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6話 勇者と聖女

「まずはじめに人類を守るために共に戦うことを決意してくれた諸君に感謝の意を述べる」


 訓練場に集められた数人の志願兵たちが待つこと数分。軍服に身を包んだいかつい男が現れ、歓迎の挨拶をしていた。


 アレスはというと死んだ目をして志願兵たちの中に紛れ込んでいる。


 次の日もう一度軍本部に訪れ、受付で勇者であることを伝えたのだが、受付嬢に冷たい目で見られて取り合ってもらえなかった。

 手の甲の紋章を見せて説得しようとしたが鼻で笑われ、完全に心折れたアレスがおとなしくこの訓練場に連れてこられたのがつい先ほどのこと。


「これから諸君には模擬戦を行ってもらう。こちらが見るのは訓練が必要か、あるいはすぐに実戦に出られるかということだけで、基本的に無条件で入隊はできるから安心してくれたまえ。それではさっそくはじめよう」


 教官の合図とともに模擬戦が始まった。模擬戦は教官との一対一で行われる。


 志願兵がそれぞれ順番に教官に挑みかかっていくのをアレスはぼーっと眺めていた。


 本来勇者がこのような場で戦えば一瞬でその者が勇者であるということを証明できる。それほど勇者とは圧倒的な力を有する。


 しかしアレスはそうではない。常なら勇者は出現した時点で強力な力を有するが、急造の器、急造の勇者でしかない彼はまだまったく育成がなされていないのだ。

 ゆえにまたしても彼はここで己が勇者であることを証明できない。アレスにはそれがなんとももどかしかった。


 人々が待ち望む勇者になった。戦うことで世界を救うことができる。そういう存在になったはずなのに、自分は無力のままでそれができない。


「勇者になれば全部解決できるんじゃないのかよ・・・」


 アレスの苛立ちなど誰も知るはずもなく、そうこうしているうちに彼の順番が回ってきた。


「次はお前か。よし、かかってこい」


 アレスは構えた。


 弱いと言っても、勇者となった自分にはそれなりの力があるはずだ。戦闘経験だってある。何とかなるはずだ。


 そう自らに言い聞かせるぐらいしか彼にできることはなかった。


「ん?」


 教官の目線がアレスの構えた手に吸い寄せられる。


「ああ、君が例の勇者君か。どれほどの実力か楽しみだな」


 明らかな挑発には答えず、アレスは走り出した。


――――


 結果は負け。そこそこ戦えはしたが、そこそこである。


「勇者を名乗りたい気持ちはわかるが時期が時期だ。冗談でもそういうことはやめろ」


 地面に伏したまま、教官のその言葉を聞いている。悔しくて泣きそうだ。


「これで全員終わったな。それでは結果はのちほど連絡する。それまで待機部屋で待っていろ。以上解散」


 教官がそう言うとその場は解散となった。俺以外のやつらは互いの健闘を称えあっている。


 その中に明らかにこちらを馬鹿にしたような目で見ている奴らがいた。たぶんさっき教官がこぼした発言を聞いていたのだろう。


「あいつ自分のこと勇者とか言ってるらしいぜ」

「馬鹿だよな~、あんな弱い勇者がいるかよ」


 何も言い返せない。彼らが言っていることは事実だ。こんな弱い勇者がいるもんか。


 試験が終わったので係の人が受験者を全員待機部屋へと案内する。

 俺は案内された部屋で空いていた席に適当に座るとそのままおとなしく待つことにした。


 たぶんこのままいったら誰も俺のことを勇者とは認識しないまま軍に入ることになる。果たしてそれで魔王討伐に間に合うのかはわからないが、それでも自分に力がない以上地道にやっていくしかない。


 いや、そもそも自分は本当に勇者なのだろうか。


 ここまで王国が追いつめられたなんて聞いたことがない。歴代の勇者たちは魔王誕生とともに現れ、その強力な力を持ってしてさっさと魔王を倒してきたとされている。

 俺の場合は魔王が現れてからだいぶ時間が経っているし、そもそもその辺の兵士くらいの力しか持ってない。

 これで勇者と言えるのだろうか。俺だったらそんな勇者は認めない。

 

 考えれば考えるほど不安になる。本当はあの夜の出来事などただの夢だったんじゃないかと思えてしまう。

 仮に俺が本当に勇者だったとしてもこのままじゃ国は滅ぶだろう。


 そんなことを思いながら一人鬱に入っていると、一緒に試験を受けたであろう男たちがこちらに近づいてきた。


「お前勇者なんだっけ?それにしては弱くねえか?」

「手にそんな落書きまでして。もういい年なのに、まだそういうのに憧れてるのかよ」

「おいおいやめろって、かわいそうだろ?もうすでに恥かいてんだからよお」


 何が楽しいのか男たちはゲラゲラ笑っている。

 正直今何を言われても言い返すこともできないので無視することにした。

 しかしそれが気に食わなかったのか男たちの馬鹿にしたような雰囲気は徐々に怒ったようなものに変わっていく。


「おい、無視してんじゃねえよ自称勇者。てめえみてえな不謹慎な野郎をそれとなく諭してやろうとしてんだぞ、こっちは。少しはありがたく思えや」

「勇者名乗るとか、頭おかしいんじゃねえのか」


 鬱陶しい。ほっといてくれないだろうか。

 お前らが言ってることなんて百も承知なんだよ。そのことについて今考えているんだから邪魔しないでくれ。


「てめえ聞いてんのか!」


 ついに胸倉をつかまれた。無理やり顔を上げさせられ、相手の目を見る羽目になる。なるほどそこには確かに怒りがあった。


 彼らとて国の危機に立ち上がった人間だ。それなりの正義感というものがあるのだろう。

 その彼らの前に勇者を自称する弱い人間が現れたらどうだろうか。自分たちは真剣に国を救うために頑張っていこうとしている中、皆が待ち望む勇者を名乗り、挙句の果てに弱っちい。たとえ冗談でも不快に思うことは理解できる。


 やはり勇者とか言わなければよかった。どこか舞い上がっていたのかもしれない。自分が勇者に選ばれたと思って調子に乗らなかったと言えばうそになるだろう。


 今にも殴りかかってきそうな雰囲気の中、そんなことを呑気に考えていると、突然部屋の扉が開かれた。


 胸倉を掴まれたままそちらに目を向けると、そこには教官とともに一人の女性が立っていた。


 その女性を視界に入れた瞬間、俺の世界の時が止まった。


 息をのむ、呼吸を忘れる、さきほどまでの悩みが消し飛ぶ。


 輝く金髪、青い瞳、整った目鼻立ち。

 考えうる限り、いや想像を絶する美しさがそこにはあった。


「・・・何だあれは・・・」


 ようやく絞り出せた言葉はそれだけだった。


「何をしている貴様ら!聖女様の前だぞ!」


 周りが騒がしいが何も耳に入らない。聖女と呼ばれた女性だけをただ見つめている。それ以外のことなど今はどうでもいい。


 彼女と目が合う。恥ずかしくて目を逸らしたいのに動けない。


 なぜか彼女は俺を見て微笑むと、こちらに向かってきた。

 そして俺の前に立つとおもむろに俺の手をきれいな手でつかみ上げる。


 なんだそれは、死ぬぞ。


「あなたが勇者様ですね。お待ちしておりました」

「へ?」

「あなたがここに来るというお告げがありました。無事に会えてよかったです」

「ほえええ」


 笑顔が眩しくてやばい。生まれてきてよかった。


 俺は心の底から込み上げてくるよくわからない感情の命じるまま握られていない方の手を高く掲げた。


 勇者万歳、聖女最高。



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