18話 侵入
要塞への侵入自体は容易だった。
なぜならこの要塞は炎の山そのものを壁として使用しているので、それをすでに登った僕たちを侵入から阻むものが無かったからだ。
なんなく要塞へと降り立った僕たちはそのまま歩を進める。
人影はない。
「行くよ」
その言葉を合図に僕たちは一斉に走り出した。
足音を極力殺し、呼吸さえ止めて、ひたすら突き進む。
そしてそのまま一番近くにあった建物へと駆け込んだ。
「全員ついてきてる?」
「問題ない」
「余裕ー」
「大丈夫です」
全員の無事を確認してから周りを見渡して状況を確認する。
現在僕たちは少し広めのホールのような空間に立っていた。
見上げてみれば天井は高く、いくつもの階層を備えた吹き抜け構造をとっている。
そして壁のいたるところに扉や通路の入り口がいくつも並んでいた。
一見しただけでも内部構造は複雑であり、これを攻略するには少々手間がかかることが予想される。
しかしこれから待ち受けるそういった煩わしさよりも、僕たちの意識を捕えているものがこの建物にはあった。
それはこの建築物の内装だ。
囚人たちの領域では決して臨めなかった美しい家具や装飾品が、この空間には存在する。
その光景にはトトも思わずといった様子で声を上げた。
「この世界では使徒が最も人間味のある生活をしているらしいな」
なるほど、確かにその表現はなかなか皮肉がきいている。
トトのくせにと思いながらも、僕は笑ってしまった。
しかしあまりのんびりしているわけにもいかないので意識を無理やり切り替える。
後ろで息を整えていたらしいバスピーに向って僕は声をかけた。
「ここは居住区なんだっけ?」
「はい、おそらく外縁部はほとんど居住区しかないと思います」
「へえー」
その言葉を聞いて再び歩き出す。
そうして少しばかり探索をしてみれば、どの扉の上にも数字の書かれたプレートが掲げられていることが見て取れた。
その様はよくある集合住宅と言えなくもないが、相変わらず人の気配はない。
「面倒だし無視するか」
別に探索してもいいのだが、お目当てのものがここにあるとも思えない。
限られた時間の中で無駄なことはしていられないことを鑑みれば、これは妥当な判断と言えるだろう。
しかし若干一名、その判断に不満を示すものがいた。
「え?せっかくだし見ていこうよ」
「何がせっかくなのかわからないんだけど」
「いや、アタシって人のプライバシー侵害するの好きじゃん?」
「知らないよ。そしてサイテーだよ」
「あはははは、とりあえず適当に開けてくね」
宣言したときにはもうサイラが扉を開け放っていた。
誰かこの制御不能野郎をなんとかしてくれ。
「おおー、センスねえな」
「まったく・・・」
勝手に部屋を覗いた挙句、散々なことを言っているサイラに続いて渋々僕も部屋の中を覗くと、そこには確かに変な空間が広がっていた。
しかし僕は彼女と違って人の趣味に口を出すような無粋な真似はしないのでそのことに関してはスルーする。
というよりそんなことよりももっと気になることがあったのだ。
「ここは涼しいね」
「お、そういえばそうだな」
「なんでだろう」
そう言って部屋を見渡す。
そんなに広くもないこの部屋には一見して不審なところがない。
どこかの世界で見たような、それこそ人間が使うようなごく普通の部屋の光景が広がっているだけだ。
しかしこれも経験の成せる業か、しばらくして僕はその仕掛けに辿り着く。
以前とある世界で見つけた大気の温度を操る技術と同じような原理で動くからくりを部屋の壁に見つけ出したのだ。
「ふむ、この穴から冷気を送り出してるんだな。でも結局その冷気はどこから来てるの?そもそも冷気をどうやって造り出してるの?うーむ、わからん」
「おい、ルイ。いつまでやってるつもりだ。先を急ぐんじゃないのか?」
つい夢中になって調べているとトトに怒られた。
確かにさきほどサイラを注意しておいて、自分も同じように道草を食ってるようじゃ仕方がない。
今回はあくまで要塞中心部で必要な情報を盗み出すのに専念しなければならないのだ。
「これは失礼。僕としたことが、つい気をとられてしまった」
「俺たちが目指すのは資料室、お前が言い出したことだろうが。ちゃんと守れ」
「悪かったよ」
「まったく・・・」
「やーい、怒られてやんの」
「君は黙ってろ」
そもそもサイラが扉を開けたからこうなったのだ。
僕は悪くない、すべてサイラが悪い。
そんな風に心の中で言い訳しながらトトのお説教を適当に聞き流していると、ふと何かの物音を聞いた気がした。
「ん?」
「ルイ、聞いてるのか?」
「しっ!」
一変して僕は真剣な表情に戻ると、唇に指をあててトトを黙らせる。
「何か聞こえる」
「・・・何も聞こえないぞ」
「私も特に・・・」
「・・・いや、ルイの言う通りだ。何か近づいてきているね」
サイラだけが僕と同じように異変に気付いたようだ。
僕は必死に思考を回し始める。
今聞こえているのは足音だ。
それも一つや二つではない、明らかに大人数のもの。
「まずいな・・・」
「どうするんだ?」
「どうしましょう、トト様」
「あはー、やばいなあ」
どう考えても今こちらに近づいてきているのは獄吏たちだ。
ここが居住区と言うならば、彼らは現在仕事を終え、自分たちの巣へと戻ろうとしているということになる。
つまり間違いなくここに来るだろう。
隠れなければならない、それも長時間にわたって。
獄吏たちが再び仕事に行くまでの間、彼らをやり過ごさなければならないのだ。
しかし彼らの庭でどこが安全なのかなど、こちらからはわからない。
隠れたつもりでも、見つかってしまうこともあるだろう。
そうなれば終わりだ。
「どうする・・・」
こうしている間にも足音は近づいてきている。
もう止まっている時間はない。
「仕方ない、一か八かだ。皆ついておいで」
「「「え?」」」
三人を引き連れて僕が行動を開始したのは、もうすぐそこまで獄吏たちが接近してからのことだった。
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