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21話 資料室

 どれ一つとして同じ世界などというものは無い。

 あらゆる世界がそれぞれの法則に支配され、ある種の個性というものを作り出している。


 それも当然だ。

 神とは気まぐれで、適当で、そして無責任なのだから。

 そんな彼らに再現性など求められるはずもない。


 が、しかしそうは言っても変わらないものもある。


 例えばそれは本の香り。

 どんな世界に行っても、この形を持った英知の香りだけはいつも僕を落ち着かせてくれる。


 地獄もその例外ではなかったようで、懐かしい感覚が今僕を包み込んでいた。


「なんとか見つけられたね」


 哀れな残業獄吏が仕事の持ち場に帰ったことを確認した僕らは、案内されたその部屋へと侵入を果たしている。


 今僕たちを出迎えているのは書物が密集した広大な空間だ。


 ここが資料室とみてまず間違いない。


「さて、どうしたものかな」

「この中を全部探すのは骨が折れるぞ」


 隣にいるトトがこれから始まる作業を察してか、嫌そうに口を開く。

 僕はその姿を横目で見ながら言葉を返した。


「まあそれでもやるしかないよ」

「ええー、面倒くさいよー」

「ならサイラはここで大人しく待ってれば?」

「それはそれで暇だからやだ」

「はああ、これから始まる作業より君の相手をする方が僕は面倒くさいよ」


 ため息とともにそれだけ言って、僕は彼らに背を向けた。


「とりあえず手分けして調べてみよう。二時間くらいしたらまたここに集合ということで」

「ルイー、本気でこれ調べるのか?」

「・・・」


 駄々をこねるサイラを無視して、僕は調査を開始するため歩き出した。


 これの相手をしていたら終わるものも終わらなくなってしまう。

 僕は原典を手に入れて早く帰りたいのだ。


「ふむ」


 適当に進んで適当に目についた資料の中身を確認し始める。


 資料の中身はただの勤務管理表だった。

 なんかよく見てみると、やばい労働環境が浮き彫りになりそうだったので、僕はそれをそっと閉じる。


 何も見なかったことにしよう。


 そもそも他派閥の運営方法など僕の知ったことではない。

 獄吏たちが馬車馬のごとく働かされていたところで、それがこの派閥の王の方針なら余所者は黙って見ているものだ。


 それが暗黙のルール。


 というわけで資料を元の場所に戻し、僕は次の資料へと手を伸ばす。


 もちろん一連の行動を後ろで眺めていた厄災に対しては無視を決め込んでいた。


 何を血迷ったのか、結局僕についてくることにしたらしいサイラはニヤニヤと笑いながら僕の後ろにぴったりと張り付いている。


 はっきり言って邪魔だ。

 気が散る。


 だが下手に文句を言おうものなら、また時間を無駄にすることになる。


 だったら好きにさせておくのがベストな選択肢だろう。

 それに僕の目の届く範囲にいるということは、余計なことをさせないように監視することだってできる。


 ものは考えよう。

 彼女が黙っているうちは放っておくことにする。


 さて、そうと決めてしまえば幾分かは気が楽になるというものだ。


 謹んで調べ物に励むとしよう。


「ルイ、暇なんだけど」


 謹んで調べ物に励むとしよう。


―――――――


 その後もうるさい戦闘狂を無視し続けて、調査を続けること小一時間。


 非常に不愉快な時間であったにもかかわらず、進捗はあまりなかった。


 そもそもなんだこの管理体制は。


 ただただ無造作に本を本棚に突っ込んでいったら出来上がったとでも言わんばかりに、この資料室の内情は混沌を極めているではないか。


 こんなのいくら時間があっても足りない。


 長い時間ここにいれば獄吏たちが来ることだってありえる。

 資料室が広いとはいえ、絶対に見つからないとは限らないのだ。


 一秒でも早くこの膨大な資料の山から原典、もしくはその手掛かりとなるものを見つけなければならないというのに、僕はなんら有効な手段も見つけられずに、手当たり次第資料に目を通すなんていう原始的なやり方を余儀なくされている。


 しかし当然そんな方法では今までと同様進展などあるわけもなく、結局時間切れになってしまった。

 自分から言い出した約束を破るわけにもいかず、僕は渋々と言った様子でその場から撤退し集合場所へと向かう。


 そして戻ってきてみればすでにそこにいたトトとバスピーがこんなことを宣うではないか。


「喜べ、ルイ。お目当てのものは見つけたぞ」

「・・・は?」


 僕は一瞬耳を疑って聞き返した。

 それに対してトトはドヤ顔を浮かべてもう一度口を開く。


「だから地図を見つけたと言っている」

「・・・あ、そっちか。それは地獄の地図?それとも要塞の地図?」

「どっちもだ」

「マジか」


 僕が必死で無意味な時間を浪費している間にこの優秀なお仲間は必要な情報を的確に発見していたようだ。


 しかしにわかには信じられない。

 いったいどうやって見つけたというのか。


 自慢でもなんでもなく、こういうのは僕の得意分野だ。


 その僕がこれだけ苦戦したのにも関わらず、トト如きがさっさと目標を達成したとか正直受け入れられないんだけど。


「それに地図に付随してもう一つ興味深い資料を見つけた」


 まだ成果があるらしい。

 これ以上は僕の精神衛生上よろしくないのだが、明らかに調子に乗っているトトが止まるはずもなかった。


「それでそっちの成果は?」

「・・・いや、それが・・・」

「こっちは何もないぞ」


 僕が何か言う前にサイラが口を挟んで身もふたもないことを言う。


 事実その通りなのだが言い方というものがあるだろうに。


 確かに求めていた情報は見つけられなかったが、役に立たない細々とした情報なら少しは手に入れているのだ。

 それでなんとか体裁を保とうとしたにもかかわらず、サイラが余計なことを言ったせいでその目論見もパーになる。


 そしてそれと同時に、トトは己の優位を完全に悟った。


 後はもう流れるようにこの場を仕切り始めるだけである。


「まあ仕方がない。そういうこともあるだろう。今回はこちらが手に入れた情報をくれてやる。次は頼むぞ」


 なんだろう、この状況は。

 別にトトを悪く言うつもりはないが、間違いなく今僕が感じているものは屈辱である。


 だけど仕方がない。今回は僕が悪い。なぜなら成果が何もないのだから。


「ありがとう、トト。次は頑張るよ」


 果たしてこのとき僕はちゃんと笑顔を浮かべていただろうか。


 鏡が無かったのでついぞ確認することはできなかった。



感想・評価などお待ちしております。

あとよかったらブックマークもよろしくお願いします。


とろりんちょ @tororincho_mono

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