11話 再開と連行
それからも他の囚人たちから話を聞いてみたが、特にこれといった情報は得られなかった。
そもそもどいつもこいつもやる気が無さすぎて、まず話を始めるのにすら苦労する始末だ。
はっきり言ってこれ以上聞き込みを続けても、労力に対する成果を得られるとは思えない。
ということで僕は一旦我が家に戻ることにした。
「ただいま」
「おかえりー」
「遅かったな」
懐かしくもない家に辿り着くと、二人が僕のことを迎える。
サイラは僕が家を出ていった時と同じ場所、同じ姿勢で出迎えていたので、今の今までサボりくさっていたことが伺えた。
トトも頭の後ろで手を組んで寝っ転がっているので、どれだけ働いてたのかわかったものではない。
まあぶっちゃけこの二人に期待などしていないので問題はないのだが。
「何かわかった?」
「アタシはここで寝てた」
「僕はトトに聞いてるんだ」
「俺も特にこれといった情報は手に入らなかった。あ、でも別に寝てたわけじゃないぞ」
「汗水たらして働いていたのが僕だけじゃなくてよかったよ」
「この世界暑苦しいから寝てるだけでも汗水たらせるよ?」
「君は少し黙ってろ」
いちいちうるさいサイラを黙らせて、僕はトトに向き合う。
「ねえ、トト。君は囚人たちに部下の目撃情報を聞いて回ってたんだよね?」
「そうだ。でも誰に聞いても知らないと言われた」
「ふーん。ちなみにどうやって聞いたの?」
「あいつらの身体的特徴とかを伝えながらだな」
「なるほど・・・、しかし変な話だ。それだと君の部下はこの村には訪れていないということになる。でも地図にはこの村が記されていた・・・」
ふと感じた違和感に思考を吸い寄せられていく。
最後の方はもはやつぶやきと言っていいほど小さくなっていたのだが、ちゃんと僕の言葉を聞いていたトトがそれを拾い上げるように発言した。
「囚人たちは知らないと言っていたが、信憑性がどこまであるかはわからない。単純に覚えていない可能性だってあるし、そもそも答えるのを面倒くさがったことも考えられる」
「・・・確かに囚人はお世辞にも親切とは言えなかったね」
「その様子だとお前も似たような状況だったようだな」
確かに彼らは協力的な存在ではなかった。
最初に話したシュウなどまだマシな方で、酷いときだと話さえ聞いてもらえないこともあったのだ。
そんな彼らの言葉にどれだけの真実が含まれているだろうか。
少なくとも今の段階で何かを断じることはできない。
「トト、調査を続けるつもりなら君は他の集落にも行くべきだ。ここだけだと実情が掴み切れない」
「もとよりそのつもりだ。近くの集落ならすぐに行けるしな」
「僕はもう少し他に調べたいことがあるからついていけないけど、そちらの調査は任せたよ」
「ああ、任された。それでお前の方はどうなんだ?何か収穫はあったか?」
「僕も大した情報は持ってないよ。調査を続けないことにはなんとも言えない」
「そうか・・・」
お互いそんなに成果がないので会話はそこで終わってしまう。
考えたいこともあったのでそのまま静寂に身を任せていると、どこかで聞き覚えのある鐘の音が遠くから聞こえてきた。
「はああ・・・」
もう僕たちはその音が意味するところを知っている。
ゆえについついため息を吐いてしまった。
「行きますか・・・」
「やだなあ・・・」
「仕方あるまい」
再び訪れた罰の時間に辟易しつつ、僕らは家の外へと出ていくのだった。
―――――
罰の時間が終わり再び自由となった僕は、一人で集落の外へと出向いていた。
サイラは相変わらず熱湯遊泳させられてぐったりしているし、トトは別の集落に行くらしいので、こうして二度目の単独行動が許されたのだ。
行き先はさっきまで泳がされていた赤い川である。
聞き込みを続けても無意味だと結論付けた僕は、環境調査へと方針をシフトした。
まだまだ分からないことだらけの状況下で、この特徴的な環境を少しでも観察しておくことは後々役に立つこともあるかもしれない。
そう考えて僕はとりあえず川まで来たのだが、そこで偶然ある人物と再開することになった。
「やあ、シュウじゃないか」
「ん?ああ、お前か」
見覚えのある後ろ姿に声をかけてみると、彼も振り返ってこちらに反応を示した。
「何してるの?」
「散歩だよ。たまにするって言っただろ」
「そういえばそんなこと言ってたね」
挨拶もそこそこに、僕は問答無用で川に手を突っ込んだ。
「お、おい!お前何やってんだ!?」
「何って、見ての通りだけど?」
「・・・熱くないのか?」
「熱いけど?」
「じゃあやめとけよ!意味が分からん」
シュウは奇妙なものを見たかのような顔をしながらも、急いで近づいてくると僕の腕を掴んで川から引きはがす。
その様子を見て僕は首を傾げた。
昨日も思ったことだが、このシュウという人間は他の囚人たちとは少し気色が異なる。
もしこれが他の囚人だったとしたら、僕が何をしようが我関せずといったように無視するに違いない。
しかし彼の場合は、こうして焦った様子で止めに入るくらいには他者に対して関心というものがあるのだ。
この違いはどこから来るのだろうか。
「ねえ、君はこの川についてどう思う?」
「は?」
「無味無臭、触った感じもただの水、でも色だけは赤い。少なくとも僕はこんな液体を知らない。君はこういう水をここ以外で見たことがあるかい?」
ためしにそうやって彼に疑問をぶつけてみると、彼は不満そうな顔をしながらも少し考える素振りを見せてくれた。
「・・・そうだな、俺が前にいた世界では微生物の異常発生で川がこういう色をするなんて話は聞いたことがある。しかしこの川の温度を考えるとそれはないだろう」
「ふむ、それはなかなか面白い話だ。僕としてはこの川を見た瞬間に血を想像したんだけど」
「血はもっと臭うぞ」
「その通り」
なかなかシュウのノリがいいので、僕も思わず饒舌に彼に語り掛けていた。
「そもそもこの川はどこから流れてくるんだろうね。そしてどこに流れ着くんだろう」
「ああ、それなら前に少し調べたことがあるぞ」
「え、本当?」
これは驚いた。
まさかそういう検証をしようとする人間がこの無気力が支配する世界に存在するとは思わなかった。
「それで結果は?」
「循環してたよ。多少の枝分かれがあっても、本流は地獄をぐるっと一周していた」
「へえ、面白いね。良く調べたものだ」
「まあ俺もここに来た当初はお前みたいにいろいろ調べて回ったことがあるのさ」
シュウはその頃を懐かしむように、遠くの方へと視線を移していた。
そして続く言葉で視線を僕に戻してくる。
「でも途中でやめた。そんな行為には意味がないとわかったからな。お前もそのうちそうなる」
「ふーん、まあそういうこともあるかもね」
好奇心を失う未来を想像することに失敗した僕は特に彼の言葉を否定することはせず、代わりにある一つの提案を彼にすることにした。
「しかし最終的に君がどういう結論に至ったかはさておき、一度はこの世界について調べようと考えたわけだ。だったらもう一度それをするつもりはないかい?」
「は?何言って・・・」
「君の意見をもうちょっと聞いてみたくてさ。ついてきてよ」
「嫌だよ!なんで俺がそんなことしなくちゃならないんだ!」
「別に暇そうだしいいじゃん。ほら、あれだよ。子供の頃やった遊びは大人になってからやっても意外に楽しいと感じるあれだと思ってやろうよ」
「どれだよ!」
「それじゃあ行こうか」
「おい、ちょっ、待って・・・」
なんかギャーギャーうるさいので引きずっていくことにした。
今の僕は完全にプライベートの身だ。
人間に対する遠慮など欠片も無い。
だから探検に必要な存在だと判断したのなら、連れていくのにためらう理由などないのだ。
それから諦めて彼が自分の足で歩き始めるまで、僕は彼を引きずり続けるのだった。
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