37話 敗北
「うあああああああ!」
まっすぐ突っ込んでいく。
技も、駆け引きも、そこには存在しない。
ただ燃え滾る憎悪だけを頼りに、俺は雄叫びを上げる。
「死ねええ!」
ラゴーンとの間にあった距離を一瞬で殺し、拳を振りぬく。
持てる力のすべてを込めて放った渾身の一撃。
それは必殺となるはずだった。
「なっ!」
しかし目の前の黒い使徒は、それをいとも容易く否定する。
「啖呵を切った割にはこの程度か。これでは話にならんぞ」
片手で俺の拳を止めたラゴーンは、つまらなそうにそう告げた。
いったい何が起こったというのか。
仮にも使徒の王による一撃。
手ごたえもあった。
こんな簡単に止められるはずがない。
目の前で起こった意味不明な現象に思考が停止する中、俺は無意識にその場から離脱することを選択する。
「どうして・・・」
この地獄において使徒は特別な力を使えない。
認められているのは元々もっている身体能力だけ。
だから使徒同士であれば多少の差はあれども、それほど大きく性能に偏りが発生することはないはずなのだ。
それでも俺の攻撃は止められた。
「別に驚くことでもなかろう。我と貴様にそれだけの差があるというだけの話よ」
動けずにいる俺にラゴーンがそう語りかけてくる。
奴は俺を嘲笑っていた。
「ちっ!」
あり得るとしたらそれしかない可能性を、それでも俺は無理やり否定して、もう一度攻撃を開始した。
ただがむしゃらに、敵を殺そうと挑みかかる。
だが何度やっても、結果は同じだった。
俺の攻撃はただの一度もラゴーンには届かない。
ふと思い出す、あの地響きを、この破壊された戦場を。
もし仮に、それら全てが目の前に立っている使徒によって引き起こされたものだとしたら、地獄にいてもなおそれが許されるほどの力をこの使徒が持っているのだとしたら・・・。
いや、そんなことはありえない、そんなことは認めない。
「クソがっ!」
必死で吠える。
別にこの惨状の原因がラゴーンだと決まったわけではないのだ。
ここで殺してしまえばその馬鹿げた推測はすぐに否定できる。
そう思って俺はラゴーンに襲いかかる。
だがやはり結果は変わらない。
俺の攻撃はそのことごとくが撃ち落とされた。
「はああ、いい加減飽きたぞ」
ぼそりとラゴーンがつぶやく。
その言葉と同時に、今度は俺の体に衝撃が走った。
「がはっ!」
本当に軽い、まるで空気を撫でるような一撃は、俺の防御をあっさり破って襲い掛かる。
みっともなく悲鳴を上げながら、俺は吹っ飛ばされた。
「バスピー、今の王とはこれほどに弱いのか?これでは天界など、すぐに落ちてしまうぞ?」
「そこの雑魚を基準に考えるのは、あまりに他の王に失礼かと。まあしかしラゴーン様に敵う使徒が存在しないのも事実ですが」
「ふっ、それはそれでつまらん話だがな」
倒れた俺の耳に彼らの話声が聞こえてくる。
今ここが戦場であることを忘れさせるほどの穏やかな雰囲気が、そこにはあった。
屈辱だ。
俺は命懸けでこの戦場に立っているのに、こんなに激しい憤怒に突き動かされているのに、どうしてこいつらは涼しい顔をして俺の前に立てるのだ。
「舐めやがって・・・」
痛みを無視して立ち上がる。
前を見据え、俺はもう一度戦闘態勢に入った。
「ん?まだやるのか?貴様も懲りぬな」
「お前らは、絶対に殺す!」
「・・・何がそこまで貴様を駆り立てる?もうすでに雌雄は決したというのに」
「お前らのせいで俺の部下が死んだ!ルイが死んだ!このまま黙って引き下がれるものか!」
「・・・ルイだと?」
ここまで淡泊な態度を崩さなかったラゴーンが、ここで初めて俺の言葉に表情を動かした。
彼は俺から視線を外すと、後ろに控えていたバスピーの方を見る。
「バスピー、こやつの口からルイの話が出てきているが、何か知っているか?」
「はい、ルイもこの世界に来ておりました。しかし既に処理済みです」
「具体的に述べよ」
「ルイは私が殺しま、ぐあっ!」
突然ラゴーンがバスピーの首を掴んで吊るし上げる。
敵の目の前で味方に攻撃するという暴挙に出たラゴーンに、俺もバスピーも目を剥いた。
「ラゴーン、様、何を・・・?」
「なぜそれを報告しない?貴様自分が何をしたのかわかっているのか?」
「私は、ラゴーン様の障害になるものを少しでも、減らそうと・・・」
「あれは我自らが殺す予定だったのだ。この手で奴を屈服させる日を、どれだけ待ち望んでいたか、貴様にわかるか?」
「申し訳、ございません・・・」
「・・・ちっ!もうよい」
最後にそれだけ言って、ラゴーンはバスピーを投げ捨てる。
そして冷ややかな視線をこちらに向けると、俺に向って言葉を吐いた。
「気分が悪い。もう貴様の相手をする気も失せた。消えろ、雑魚が」
「何言ってやがる。てめえらを殺すまで、引き下がるわけねえだろ!」
「話にならん。我は見逃してやると言っているのだ。疾く去れ」
「ふざけんな!」
叫ぶと同時に、俺は攻撃を再開する。
この瞬間は好機だ。
愚かなことに、奴らは仲間割れをしている。
この僅かな綻びを逃してはいけない。
今度こそ確実に獲物を仕留めるために、俺は全速力で走る。
そして、ラゴーンの間合いに入るというところで、俺は急旋回を敢行した。
目的は不意打ち。
このままラゴーンと正面から戦っていても勝ち目がないことぐらい、もう十分わかっている。
それほどラゴーンの力は圧倒的だった。
ゆえに俺は戦い方を変えたのだ。
「死ねえええ!」
狙うはバスピーただ一人。
己の仇に向かって、なりふり構わず特攻する。
もうここまで来たら、バスピーの命さえ奪えればそれでよかった。
たとえやつを殺した直後に、後ろから刺されようが構わない。
絶対に殺す、その決意だけを頼りに俺は最後の攻撃を仕掛けたのだ。
だがそれだけやっても、俺の攻撃は届かない。
ラゴーンは、その程度で超えられる相手ではなかったのだ。
「ぐっ!」
完全に不意をうったはずの動きにやつは追いつき、俺の足を捕まえる。
そしてそのまま俺の体を引き戻すと、地面に叩きつけた。
「ぐはっ!」
激痛が全身を駆け巡る。
視界が明滅し、今度こそ体から力が抜けていくのを感じた。
「弱い」
混濁する意識の中に、絶対強者の宣告が入り込んでくる。
もはや覆しようのない現実に、俺の心は確実に摩耗していくのだった。
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