23話 何かに追われるように
静寂がこの空間を支配している。
あれからしばらくの間、誰も言葉を発しようとはしなかった。
バスピーはおそらくすでにトトと同じ情報を得ていて、同じ結論に至っているからだろう。
サイラはもともとこういう話し合いには興味が無いので口を出してこない。
そして僕は今大寒獄に関する資料を読んでいるので、普通に無言だった。
そんな状況をじれったく思ったのか、トトがこちらに向って声をかけてくる。
「なあ、ルイ。俺としてはさっさと作戦を立てたいんだが?」
「別に作戦を立てるのは自由だけど、すぐに行動するつもりはないよ」
「・・・どういうことだ?」
「僕にはこの資料室で調べなければならないことがまだあるかもしれないからだ」
「“あるかもしれない”だと?“ある”ではなくてか?」
「そうだよ」
僕の返事を聞いた瞬間、トトはさっきまで浮かべていた満足そうな表情を引っ込めて、少し苛立たし気な顔をして僕に突っかかってきた。
「俺の部下たちは敵に捕まっているんだぞ?ここでモタモタしている時間はない」
「トト、確かに君の言う通り時間に余裕はない。だけどこれは必要なことだ」
「だから意味が分からないと言っている。まさかとは思うがこの大量の資料の中から原典が見つかるまで俺に待てと言うつもりか?あるいは隅々まで調べないと気が済まないとでも?さすがに付き合いきれないぞ」
「そうじゃないよ」
半分図星をつかれながらも、残った半分の言い訳を頼りに僕は平然とそう答えた。
確かに私的な理由でここにいたいと思っているのは事実だ。
例え原典が見つからずとも、この資料室にある書物を読みまくって天界に帰ったら、僕はそれなりに満足するのではないだろうか。
実際ついさっきまでちょっとそれも考えていた。
だが今は別の理由もあって、僕はここを調べるべきだと考えている。
「ねえ、トト。君どうやってその資料を探し出したの?」
「・・・普通にバスピーと手分けして、気になる資料を漁って見つけただけだが?」
唐突に飛び出た僕の質問に、トトはそう答える。
話にならない。
この膨大な資料の中から必要な情報を“たまたま”見つけたとでもいうのか?
声にこそしなかったが、僕は心の中でそう叫ぶ。
「やっぱりもう少し時間が要る。あと二時間だ、二時間でいい。僕の我儘であることは重々承知の上で、あと二時間僕にくれないか?その間君は作戦でもなんでも好きに立てていればいい。もし二時間後、僕が何も見つけられなければ君が立てた作戦に無条件で従うことを約束する」
「ほう、無条件で俺の作戦に従うのか?お前が?」
「そうだ。悪い話じゃないだろう?」
そう断言した僕をトトはしばらく見つめ続けていた。
だがいくら時間をかけようとも、この提案をした時点でトトが拒否しないことが僕にはわかっている。
やがてトトは口を開いて、その提案を受け入れた。
「いいだろう。お前はこういう約束には存外誠実だからな」
「よくわかってるじゃないか。じゃあそういうことでよろしく」
言うが早いか、僕は早々に踵を返してその場から離れる。
時間が惜しい。
この短すぎる制限時間内で、僕はそれなりの答えを見つけなければならないのだ。
もしそれができなければ、おそらく破綻する。
これは直感などという極めて曖昧なものではなく、ある種の違和感から来る当然の帰結と言えよう。
このままではダメだ。
はっきりさせなければならない。
何に追われているのかもわからず、ただ何かに追われていることだけは確信しながら、僕は広大な資料の海へとその身を投じるのであった。
――――――
そして二時間後。
そこには結局何も見つけられず、不機嫌そうな顔をして集合場所へと帰ってくる、哀れな使徒の姿があるだけだった。
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