17話 会合は水面下で
脱走者を見たのは久しぶりだ。
そしてそれを止められなかったのも。
かつての自分も集落から逃げ出したことがある。
しかし今ではその行為の愚かさを正しく理解していた。
いずれあいつも諦めて帰ってくることだろう。
俺はこれまでと同じようにここで罰を受け続けていればいい。
また鐘の音が鳴り響けば、俺の罪は贖われていくのだ。
だから今日も、俺は静かにその時を待ち続ける。
「シュウ、そろそろ会合だ」
しかしそんな平穏を遮る者がいた。
あの白髪も大概だが、こいつらも相当に鬱陶しい。
どうしてどいつもこいつも大人しくしていられないのか理解に苦しむ。
「・・・ああ、今行く」
だけど無視するわけにもいかない。
これを無視することは俺の信条に反することになるからだ。
召集に応えて目的地を目指す。
最近になって囚人たちの会合がよく開かれるその場所は、使われていない無人の家だ。
万が一にも獄吏たちに見つからないよう人気がない区域の中からその家は選ばれたようだが、そもそも獄吏は決まった時間にしかここに来ないのでその時間からずらすだけで事足りる。
まあ会合の内容を考えたら、囚人たちが慎重になる気持ちもわからなくはないが。
そうこうしているうちに、俺は目的地にたどり着いた。
中を覗くと狭い部屋に結構な数の囚人が集まっている。
「遅いぞ、シュウ」
「・・・悪い、ナック」
部屋に入ると同時に見知った顔に苦言を呈されるが、軽く返事をするだけに留めて俺は自分が座る場所を探した。
正直この部屋の人口密度を考えると暑苦しいことこの上ないので今すぐ帰りたい。
しかしだからといって何もしないまま帰るわけにもいかないので、俺はおとなしく腰を下ろした。
「全員集まったところでさっそくだが連絡がある」
どうやらいつも通り俺が参加者として最後の来訪者だったらしく、着席と同時に会合が始まりを告げる。
指揮しているのは先ほど俺を咎めた囚人、ナックだ。
彼はこの集落のリーダーということになっている。
そしてそんな彼が次の瞬間発した言葉は、俺にとって到底無視できるものではなかった。
「ようやく時が満ちた。例の計画が近々決行される」
その場にいた囚人たちがどよめく。
歓声を上げる者、隣同士で肩を組む者、拳を突き合わせる者、反応はそれぞれだが皆一様に喜んでいる。
そんな浮かれた状況の中で、ただ一人険しい顔をしながら俺はその場の成り行きを見守っていた。
決して想定していなかったわけではない。
むしろ近い将来起こりうることだと考えていた。
だがそれに対して何か対抗策を立てることはついぞできなかった。
何せ情報がない、協力者もいない。
何もないこの世界でたった一人の人間ができることなんていったいどれほどあるだろうか。
結局この瞬間に至るまで、俺はただ焦燥の中で立ち竦んでいただけ。
「まったく、嫌になる・・・」
思わずこぼれ出たつぶやきを拾い上げる者などいない。
俺は喧騒が止むまで、呆然と天井を見上げていた。
「皆、気持ちはわかるが少し落ち着け」
ようやく会合が再開したのはそれからしばらく経ってからだった。
「作戦の決行はまだ先だ。それまで英気を養っておけ」
「あの方は何て言ってるんだ?」
「鐘の音が、あの山から響いてきたら、それが始まりの合図となる。あのお方はそうおっしゃられた」
「鐘の音か・・・」
ナックの発言によってまたざわめきが広がっていく。
しかしそれは先ほどとは違って静かな喧騒だった。
皆その言葉の意味するところが何なのかを話し合っているのだろう。
俺はその様子を冷めた目で見ていた。
いくら考えたところでどうせその答えなどわかるはずもない。
なぜならそれを知る唯一の人物は、俺たちに肝心なことを教えはしないからだ。
皆そのことに気付いていない。
まるでその言葉を神からの啓示であるかのように受け止めている。
少し考えればわかることなのに。
あれは悪魔の囁きだ。
耳を貸してはいけない。
どうして誰もわかってくれないのだろう。
罪には罰を。
当たり前のことじゃないか。
それを受け入れずに逃げ出すことなどもってのほかだし、ただ漫然と受け入れているだけの輩も俺は許せない。
これだけ何もない世界で、たった一つ残された己自身とさえ彼らは向き合えないのか。
それともこんな考え方しかできない俺の方が異常なのか?
いつの間にか狂っていたのか?
ああ、わからない。
俺は結局、どうすればいいんだろうか・・・。
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