12話 調査
「この炎はどういう原理で燃えてるんだろう?」
この世界に来てから嫌というほど目にしてきた炎を前にして、僕は首を傾げた。
「知るか」
そしてそんな僕の疑問に対して、シュウは心底不機嫌そうに答えた。
「いつまで不貞腐れてるのさ」
「そりゃあこんなところまで無理やり連れてこられたら不貞腐れもするだろ」
「やってしまったことをいつまでもぐちぐちと言っていても始まらない。それよりこれから何をすべきかを考えたほうが建設的ではないかな」
「お前にだけは言われたくない。そして俺が今何より願うのは帰宅だ」
「帰りもちゃんと引きずっていってあげるから協力してよ」
「ふざけんじゃねえ!」
相変わらずいい反応をしてくれるシュウだった。
しかしそんなことより今は目の前の炎の方が重要なので、僕は彼に背を向ける。
そしてゆらゆらと揺らめく炎に近づくと、それに向って手を伸ばした。
「何をする気だ?」
「こういうのは直接確かめるに限る」
「おい、やめておけ!」
シュウの制止も気にせず、僕は炎の中に手を突っ込んだ。
「んー、普通に熱いな」
「・・・え?なんでお前平気なの?」
「平気じゃないよ。普通に熱い」
いつまでもそうしていたところで得られるものがないので、さっさと手を引いて熱さから逃れる。
そんな僕の行動を見て、シュウがドン引きしていた。
しかしやはり今は彼の反応よりも、炎のことの方が僕の意識を占めている。
「燃えないのか」
炎の中に突っ込んだにも関わらず原型をとどめている袖を眺めてそうつぶやく。
次にその辺の地面を掘って調達した土砂を炎に被せることで、消火を試みた。
「消えない」
しばらく放置して待ってみたが、やはり炎が消えることはなかった。
「うーん、なんなんだろう?これは炎と言っていいのか?これじゃあただの熱源だ」
「実際そうなんだろ。この暑苦しい環境がなによりの証拠だ」
「ふむ」
「それにこの炎だって立派な拷問器具だ」
「どういうこと?」
「囚人が問題を起こしたりすると、川ではなく炎に投げ込まれるのさ」
「うわぁ・・・、そういう使い方もできるのか。まあ確かにこの炎はあの川より遥かに熱いね」
地獄がいかに陰険な世界であるかを僕は改めて認識する。
しかしまあこれ以上炎を眺めていたところで特に発展性もなさそうなので、僕は次の行動に移ることにした。
「よし、じゃあ次はあの山に登ろう」
「まだ続けるのかよ」
「ああ、確かめたいことがあってね」
「・・・というと?」
「少し高いところから地獄の景色を見たいんだ。本当はもっと高い山から見たほうが遮るものが少なくていいんだろうけど、あんまり遠くにも行けないから今回はあの山で我慢しておこう」
「・・・はあああ、わかったよ。乗り掛かった舟だ。ここまで来たら最後まで付き合ってやる」
「ありがとう」
初めて会った時よりはだいぶ心を許したからであろうか、彼は嫌な顔は維持しているものの、おとなしく僕についてきてくれるようだ。
まあ急斜面があるような山ではないし、高さもそこまでなので、頂上に着くまでそんなに時間はかからないだろう。
人間の身であるシュウも特に苦にはなっていないようで、二人で並んで歩いている間も歩調が合わなくなるようなことはなかった。
「しかし不思議な話だよね」
「何がだ?」
「僕らが自由に出歩いていることだよ。普通なら囚人は檻の中に入れておくものだろ?」
「ああ、そうだな」
「罰の時間にバックレても気づかれなさそうだし。獄吏たちはそのあたりどうやって管理しているんだろうね」
「・・・そんなの決まっている」
そう言ってシュウが足を止める。
それにつられるように僕も足を止めて後ろを振り返るが、顔を下に向けているせいで彼の表情を窺い知ることはできない。
そしてしばしの沈黙の後に彼が発した言葉には、これまでにはなかった一種の熱のようなものが感じられた。
「お前が感じた自由とやらはただの偽物、錯覚に過ぎない。結局逃げ場なんてないんだよ。いや、そもそも逃げるべきではないんだ。俺たちは囚人、罰を受けるのは道理だろ?」
彼が再び顔を上げたときにはいつも通りの表情に戻っていた。
正直今彼の中でどのような感情が湧き上がっていたのか僕にはわからない。
所詮僕らは赤の他人で相手のことをよく知りもしないのだから当然だ。
わざわざ深追いして聞き出すというのも変な話だろう。
ゆえに僕は彼の言葉の中から拾い上げたいものだけを拾って話す。
「自由ではない、逃げ場がない。それに前に会った時はこうも言っていた、罰を受ければいずれここから出られる。なるほど君が言いたいことが段々わかってきた」
「・・・」
「集落から抜け出したところで外に何かあるわけでもなく、罰から逃れたところでこの世界からは出られない。抵抗したところで意味なんて無いんだから、わざわざ管理しなくても囚人は獄吏の言うことを聞くようになるということだ」
「・・・その通りだ。だからこうして調査とか言いながら遊ぶ余裕が今はあったとしても、いずれはお前も諦めて俺たちと同じように大人しくなる」
「かつての君がそうだったように?」
「・・・ふっ、まあそういうことだ。だけど俺の場合は別に遊びたくてそうしていたわけではないけどな」
「ふーん、まあ僕がこの先どうなるかはこの先考えるとして、今の言葉は一応心に留めておこう」
この場の話はそれで切り上げて、僕は再び前を向いて歩き始めた。
シュウも黙ってそれについてくる。
それからはもう特に会話をすることもなく、頂上まで一直線に進んでいく。
やがて僕たちは目的地へとたどり着いた。
「ふぅ、やっとついたね」
「それで?ここから何が見えるっていうんだ?」
「それを今から確かめるんだよ」
そう言って僕は三百六十度周囲の景色を見渡した。
紙とペンなんていう便利なものは持っていないので、目に入ってきたものを頭の中の地図に描いていくことを余儀なくされる。
そしてあらかた全体像が浮かび上がったところで、ある一つの疑問が僕の思考を捕らえるに至った。
「これは・・・」
「何かわかったのか?」
「いや、ちょっとね・・・」
「どうした?ここに来て歯切れが悪いぞ」
「なんというか、今これを君に説明するのは少し難しい。それに気にしすぎということも考えられる。本当に小さな違和感なんだ。でももしこれが意図的なんだとしたら、それはいったい何を意味しているんだろう?」
「おい、だからなんなんだよ!」
「うーん、わからない・・・」
もはや僕の意識はその違和感に支配されて、シュウの言葉を聞くどころではなくなっている。
結局下山して集落に戻るまで、僕はただ一人己の世界に篭って思考を続けることになるのだった。
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