9話 罰の時間
獄吏であるその使徒は、囚人たちとは明らかに異なる質の良い服を着用している。
威風堂々と闊歩しているその姿はまさにこの世界の管理者と呼ぶにふさわしいだろう。
周りを見れば、僕たちと同じように獄吏に連れられて歩いている囚人たちが結構たくさんいる。
彼らはどこからともなく現れては、合流し、そして同じ目的地に向かって歩いていた。
当然僕たちもその集団に加わり、どこかへ向かって歩かされる。
獄吏曰く、これから始まるのは罪人に対する罰の執行だ。
それを行うにあたって何か特別な方法をとる必要があるとしたら、どのようなものが思い浮かぶだろうか。
僕が真っ先に思い浮かべるのは、拷問だ。
この世界の人間が受けても大丈夫な拷問くらいなら、たとえ使徒の力が制限されているとはいえ、僕が受けても大丈夫だろうけど、いかんせん痛いのは好きではない。
耐えようと思えば耐えることは可能だし、それが必要ならば受け入れることもやぶさかではないが、それが不愉快なものであることに変わりはないのだ。
正直逃げ出したい。
でもたぶん無理だろうなあ。
目立つわけにもいかないし、ここは静かにことが終わるのを待つしかない。
なるべく軽い感じの罰を所望します。
そんなことを考えながら歩くことしばらく、ようやく集団は目的地に到着した。
しかし到着したと言っても集団の動きが止まったのでそう判断しただけで、別に周りの景色にこれといった変化があったというわけではない。
相変わらず目の前には殺風景な荒野が広がっているだけだった。
それでも強いて変化を挙げるとするならば、それは赤い色をした湯気が立ち上る川があることくらいだろうか。
そしてそう思い至った瞬間に嫌な予感が胸を過る。
そもそもろくな文明もないこの世界で拷問器具なんていう便利な道具があるとは思えない。
もしこの状況で罪人に罰を与えるとするならば、もっと原始的な方法でそれをやるのではないだろうか。
そう、例えば・・・
「ぐあああああ!」
「熱いいいいい!」
「ひいいいいい!」
今目の前では囚人たちが次々と川に投げ捨てられ、絶叫を上げていた。
突然始まった阿鼻叫喚に僕はドン引きである。
「お前たちも早く入れ!」
当然僕たちも後ろに控えていた獄吏に急かされ、川に追い立てられる。
たまらず隣にいたサイラが僕の腕にしがみついて、小声で話しかけてきた。
「おい、アタシ嫌だぞ!?」
「僕も嫌だよ」
「どうする?」
「え、どうしようもないけど?」
「・・・えー」
「まあここまできたら大人しく入るしかないよ」
「どうしよう・・・、アタシ犬かきしかできない」
「大丈夫、沈まなければ問題ない」
珍しくサイラがまともなことを言っている気がするが、僕もそれに取り合っているほど暇ではなかった。
今から僕たちは目の前で繰り広げられている世界一不幸な祭りに参加しなければならない。
己の覚悟を決めるので精一杯だ。
しかしこの状況下において、結局のところ最も焦っている使徒は僕でもサイラでもなかった。
隣から悲痛な声が聞こえてくる。
「ルイ、実は俺、泳げないんだけど・・・」
「そうか、なら僕が教えてあげよう」
顔を真っ青にしたトトの言葉を最後に、僕たちは沸騰する川に飛び込むのだった。
―――――
「終了!」
獄吏のその言葉により、ようやく苦悶の時が終わる。
いったいどれだけ長い間こんなことをやらされるのかと思ったが、案外良心的な時間配分によりこの罰は計画されているようだ。
心折るほど長くはなく、かといって楽だと感じるほど短くもない、なんともいやらしい匙加減がされている。
だが忘れてはいけない。
獄吏である彼らが決してやさしいわけではないことを。
僕は見たのだ。
我慢の限界が来て川から這い上がろうとした囚人が棒で突かれて川に落とされるのを。
要するに彼らは罰を確実に執行するための最適な方法を知っているというだけなのだ。
罰を与えるためなら、優しくもなるし、残酷にもなる。
獄吏とはそういう存在なのではないだろうか。
もしこの予想が正しいとするならば、僕たちは彼らとの付き合い方をよく考えなければならない。
なぜならこちらの動き方次第で、彼らは敵にも、そしてまったく無関係な存在にもなりえるからだ。
現時点での話をするならば、僕たちは罪人ではない。
ただの侵入者だ。
つまり罰など受ける謂れは無い。
他の正式な囚人たちがどんな罰を受けようが、こちらがそれを邪魔しない限り獄吏たちと利害関係が衝突することはない。
だが場合によってはその関係は崩れる。
例えば今僕たちが捜索している使徒が囚人である場合だ。
もしそいつを救出しようとすれば、獄吏たちは文字通り地獄の果てまで追いかけてくることになるだろう。
またなんらかの理由で僕たちが囚人の資格を得てしまった場合もまずい。
これに関しては罪人の定義が判明してない以上判断が難しいと言える。
もしかしたらすでに僕たちが罪人になっている可能性だって無くはないのだ。
まあそれに関しては考えないようにしよう。
きっとその他にもいろいろと警戒しなくてはならないことがあるのだろうが、なんにしても彼ら獄吏と敵対しないようにすることは、この地獄で活動するうえで重要なことだと言える。
さて、どうして僕がこんな長々と彼らとの付き合い方について考えていたかというと、一刻も早く囚人としてここにいることをやめたかったからだ。
定期的に熱湯ダイブやらされるとかつらい。
これに関してはサイラも同感なのか、いつものようにうるさく僕に絡んでくることもなく、おとなしく僕が考えをまとめることを見守っていた。
ちなみにトトはというと、拷問中常に溺れていたため今は満身創痍の状態だ。
しかし喜ばしいことに、僕がおぼれている最中も泳ぎ方を教えてあげたおかげで、最後の方は自力で浮上することに成功していた。
次からはもう少し楽になるだろう。
「さて」
再び我が家に戻って少し休憩したところで、本来やるはずだったことをするために僕は立ち上がった。
「僕はさっき話した通り少し調べ物をする。ここからは別行動だ」
「・・・よし、俺もそろそろ行く」
「アタシはやっぱりここで待ってる。なんか疲れた」
「まあ確かに・・・、あれは意味のない痛みだから、なんかきついよな」
「なら僕とトトだけ外出だね。あんまり熱湯ダイブもしたくないからなるべく早く帰ってくるよ」
それだけ言って僕は我が家を後にする。
ありがたいことにサイラは待機を選択した。
これは大きい。
僕はこれから邪魔されることなくいろいろと調べて回れるのだ。
思う存分未知を解明していける状況に、少しわくわくしてくる。
地獄巡りはまだ始まったばかりだけど、なかなか面白いことになりそうだ。
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