14話 探し人
僕、サイラ、トト、そして彼の部下であるバスピー、今この家には四人の使徒が集まっている。
ただでさえ狭い家の中に四人で円陣を組んで座っているので、隣同士の肩が非常に近い。
しかし秘密の会合をするのであれば、これくらいの距離感が丁度いいのかもしれない。
「まずは自己紹介でもしておこうか。僕はルイ、よろしく」
「アタシはサイラな」
「改めまして、私はバスピーと申します。よろしくお願いします。一応お二人のことについてはトト様から伺っております」
お互い初対面なのだから挨拶から始めるのは自然な流れだろう。
こういう気遣いのある進行が円滑な会議を実現するのだ。
「時間が惜しい。さっさと本題に入るぞ」
しかし若干一名、早く話を進めたくてそわそわしている使徒がいたせいで、僕の細やかな進行は壊された。
「バスピー、お前に何が起こったのかをこいつらに教えてやれ」
「はい、トト様」
トトによって強制的に会議が進行していくことをバスピーは嫌な顔一つせずに受け入れている。
サイラはそもそも興味が無いといった様子で上の空だ。
ならば僕も口を出さずに黙って聞くのが吉だろう。
そうやってバスピーの話を聞く場が整ったことを確認した彼は徐にこれまでの経緯を語り始めた。
「トト様のご命令の元、我々が地獄の調査をしていたことはすでにお二方の知るところだと思います。地獄の環境や人間たちの生活などを調べ、トト様に報告したのが約一年前。問題はその報告が終わった後、再び我々が地獄に戻り調査を再開したときに起こりました」
バスピーはそこで一つ呼吸を挟んだ後、意を決したかのように口を開いた。
「我々は獄吏たちの本拠地を見つけ出したのです。そしてそこへの潜入に成功しました。しかし潜入中に運悪く獄吏たちに見つかってしまい、仲間の二人は捕まってしまいました。なんとか私だけは逃げ切ることに成功したのですが、彼らの追跡を振り切るためにずっと人間に紛れて潜伏していたせいで、身動きが取れなくなってしまったのです」
「そしてそこに俺が登場したってわけだ。いくつか訪れた集落の中にたまたまこいつが潜伏していた集落があって、無事回収に成功したのさ」
最後の締めの部分でトトがドヤ顔しながらしゃしゃり出て来たのにはイラっとしたが、概ねこれで今回の行方不明の話は解明されたことになる。
あらかた予想通りの展開でつまらないというのは僕の勝手な感想だが、これだけわかりやすければ対策の立てようもあるだろう。
しかし問題なのは、僕の主目的が行方不明事件の解決ではないところにある。
僕の狙いはあくまで原典の入手。
それ以外は二の次だ。
偶然とはいえこのバスピーという使徒の登場が、これからの動きにどう影響するかはよく考えなければならない。
「他の二人はその獄吏たちの本拠地とやらで捕まっていると考えるのが妥当か・・・」
「そうだろうな」
「その本拠地っていうのはどういうところだったの?」
「申し訳ございません。我々が調べられたのはほんの一部だけで、獄吏の居住区くらいしか見つけられませんでした」
バスピーの様子を見る限り、彼らは本当に序盤の序盤で見つかってしまったようだ。
本拠地の場所を特定しただけまだ救いようはあるが、このままだとそれ以外の情報は全くないと言っていい。
もし仮にトトの部下を救出するとしても、僕らは一度潜入に失敗しているところにもう一度無策で挑まなければならないということになる。
「行って調べてみればいいだけの話だ。ここでうだうだ考えたところで何になる?情報が無い状態で立てた作戦などろくに機能しないのがオチだ」
「獄吏の根城を闇雲に探索するのかい?君はなかなか勇敢だね」
「ならここで足踏みしたら何か生まれるのか?」
「いいや」
「なら・・・」
「焦る気持ちはわかるけど少し落ち着け、トト」
なおも言い募ろうとしたトトを僕は遮った。
「潜入するにしても、方針を決めておくべきだと僕は言っているんだ」
「方針?」
「何を目標とするか、引き際はどこにするか、いざというときに迷っていたらたぶん間に合わない」
「目標は部下の救出、そして引き際などない、それ以外に選択肢などあるか!?」
「だから落ち着けと言っている」
トトが部下を本当に心配している気持ちは伝わってくるのだが、残念なことにそれだけで物事がうまくいくとは限らない。
光明が見えたときほど、冷静にその光の出所を探らなければならないのだ。
そうじゃなければうまくいくはずのこともうまくいかなくなる。
「確かに君の部下を救出することは最終目標だけれども、それまでにも過程というものはあるだろう?」
「・・・」
「よく考えもしないで闇雲に動いても効率が悪い。時間をかければかけるほど、僕たちは見つかるリスクを背負うことになるんだよ。せめてまず僕たちが何を探すべきかくらいははっきりさせておいた方がいい」
「・・・まわりくどいな。結局お前は何が言いたいんだ?」
「この状況を少しでも前に進めるために、僕たちがまず手に入れなければならないものを一つ提案する」
この場にいる全員が僕の話を黙って聞いている。
ここに来ていい傾向が現れ始めたのを確認して、僕は結論を出した。
「地図だ」
端的にそう述べる。
「今僕たちがとにもかくにも見つけなければならないものがそれだ。それも二種類、敵本拠地の地図と地獄全土の地図、つまりは使徒がこの世界を管理するにあたって創った設計図が必要だ。理由は言わずもがな」
どこが安全なのか、どこが危険なのか、そしてどこが怪しいのか、それらはこちらの動きを決めるのに極めて重要な情報だ。
地図というものにはその情報が集約されている。
だからこそのこの提案なのだ。
しかしここにきて静かだったサイラが声を上げた。
「でもよー、結局アタシたちが持ってる情報量からすれば、トトの部下の所在も、地図の在処も、等しく当てがないんだぜ?この取り決めに何の意味があるんだ?」
「単純に選択肢が増えるという点で意味があるんだよ。そりゃすぐにトトの部下が見つかるのならそれに越したことはないけど、もしそれが叶わなかったときに他の方針があれば動きやすいだろう?要はどちらかが見つかればいいということさ」
そう言って僕は話を締めくくる。
他の三人はというとしばらく僕の提案について考えているようだったが、これといって欠点がない僕の提案に反対することもなかったようで、それぞれが顔を上げた。
「まあいいんじゃね?」
「わかった。そうすることにしよう」
「私はトト様の指示に従います」
「ご理解いただけたようでなにより。それじゃあ獄吏の本拠地に侵入したら、トトの部下を探すのはもちろん、資料室や書庫などといった地図がありそうな場所も探すということでいいかな?」
「「「異議なし」」」
ここまで来てようやく僕は心の中で笑う。
他愛もない。
今出した結論が、ただただ僕を有利にさせるためだけのものだということに誰も気づかないとは。
捕らえられた使徒と、獄吏たちがよく利用するであろう資料室、どちらが見つけやすいかなんて火を見るよりも明らかだ。
まず先に僕たちは資料室に辿り着く。
そして先ほども言ったがこの地獄探索における僕の目的は原典である。
そう、本なのだ。
資料室とかにある確率大。
今回僕は報酬として原典を要求しているので、それが見つかった場合は自動的に僕のものになる。
原典さえ手に入れば僕の勝ち。
まあその後トトの用事に少しくらい付き合ってやったところで、原典さえあればちょちょいのちょいである。
完璧だ。
ここまで僕の策略に一部のすきも無し。
僕がそんなことを思っていることになんてちっとも気が付かないアホどもは、呑気に真剣な顔を作って作戦会議を続けている。
もう今となっては微笑ましくさえ見えてくるその光景を眺めながら、僕は釣りあがりそうになる頬を押さえるのに必死になるのだった。
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