7話 初めての地獄
地獄。
まさしくその名にふさわしい光景が目の前に広がっていた。
まずこの世界は四方を恐ろしく高い壁で囲まれている。
その壁に僕たちがくぐってきた扉が埋め込まれており、他にも似たような造形を持った扉がどこまでも続く壁に沿って不規則な間隔でいくつも並んでいた。
次に上を見上げれば、岩盤によって閉じられた天井が目に映る。
空もなく、当然星もない、なんともつまらない景色だ。
ここまで述べたことからもわかるように、どうやらこの地獄という世界は一つの箱の中の世界だと言えた。
当然日の光なんてものは存在せず、昼と夜の区別もつかない。
だがだからと言って、それはこの世界が暗闇に支配されているということを意味しているわけではない。
地上を照らす光は別のものによって提供されていた。
それすなわち炎である。
見渡す限り、いたるところで炎が燃えている。
何を糧に燃え続けているのかはわからないが、広がることも、弱まることもせずに、ただそれらはゆらゆらと辺りに光をふりまいていた。
あと言及すべきものと言えば、赤い色をした川くらいだろうか。
なんか湯気が出ていて熱そうだ。
現場からは以上です。
・・・いや、本当にそれ以外には何もないのだ。
多少起伏があるくらいで、草も生えない荒野がどこまでもどこまでも広がっている。
それが地獄という世界の第一印象だった。
しかしそんな視覚的な情報よりも僕たちの意識を捉えてやまないものが他にある。
「「「・・・暑い」」」
扉をくぐってはじめに放った言葉は三人とも同じものだった。
「これ人間が生きていける環境じゃないでしょ」
「さあ、どうだろう。この環境に耐えうる肉体を与えられているのかも」
「なんであれ人間がこの世界に存在していることだけは確認されている。理屈などどうでもいい。考えるだけ無駄だ」
サイラと僕の疑問をトトは切って捨てた。
確かに僕らがここでどれだけ頭を捻っても、原典が無い以上それが推測の域を出ることはない。
だが逆を言えば原典が無い以上、僕らは推測でもして少しでもこの世界で有利に立ち回れるよう努力する必要はあるのだ。
わからないからといって、思考を放棄してはいけない。
それが真理不明な世界での生き方だ。
まあそんなことは嫌でもこれから自覚することになるのだから僕からわざわざトトに言ってやることでもない。
今はトトの教育なんかよりも、もっと話し合わなければならないことがいくらでもあった。
「そういえば打ち合わせの時には何も具体的なことは決めてなかったけどさ、これからどうするの?なんか当てはあるの?」
僕は今更になって冒険自体の計画を立てていなかったことに気付く。
しかしそれもそのはず、打ち合わせでは地獄の世界についての話ばかりだったので、トトの部下を救出するにあたっての具体的な彼の計画の話はおろそかにしてしまっていたのだ。
まあ僕には僕の目的があるので、彼の方針は割と何でもいいというのが本心であり、なんかあるならとりあえず従っておいてあげるくらいの心持ちだ。
「これを見ろ」
そんな僕の気持ちなど露ほども知らないトトは、待ってましたと言わんばかりに懐から一枚の紙を取り出して、それを僕たちに見せてくる。
何かと思ってよく見てみると、それは手書きの地図だった。
地形を表す線がひしめく紙面の上に、何かを表すであろう記号がいたるところに点在している。
「へえ、上手に描いたもんだ」
なかなかの情報量が書きこまれたそれを見て、僕は素直に感心した。
どうやらトトの言う通り、彼の部下はなかなか優秀なようだ。
「この印は何なの?」
「この印が書いてあるところに囚人たちの集落があるらしい」
「結構多いねー」
「これでも全部というわけじゃないだろう。ここに書いてあるのはあくまで部下が見つけたものだけだしな」
「ふーん、まあそんなもんか。それで?とりあえずこの辺の集落から調べるのかい?」
「まあそれしかないだろうな。それに俺の部下もどこかの集落で身を潜めているかもしれない。運が良ければ彼らを見つけてすぐ天界に帰れるかもしれない」
それは困る、とは言わなかった。
正直この状況だと情報が無さすぎて、取れる行動が限られているのも確かだ。
ここはそんな簡単に事件が解決しないことを祈りながら人間に接触するしかない。
最悪トトが帰還することになっても僕は残ればいいだけの話である。
「ならさっさと行こう。ここにいても仕方がない」
「そうだなー。アタシも早く戦いたいぜー」
「君は今回の作戦を何も理解していないんだね」
相変わらず地雷は地雷らしい考え方を捨てられないようだ。
しかし何はともあれ次の行動が決まったので、さっさと冒険を開始することにした。
そう思って歩き始めようとした僕だったが、どうやらまだ言いたいことがあるらしいトトに止められる。
「ちょっと待て。お前ら、そのままだとまずい」
「ん?何が?」
「服装だ」
そう言ったトトの手には、見るからにみすぼらしい服が広げられている。
「これはこの世界の囚人たちが着せられている服を模倣して創らせたものだ。これを着用しておけば目立たず集落に潜入できる」
「へえ、そんなものまで用意してたんだ」
「ああ、獄吏の服もあるぞ」
「ええ、すごいじゃん!アタシはそのダサい服より獄吏の服の方が着てみたい!」
「いや、獄吏に変装するのはやめておいた方がいい」
「え、なんで?」
「使徒には僕たちの顔を知られている可能性がある。たぶん変装しても無駄だ。彼らには姿を見られない方がいいだろう」
「あ、そうか。アタシは結構有名人だからな。照れるなー」
何が嬉しいのかよくわからないサイラのことは放っておいて、僕はトトから服を受け取る。
一瞬で着替えを済ませると、二人にも着替えるよう促した。
「覗いちゃだめだぞ?」
岩陰へと消えていったサイラに軽く殺意を覚えながら、僕は脱いだ服を扉の近くの適当な場所に隠す。
これでようやく出発の準備が整った。
「さて、じゃあ今度こそ行こうか」
「でもまだサイラが着替え中・・・」
「行こうか」
どうせサイラは僕が覗きに来ると思って待ち構えているに違いない。
そういう馬鹿は遠慮なくここに置いていくに限る。
しかしそんな僕の企みをサイラが嗅ぎ付けないわけもなく、結局トトを説得する前に彼女は着替えを済ませて現れてしまうのだった。
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