19話 狭い通路を抜けて
「うぅ、寒い・・・、暗い・・・」
「我慢して」
後ろの方から聞こえた弱々しいバスピー声に素っ気なく返事を返すと、僕は歩みを再開した。
しかし歩みと言っても普段通りの足を動かしてものではない。
それはうつ伏せになって腕を必死に動かしながらの歩み、匍匐前進である。
なぜこんなことになっているのかというと、獄吏たちをやり過ごすために慌てて逃げ込んだこの場所が原因だ。
ここはクソ冷たい風が吹きすさぶ、クソ狭い通気口の中。
その中を今僕たちは進んでいるのだ
ここに逃げ込んだ理由は主に二つある。
一つはこの通気口が要塞中央部への侵入経路として使える可能性を考慮したからだ。
あのまま普通に歩いて進んでいても、おそらく近いうちに限界が来ていた。
僕たちが獄吏たちの目を掻い潜って要塞中央部へとたどり着くためには、何かちょっとした工夫が必要だったのだ。
この通気口がどこに繋がっているか、それについて何か確証があるわけではない。
だがあのままどん詰まりになるくらいなら、いっそ賭けに出てみるのも悪くないだろう。
もしかしたらこの通路の先にお目当ての資料室があるのかもしれない。
そうでないにしても、目的地に近づくことぐらいはできるかもしれない。
僕はその可能性に賭けたのだ。
それが一つ目の理由。
そしてもう一つの理由なのだが、これはもっと単純な話。
いい加減暑苦しいのも嫌だったので、僕は涼みたかった。
以上。
そんなわけでこの通気口侵入作戦を敢行したわけだが、果たしてこれが吉と出るか、凶と出るかは今のところ分からない。
とりあえず思ったよりここが寒かったのは凶だと言えよう。
そして明かり一つない暗闇の中を進み続けるというのもなかなか酷なものだった。
本来使徒の目をもってすれば、光があろうがなかろうが周りの状況を把握することぐらい容易いことなのだが、なにぶん地獄では僕らの力が制限されている。
僕はある程度平気であっても、後ろのバスピーなんかはさっきから不安で泣きべそ掻いている有様だ。
しかしだからといって一概に最悪の状況とも言えないだろう。
なぜなら光が届かないこの場所は、見つかる危険性が非常に少ないからだ。
建物の外から見たときにこういう通気口のようなものが見当たらなかったことからも、おそらくこの通路は地下を通っている。
現に下り坂はあっても上り坂はなかったし、足音も上からしか聞こえない。
まず現在の状況は安全だと言えるだろう。
それに進んでいる方角と距離から、この通路が要塞中央部へ繋がっていることも伺えた。
とりあえずこの冷却機構の設備の大本を目指して風上に向ってずっと進んできたのが功を奏したようで、僕らは進みたい方向へと進めている。
このままいけば、おそらく僕たちは目的地へと近づくことができるだろう。
そして何より重要なことだが、さっきまで続いていた喧騒がもうほとんど聞こえなくなっている。
それは獄吏たちの帰宅の波が引いたことを意味していた。
そうなるとさっきまでのピンチはチャンスに変わる。
終業とともに発生する獄吏たちの大移動を乗り越えさえできれば、要塞中央部の警備は手薄になる。
獄吏たちが再び仕事場へ戻ってくるまでに、お目当てのものを見つけられれば僕らの勝ちだ。
まだ道は残されている。
僕が原典へとたどり着くための道が。
しかし目的のためとはいえ、超越者ともいえる僕たち使徒が四人揃って這いつくばっているこの姿はなんと間抜けない絵面なのだろう。
もし神様が僕らを見ていたら、きっと憐憫の眼差しを送ってくるに違いない。
「まったく、一筋縄ではいかないな・・・」
思わず愚痴がこぼれ出る。
しかしこれでいい。
これでこそ冒険だ。
そうじゃなければ面白くない。
「ん?」
ようやく通路の先に光が見えた。
さてさて、この通路の出口にはいったい何が待ち構えているのだろうか。
僕は胸を躍らせながら、そこへ向かって前進を続けるのだった。
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