俺は復讐者だ。
部下を殺され、友を殺され、その仇を討つと誓った。
今もこの胸には怒りと憎しみの炎が燃え盛っている。
これが偽物だというのか?
そんなわけがない。
俺はこの炎を頼りに立っているのだ。
もしそれが偽りだというのなら・・・。
「俺は・・・」
恐怖が胸を襲う。
まるで夢から醒めるように、心が冷気を帯び始めていた。
「待てよ・・・」
だからこそ俺はもう一度拳を握る。
突然沸き上がった震えを塗りつぶすために、復讐の炎を再び燃え上がらせた。
「待てって言ってるだろうが!」
叫ぶと同時に踏み込み、ラゴーンに肉薄する。
そして、俺は拳を放った。
「ぐはっ!」
だがやはり、結果は変わらない。
ぞんざいに振り払われたラゴーンの腕が俺の体を吹き飛ばす。
悲鳴をあげることも許されないまま、俺は山肌に叩きつけられた。
「くだらん。負け犬の自傷行為に付き合うほど、我は暇ではないのだ。そこで一生寝ていろ」
冷たい侮蔑が耳を打つ。
もう視線をそちらに向けることもできない。
「ああ・・・、くそ・・・」
もはや破綻は明白だ。
気づかないように、必死になって押し殺してきた感情が、今まさに逆流して俺に襲い掛かってきている。
怒りに身を任せていれば、知らないふりをすることができた。
復讐を言い訳にしていれば、考えずに済むことができた。
見たくないものから目をそらし、さも自分は為すべきことを為していると、だから正しいなのだと己の心をうそぶいてきたのだ。
だがそんなもの、いつまでも続くわけがない。
ラゴーンという名の絶対的強者を前にして、そのメッキは容易く剥がれた。
「俺は・・・」
諦念の嘆きは誰のもとにも届かない。
聞こえてくるのはこの世の終わりともとれる轟音。
それは少しずつ近づいてきて、やがて冷気をもって俺を包み込む。
真っ白な雪に視界を覆われながら、俺の体は雪崩へと飲み込まれていくのだった。
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