16話 炎の山
この世界の炎は面白い。
それは燃え移つることなく、また消すこともできない。
炎はただ熱源としてそこにあるだけなのだ。
他の世界でよく見る炎とは明らかにその性質が異なる。
原典にはいったいこの炎についてなんと書かれているのだろうか。
早く読みたいものである。
さて、なぜ今僕がこんなことを考えているかといえば、それは目の前の光景が原因だ。
敵本拠地に乗り込むことになった僕たちは、バスピーの先導のもと集落を遠く離れ、目的地へと辿り着いていた。
そこまではよかった、問題はそこから。
彼が案内した場所が想像以上にヤバかったのだ。
「え、ここか?」
「はい、ここです」
トトの疑問にバスピーが即答した。
今僕たちの目の前には、煌々と燃え盛る炎を全身に纏った山がそびえ立っている。
ここに獄吏たちの本拠地があるという話だが、まったくそれらしきものは見当たらない。
トトの疑問はもっともだろう。
「それで本拠地への入り口はどこなの?」
「山頂です」
「ですよねー」
なんとなくそうなんじゃないかなと予想はしていた。
山頂に入り口があるということは、この炎の山を登らない限り僕たちは本拠地に辿り着けないということだ。
これまで見てきた炎はどれもまばらに点在しているだけだったので避けて進めば問題なかったのだが、山肌をすき間なく覆うこの炎に関してはそういうわけにもいかない。
もし登るというのなら、僕らはひたすらその身を焼かれながら進むことになるだろう。
僕はこの炎が滅茶苦茶熱いことを知っている。
ゆえにこれから始まる壮絶な登山を思うと憂鬱になった。
いや、たとえ知らずともその過酷さは容易に想像がつくのだろう。
トトとサイラも顔を引きつらせていた。
「お前らここを登ったのか?」
「はい、きつかったですけど頑張りました」
「・・・そうか」
意外なほど自分の部下たちがタフだったことに驚いたのか、トトは呆然と遠くの方を見つめだす。
僕もそれにならって遠くかすんでいる山頂をぼんやりと見つめながら、ぼそりと呟いた。
「山頂までどのくらいかかるかな?」
「全力で走れば十分かからないだろ」
「その間ずっと蒸し焼きだね」
「「・・・」」
正直な話、地獄に来てから最もテンションが低くなっている瞬間が今である。
しかしいつまでも渋っているわけにもいかないのも事実だ。
僕たちが前に進むためにはこの山を登らなければならない。
この中で最年少のバスピーが頑張って登ったというのなら、先輩である僕らが駄々をこねるわけにもいかないだろう。
「まあ覚悟を決めるしかないね」
「アタシはもう大丈夫だぞ」
「俺もいける」
「私は経験済みなのでいつでも大丈夫です」
「なら行こうか」
お互い心の準備は終わったとばかりに姿勢を低くして走り出す体勢を整える。
登るのなら一気に駆け上がるに限る。
それが少しでも苦痛の時間を減らす唯一の方法なのだから。
「それじゃあ行くよ。よーい、ドン」
合図とともに地面を蹴り飛ばす。
そして予想通りの拷問が始まった。
体を炎に包まれ、その身を焼かれる。
呼吸をするたびに肺を激痛が襲い、瞼を開いていると眼球がしみる。
「くっ」
これはなかなかきつい。
やはり何度味わっても体を壊されるほどの痛みというものには慣れないようだ。
今すぐ回れ右して来た道を引き返したくなる。
だが我慢して僕は走り続けた。
今していることが欲しいものを得るために唯一残された手段なのだと自分に言い聞かせながら足を動かす。
もう他の三人がどうなったかなんて気にもかけない。
人の心配などしている暇があるのなら、足を動かすことに集中していた方がいいからだ。
そうして走ることしばらく、少し様子が変わってきた。
スタート直後はあまり感じなかった山の傾斜が、上に上るにつれきつくなってきたのだ。
それに足場も悪くなってきている。
地面の起伏が激しくなり、さらには岩がそこら中にあるせいでいちいちよけなければならないのだ。
いっそ邪魔な岩はすべて破壊してやろうかとも思ったが、そうすると余計疲れる結果になりそうなのでやめておく。
「ん?」
熱さを紛らわしたくてなんとか考え事を続けようとしていた僕はふと違和感を感じた。
なにか大きな音を聞いた気がしたのだ。
なんだと思って視線を少し上げると、驚いたことに僕に向って岩が飛んできているではないか。
なぜそんなことが起きているのか理解不能だが、深く考えている暇はない。
もうすぐそこまで岩は来てしまっている。
避けるか壊すか迷った挙句、避けることを選んだ僕は体を思いっきり横にずらすことで回避に成功したが、避けた先にはまた別の岩が飛んできていた。
「なんだこれ?」
いよいよ何が起こっているのかと思った僕は視線を少し遠くまで伸ばしてみる。
するとすぐにその元凶に辿り着いた。
なんとそこには走りながら器用に岩を僕に向って蹴り飛ばしているサイラがいるではないか。
「サイラ、やめてくんない?」
「何だ、ルイ?よく聞こえないぞ?」
心底楽しそうに走り続けている彼女に向って大声で話しかけてみるも、彼女は聞こえないふりをして取り合おうとはしなかった。
「ただ走っているだけじゃつまらないだろう?ここらで少し遊ぼうぜ!」
「おいおい冗談だろ」
全力でお断りしたいが僕の同意などあろうがなかろうが岩の雨が止むことはない。
ただでさえ熱が僕の思考を奪っているのに、その上飛んでくる岩までなんとかしろとかどれだけ面倒なアトラクションなんだ。
暴走するサイラをなんとか止めようと僕は声を上げる。
「他の二人はどうした!?」
「先に行ったぞ!今は二人っきりだ!安心しろ!」
何も安心できない。
「ちっ!」
思わず舌打ちが出る。
避けるにしろ壊すにしろ、どうしても走行速度を落とさざるを得ない状況だ。
それは必然的に炎の中にいる時間が長くなることを示している。
「どうしたもんかねえ・・・」
この不快極まる環境下で妙案など浮かぶわけもなく、ただ落ちてくる岩を機械的に処理していくだけの存在に僕は収束していっている。
そして悟った。
多分これは我慢するしかないのだと。
―――――
「ずいぶんと遅かったな。何かあったのか?」
「ルイが途中でこけちゃってさ。助けてたら遅くなっちゃったよ」
「そうだったのか、気づかなかったぞ。ルイ、大丈夫だったか」
「・・・ああ、なんとかね」
「少し油断しすぎなんじゃないか?これから危険なことだって十分起こりうるんだ。気を引き締めろ」
「気を付けるよ」
僕は仏頂面を隠そうともせずにトトに返事をした。
ここでサイラの凶行を指摘したところで、やったやってないの押し問答になるだけなので意味はない。
僕がトトのお説教を聞き流すだけでややこしいことにならないのなら安いものだ。
それからしばらく苛立ちを隠そうともせずにトトのありがたいお話を聞いていると、すべての元凶、この世の悪、生まれたときから僕の敵であるところのサイラが飽きてきたのか口を挟んできた。
「トト、その辺にしといてあげなよ。ルイもきっと反省したから」
いったいどういう性格をしていたらここまでシラを切れるのか気になるが、この無駄な時間を終わらせられるなら構わないと、甘んじてその助け舟に乗り込んだ。
トトも一通り小言を言えたので満足したのか、僕へのお説教はそこで終わりを迎える。
「ふぅ・・・」
ようやく解放された僕は、視線を下へと移していく。
もちろんそれは山の麓とは反対側に向ってだ。
この山の山頂には巨大で深い火口が存在している。
もしここが普通の火山なら、そこには溶岩が溜まり、地獄らしく熱を発しているはずなのだが、実際はそうではなかった。
「ここが獄吏たちの本拠地です」
誰もが視線をそこへと注いでいる。
それほどこの変化は劇的だった。
「こりゃすごい」
そこにあったのは巨大な要塞だった。
山そのものを自然の城壁とし、その中でいくつもの建造物が複雑に絡み合うように配置されている。
まるでそれ自体が一つの芸術品であるかのように多彩な構造を見せるそれは、この殺風景な地獄で唯一文明が発達した場所だと言わんばかりにその存在を主張していた。
その威容がこう告げる。
この場所こそ、地獄の中心であるということを。
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