10話 聞き込み
地獄に来てから初めての単独行動。
一人で動けるということは、この状況で得た情報は全て僕一人の物ということだ。
ここでどう動くかによって作戦成功率が大きく変わる。
気張っていかなければ。
ということで僕はまず集落の中を適当に練り歩くことにした。
ここでは隣同士の家の間隔が狭いので、少ない面積の中にかなりの数の家屋がある。
それにどの家にも扉なんてものは無いので中が覗き放題だ。
少し歩くだけでも集落の内情を把握するには十分である。
そしてそうやって得られた情報は、やはり想像通りのものだった。
結論から言って、何もない。
どの家の中を覗いても、そこには何一つ物がなかった。
もはや家と呼ぶことすら憚られるのではないかと思わせるほどの空間、そんな殺風景な家の中で囚人たちは生活している。
それに生活と言っても、本当にその言葉が適切なのか疑いたくなるような有様だ。
彼らはただ皆一様に寝ているだけで、何もしていない。
死んだ目をして、死んだように体を横たえるその行動を、果たして生活と呼んでいいのだろうか。
僕にはそれがわからない。
だがこの世界における彼らの在り方がそうだというのなら、僕はそれを認めよう。
もとより僕に彼らを否定する権利などないのだから。
しかしさすがに同じ光景を見続けるのにも飽きてきた。
そう思って僕は次に目に入った家の中を覗く。
そしてそこに人間がいることを確認してから声をかけた。
「失礼するよ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「・・・」
最初その相手は反応しなかった。
「もしもーし」
「・・・」
今度は近づいて耳元で話しかけてみた。
でも無視された、なんか悲しくなってきた。
「おーい」
「うるせえ!」
三度目の正直然り、ようやく彼から返事が返ってくる。
「さっきからなんなんだよ」
「聞きたいことがあるんだけど」
「他を当たれ」
「そこをなんとか」
「・・・本当になんなんだよ・・・」
僕がお願いを続けていると、彼はすごく嫌そうな顔をする。
しかしそんなことなど気にしないで僕は質問をすることにした。
「君って普段何してるの?」
「なんだいきなり」
「さっきからなんだなんだと、それしか言えないのか君は?」
「いや、だって・・・そもそもお前誰だよ?」
「ああ、そういえば自己紹介もまだだったね。これは申し訳ない。僕の名前はルイ。君は?」
「・・・俺はシュウだ」
「そうか。ではシュウ、君が普段何してるのか教えてくれない?」
「ぶれねえな、お前」
僕の努力の甲斐あって、シュウは面倒くさそうな顔をしながらも、こちらの会話にのってきた。
どうやら彼にはなかなか見る目があるらしい。
僕を相手にするなら無視するより質問に答えた方が楽なことをこの短時間で悟ったようだ。
「何してるって言われても・・・、見ての通り何もしてねえよ」
「つまりいつも寝てるってこと?」
「ああ、そうだ。やることもないしな。たまに散歩ぐらいはするけど、それだってたまにだ」
「ふーん、なるほど。じゃあ普段何考えてるの?」
「ええ・・・、急にそんなこと言われても。・・・暑苦しいとか、腹減ったとか・・・。なんでこんなこと聞くんだ?」
「いや、実は僕気づいたらここにいてさ。全然ここでの生活の仕方がわからないから教えてほしいんだよ」
「ああ、お前新人か。通りで鬱陶しいわけだ」
そこでようやく納得したのか、シュウはため息を吐いて言葉を続ける。
「帰って寝てろ。お前がすべきことはそれだけだ」
「どういう意味だい?」
「そのままの意味だ。ここには何もない。せいぜい自分の罪でも数えるんだな」
「・・・」
「俺たちは黙って獄吏の指示に従っていればいい。そうしていればいずれここから出られる」
「出られる?」
「そうだ。俺たちは自分の罪を償ったらこの世界から解放される」
「解放されたらどうなるの?」
「さあ、ここから解放されてどうなるかなんて俺は知らん。ただ一つ言えることはここからは出られるということだけ。きっとどこに行こうがここに比べたら天国だろうぜ」
「ふーん、なるほど」
僕は少し考えこむ。
これは一発目からなかなか面白い話が聞けた。
いったい囚人たちを人間足らしめているものはなんなのかと思っていたが、どうやらこの地獄という世界はいやらしくも囚人たちに最後の希望を与えているらしい。
彼らはただこの世界から解放されるためだけに生きているのだ。
なんと単純でわかりやすい構造なのだろう。
しかしそうなると問題も出てくる。
世界の仕組みがここまで単純すぎると、人間は己の生を完全に規則化してしまう。
そうなると彼らが世界の情報に触れる機会は極端に少なくなるのだ。
そして地獄においてそれは顕著だろう。
見てきたとおり、彼らは寝ているだけだった。
あれでは情報に触れる機会などあるわけもない。
期待するだけ無駄である。
まあもう少し聞いて回ってみるつもりではあるが、大した情報が得られなかったときのことも考えておかなくてはならない。
何せここでだらだら作戦を練っていたら、何度もあの拷問を受ける羽目になる。
それだけは僕たち三人が共通して抱いている気持ちだろう。
そんなことを考えていると、正面のシュウから声がかかる。
「おい、そろそろいいだろ?俺は休みたいんだ」
「ああ、これは申し訳ない。最後にもう一つだけいいかな?」
「なんだ?」
「最近何か変わったことはない?なんでもいいんだ、普段とは違う何かが起きたりしなかった?」
「お前が来たことかな」
即答された。
「・・・うん、わかった。そろそろお暇するよ」
「そうしてくれ」
「いろいろありがとう。また何かあったら来るかも」
「二度と来るな」
恨みがましい声を背中に受けながら、僕はシュウの家を後にするのだった。
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