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30話 裏切り

「ルイィィィィィ!!!」


 まるで人形のようにピクリとも動かないその体は川へと落ちていく。

 そしてそのまま灼熱の水流へと吸い込まれ、あっという間に消えてしまった。


「なんだ・・・、これは・・・?」


 その事実を受け入れられない。

 脳が理解を拒んでいる。


 誰でもいいから嘘だと言ってほしかった。

 今目の前で起きたことがすべて夢だと断じてほしかった。


 だがそんな都合のいいことを優しく語り掛けてくれる存在など当然居はしない。


「ちっ、うまくいかない。サイラがいなくなったところまではよかったのに」


 代わりに襲い掛かってきたのはひどく醜悪な声だった。


 聞き慣れたはずのその声は、内に秘めた邪悪のせいか、痛いくらいに耳を突き刺す。


「バスピー・・・これはどういうことだ?なぜ・・・、なぜルイを殺した?」


 ぼやけていく思考の中で、言葉が零れる。


 バスピーはそんな俺を冷めた目で見つめると、苛立たし気に口を開いた。


「私が殺そうとしたのはルイではなくお前だ。縛られてろくに動けない雑魚など後でどうとでもなる」

「・・・俺を殺そうとした?」

「そうだ。さすがに正面からやりあったらお前には勝てないからな。うまく隙を突いたと思ったが、見事に邪魔されてしまったようだ」


 バスピーはつまらなそうな顔をして答えている。


 しかし俺の方はそれどころではなかった。


 ただでさえ混乱している意識に、さらにノイズが混じる。


 ルイは俺を庇って死んだのだ。


 俺のせいで死んだ。


 その事実がまた俺を追いつめる。


 思考がまとまらない。


「・・・なぜ、裏切った?」


 かすれる声で問いかける。


 俺にとって、この展開は唐突すぎた。

 急にルイに突き飛ばされたと思ったら、目の前でバスピーがルイの胸を抉っていたのだ。


 まったくもって、意味が分からない。


 説明を求めるようにバスピーを見れば、今度こそ彼は呆れた表情を見せた。


「裏切り?何を言っている?私は一度たりともお前に忠誠を誓ったことなどない。我が主は最初からただ一人と決まっている。お前はあの方の復活のために利用した、ただの駒だ」

「・・・あの方?・・・復活?」

「哀れなトトよ。お前は最後まで愚かだったな」

「だから何を・・・」

「わからないのなら教えてやる」


 困惑する俺をよそに、バスピーは口を歪めた。


「大監獄が開くのだ!」


 もはや恍惚とさえ言える表情を見せて、彼は叫ぶ。


 だが俺にはその言葉の意味するところが分からない。


「・・・大監獄?なぜ今その言葉が出てくる?」


 俺の反応を見たバスピーは、先ほど見せた興奮が嘘であったかのように、今度はひどく不機嫌そうな表情を晒して口を開く。


「彼の地こそ、我が主が封印されている場所なのだ」

「何?あそこには俺の部下がいるんじゃ・・・」

「馬鹿か、お前。そんなもの嘘に決まっているだろうが」

「なんだと?なら俺の部下はどこにいる!?」

「ああ、あいつらなら殺したぞ」


 平然とバスピーはそう言った。


 そして、俺は今度こそ目を見開く。


「奴らはいい餌になってくれた。お前をこの世界におびき寄せるためのな」

「何を、言って・・・?」

「奴らでは宝物庫から大寒獄の鍵を奪取できなかった。あそこはな、エンマ以外が侵入すると警報が鳴る仕組みになっていたんだよ。とてもではないが奴らと私だけでは、鍵を奪った後に獄吏の包囲を突破して脱出するなんてことはできない。だからこそ私にはもっと強力な使徒の助けが必要だった。だから奴らを殺した。ちょうど今のルイにしたみたいにな」

「・・・そんなことをして、何の意味があるっていうんだ・・・」

「意味ならある。もし部下が帰ってこなければ、部下思いのお前はここにくることになるだろう?」

「そんなのわからないだろうが。別に他の部下を派遣する可能性だって・・・」

「ああ、その通りだとも。だからお前が来るまで、何人でも殺すつもりでいた」

「・・・なん、だと・・・」

「まあ結果だけ見れば、お前が最初に来てくれたおかげで手間をかけずに済んだがな」


 そう言ってバスピーは肩をすくめた。


 その姿には悪びれた様子など一切ない。


「お前・・・」


 正気の沙汰じゃない。

 なぜこんなことが許されている?


「なにはともあれ、鍵は手に入れた。これでようやくあの方は解放される。お前を殺すのはその後にしよう。私がやろうとしても勝てないしな」


 そう言ってバスピーは俺に背中を向けた。


 その様子はまるでこのまま立ち去ろうとしているかのようだ。


 その姿を見て、俺はようやく立ち上がった。


「・・・これ以上、お前の好きにさせると思うか?」


 ぼやけていた頭が徐々に熱を帯びる。


 やがてそれは暗い炎となり俺を侵し始めた。


 許さない。

 こいつだけは絶対に許さない。


「殺してやる・・・」


 かつてない怒りが、俺を支配していた。


「ふっ、愚かしい」


 しかし殺意をみなぎらせる俺を、バスピーは鼻で笑う。


「騙されていただけのお前に、いったい何ができると言うのだ?我が計画は長い時間をかけて周到に用意した完璧なもの。大した力もない愚王が止められるほど、安くはないのだ」


 どこまでも自信満々に奴は宣言する。


 だが俺にも意地があった。

 ここまでやられて、黙っていることなどできるはずもない。


「ここでお前が死ねば何もかも終わりだろうが!」


 そう言って俺は踏み込む。


 ここでこいつを止めるのは俺の役目だ。

 これ以上この邪悪を許すわけにはいかない。


 胸に宿る黒い感情に身を任せ、俺はバスピーを殺そうと拳を振り上げた。


 しかし結果として、その行為は実らない。


「なっ!」


 突然体に重みを感じたと思ったら、それは次々に俺の体の自由を奪っていく。


 驚いて振り返るがもう遅い。


 大量の囚人たちが俺の体を捕まえていた。


「この世界の囚人たちは、すでに私の軍門に下っている。もはや獄吏でも彼らを止めることはできない」


 押しつぶされた俺を見下ろしながら、バスピーはそう告げる。


「言っただろ、長い時間をかけたと。初めから私の勝ちは決まっていた」

「放せ!くそっ!」

「さようなら、トト。せいぜいあの方に殺されるまでの残り少ない命を、懺悔でもしながら過ごすといい」


 これが最後だと、バスピーは歩き始める。


「待て、バスピー!待てぇぇぇぇ!」


 いくら叫ぼうとその歩みを止めることはできない。


 結局後に残されたのは、無力で愚かな王だけだった。



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