20話 要塞中央
当然のことながら、敵地での油断は命とりになる。
それがどんな些細なものであれ、生まれてしまった心の隙は、結局のところ手痛い傷となって自らに返ってくるのだ。
「うぅ、つらいですー」
「静かに」
聞こえてきた弱々しい声に、再び僕は低い声で言葉を返す。
だが今回ばかりはバスピーのその声が、全員の心の声を代弁したものになってしまっていた。
なにせ今僕らは手足を突っ張って、必死に天井に張り付いているのだ。
この体勢になってからどれだけ時間が経ったかはわからないが、もう手足がプルプルして限界である。
早く降りたい。
しかしこうなってしまったのも僕らの浅はかな行動が原因だ。
僕らが通路の途中にあった排気口から出てきたのがつい先ほどのこと。
まだまだ通路は続いていたが、一旦周りの状況を確認するために僕らは外に出ることを選択したのだ。
そうして狭い通気口から脱出した僕らを出迎えたのは、多少の違いはあれど、天界でよく見るような使徒の拠点そのものだった。
進んだ距離的にもここが要塞中央部の建物の中であることはほぼ間違いなく、いよいよ本格的な探索が始まろうとしていた。
しかしそこで問題が発生する。
勤務時間外なら獄吏たちの目を掻い潜れると高を括っていた僕らだったが、彼らはこちらの想像よりも遥かに勤勉だったのだ。
結果、走り出した二秒後に獄吏と鉢合わせしそうになった。
当然隠れられる場所が咄嗟に見つかるはずもなく、僕らは慌てて天井に這い上がって、今のこの状況に至るのである。
天井は結構高かったのでその場をやり過ごすことはできたのだが、獄吏が続々とここを通るせいで降りるに降りられない。
しかもこの状況で誰かがふと天井を見上げるようなことが起きれば一発で不審人物を発見することになる。
なんと紙一重な隠密か。
「ルイ・・・、アタシそろそろ・・・無理かも・・・」
「サイラ、もし君が落ちても僕たちのことは黙っててね」
「アタシだけ捕まるのはなんか癪だし、その時は道連れかな」
「勘弁してよ」
気を紛らわそうとしてお喋りをする僕とサイラの隣で、トトは黙って体勢を維持し、バスピーは涙目になりながら必死に耐えていた。
さて、いったいこの時間はいつまで続くのだろうか。
いい加減打開策を考えないとまずいことになると思いながらも、実際何も思いつかないので眼下を通り過ぎていく獄吏たちを漫然と眺めていたのだが、ここにきて僕の耳が聞き捨てならない会話を捕らえることに成功した。
「はああ、残業きついぜ」
「しょうがねえだろ。終わんなかったんだから」
「今から資料室で資料探して報告書書くのか・・・。帰れるのいつだよ・・・」
「考えるな。考えたら負けだ」
どちらかといえばあまりうまくはいっていないこの探索だが、ここに来てようやく風向きが良くなってきたといえる。
しかしこれも必然と言えば必然だった。
何せ僕らはもう結構な時間天井で踏ん張っている。
これだけ長い間ここにいれば資料室に向う獄吏が下を通るくらいのことは起きても不思議ではない。
それでもあえて幸運だったと言えることを挙げるのだとすれば、それは獄吏の流れがそこで途切れたことだろう。
ここまで痙攣しながら耐えてきた僕らはもう言葉を交わさずとも、この状況の意味するところを完全に理解していた。
つまるところ、チャンスとは今この瞬間のことを指しているのだ。
力を抜き、落下に身を任せる。
そして音もなく着地をすると、そのまま僕らは尾行を開始した。
周りに彼ら以外の獄吏の姿はない。
さすがに業務時間を超過しすぎて大抵の獄吏たちは帰ってしまったのだろうか。
このままいけば、案外簡単に目的地まで辿り着けるかもしれない。
僕らは疲れ切った獄吏たちの背中を追い続ける。
そして僕は思った。
時に誰かの不幸ほど、誰かに利するものはないのだと。
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