15話 出発の前に
「僕は疲れたから寝る。君も少し休め」
早く出発したくてうずうずしているトトに、僕は一言そう告げる。
そして宣言通り、横になった。
それが数時間前のこと。
今はもう目が覚めている。
隣を見れば僕の助言に従って気持ちよさそうに寝ているトトがいた。
彼も結構な緊張状態にいたようなので、少しはこれで回復することだろう。
早く出発したがっていたトトだけど、それは部下を一人見つけられたことで生まれた安心感と、このまま一気に片を付けたいという甘い考えから来る、一種の焦りのようなものだ。
トト本人は大丈夫だと思っていても、所詮そんなものは一過性の高揚感に頼っているだけで、もしそれに身を任せてしまえばきっとそのうち息切れすることになるだろう。
肉体的な制限を受けているこの世界で使徒の体がどれだけの無茶に耐えられるかは知らないが、少なくとも精神的には相当疲弊していたトトには一度休息をとらせる必要があった。
ついでに休ませておいた他の二人も今は気持ちよさそうに寝ているので、もう少しそのままにしておくことにした僕は散歩に出かけることにした。
相変わらず集落の中は静寂に包まれていて、ここで多くの人間が生活しているとは思えないような様相を呈している。
僕の担当する世界ではあまりこういった状況は起こらない。
使徒がどんな世界を管理しているか、もっと言うなら派閥としてどんな世界を管理しているかは結構それぞれで特色が出る。
トトは人間が自分を崇めてくれる世界を好むし、サイラはとりあえず物騒な世界が好きだ。
僕の場合は本当にいろいろな世界を管理しているので、一概にそういった偏りを述べることは難しいが、強いて好みを挙げるとすると、人間が四苦八苦しながらそれでも足掻きまわっている世界が好きである。
ゆえにこういう世界は苦手だ。
下手したら世界の滅びさえ連想させられる。
せっかく気分転換になればと思って始めた散歩だったというのに、少し暗い気持ちになってしまった。
「戻るか」
そろそろ皆が起き出すかもしれないと思ってそう呟いたそのとき、静かだった空間に一つ声が響いた。
「そこにいるのはルイじゃないか」
その声の主はシュウだ。
この集落に来てから一番付き合いのある彼は突然家の影から現れると、そう言って僕に近づいてくる。
「またなんか調べてんのか?」
「いいや、違うよ。これは純然たる散歩だ。特に目的はない」
「ほお、ついに諦めたのか?」
「それも違うよ。そうだ、この際だから君には言っておこうか」
「なんだ?」
「実は近々集落を出ていくことになったんだ。もう戻ってこないかもね」
「なんだと?」
「だからこれはお別れの挨拶ということになる。世話になったね」
「・・・罰はどうするんだ?」
「しばらくお休みかな」
「お前まだそんなこと言ってんのか・・・」
案の定この話になるとシュウは嫌そうな顔をして僕に苦言を呈してきた。
「どうせ何をしたって意味なんてないんだ。ここでおとなしくしていろ。それがお前のためにもなる」
「・・・なんでそこまで罰にこだわるの?」
「それが囚人の義務だからだ。お前も罪を犯してここに来たんだろ?だったらそれを償え」
「ははっ、たぶん君は囚人よりも獄吏の方が向いてるのかもしれないね」
「茶化すなよ」
「いや、素直にそう思ったのさ」
ここに来て、僕は彼自身に対して少し興味を抱いた。
これまでは正直調査に便利だからという理由だけで彼を連れまわしていたこともあり、その人間性にまではあまり興味を持っていなかったのだ。
だがどうだろう、彼にもなかなか見所があるではないか。
いったいこの頑固さはどこから来るのだろう。
「僕には君の目的がわからない。ここで僕を引き留めることにいったい何の意味があるんだい?」
「それが無駄なことだと知っている」
「無駄かどうかなんてわからないじゃないか」
「いいや、無駄だね。結局お前はここに帰ってくることになる」
「どうして?」
「己の罪からは逃れられないからだ」
「なるほど、君はそうだったのか」
「他の囚人たちも皆同じだ」
「・・・いや、君は他の囚人とはちょっと違うと思うよ」
「何の話だ?」
「んー、まあ僕は君のことをそこまで知らないから、正確なことは言えないけど・・・。でもそうだな、あえて言葉にするとしたら、“執念”かな」
「執念・・・?」
シュウは僕の言葉に対して不思議そうな顔をしているが、この表現は今の彼を結構的確に表している。
普通囚人たちは他人に興味なんて示さない。
逃げ出す者がいようと放っておくだろう。
逃げようとする囚人を捕まえてまで罰を受けさせようとするのは、このシュウくらいだ。
ならなぜそんなことを彼はするのか。
詳しい理由はわからないが、いずれにしろそれは何かしらの執念が彼にそうさせているのだと僕は思う。
「君は面白いね。この地獄において、誰も彼もが死んだ目をしているのに、君だけは確かに自分の意思を持っている」
「・・・馬鹿にしてるのか?」
「いいや、褒めてるんだ。ちゃんとこの世界にも君みたいな人がいてくれて僕は嬉しい」
「ならなぜ従わない」
「ふふっ、それとこれとは話が別だよ。君に執念があるように、僕にも信念がある。君に何と言われようが僕は行く」
「何のために?」
「未知を求めて」
そう言った僕を、シュウは心底呆れたような顔をして見つめている。
そして次の瞬間には僕から顔を逸らしてため息を吐いていた。
「はああ・・・、もういい、好きにしろ。人がせっかく親切で助言してやってるのに」
「ありがとう、その気持ちだけ受け取っておくよ」
彼は好ましい人間だが、だからといって相容れるというわけではない。
どうやらここでお別れのようだ。
「ちっ、俺はもう行く」
「ああ、さようなら」
これ以上交わす言葉はないとでも言いたげに、彼は僕に背中を向ける。
僕も去っていく彼をあえて止めようとはしなかった。
「結局俺のこれは、くだらない独りよがりでしかないんだな・・・」
だが彼の口からこぼれたたった一言が、僕の気を変える。
僕は彼の背中に向って、言い聞かせるように言葉を放った。
「別に独りよがりでもいいじゃないか。いつだって僕たちは自分勝手で我がままだ。でもそれは決してくだらないことなんかじゃないよ」
「・・・」
それを聞いてシュウは少しだけこちらに顔を向けたが、結局彼が言葉を返すことはなかった。
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