6話 地獄の門
僕たちは今トトの案内に従って暗い森の中を歩いていた。
天界にあるこの森はいかなる派閥にも属さない領域に存在し、基本的に誰が入ってもいいことになっているのだが、この場所に来る使徒はあまりいない。
理由は簡単、危ないからだ。
誰が好き好んで中立地帯になど足を踏み入れたいと思うだろう。
中立地帯ということは、いかなることが起きても誰の責任にもならないということ。
もしばったり血の気の多い使徒にでも会ってしまえば、その時点で厄介事に巻き込まれること間違いなしである。
よってここは安全かつ静かに暮らしたい使徒ならばまず足を踏み入れない場所なのだ。
ならどうしてこんなところを歩いているのかというと、地獄につながる門がこの森の中にあるからである。
そして本当なら空でも飛んで目的地まで一気に行きたかったのだが、他の使徒に嗅ぎ付けられないようにするために歩くことを余儀なくされているのが現状だ。
しかし危険性の話をするというのなら、この場所をサイラと共に歩いている時点で安全など微塵も存在しないことにトトは気づくべきだった。
彼が呑気に散歩をしている間も、僕は一人警戒を強める。
彼女がいつ暴れ出してもいいように。
そんな状況の中で進むことしばらく、僕らはようやく目的地に到着した。
「この中だ」
そう言ってトトが示した場所は、岩のすき間にぽっかりと空いた穴だった。
幅も狭く、高さも低いそれは、そうと言われなければ見落としてしまうような、本当に小さい穴である。
一歩踏み出してその中に侵入してみれば、明かり一つない洞窟が地下に向って続いていたが、別に光が無くとも使徒の目は正常に働くので支障はない。
特に戸惑うこともなく、これまで通り僕たちは歩を進めていった。
どこまでも下へと伸びていくその通路は、地獄への道という言葉がまさに当てはまる。
いよいよ冒険の始まりが近づいてきたところで、僕はちょっとした疑問をトトにぶつけてみることにした。
「しかしどうやって地獄へのアクセス権なんて手に入れたんだい?」
長い通路を下りる途中で僕がトトに向って言葉を投げかけると、トトは面白くもなさそうに答えを返してくる。
「本当にたまたまだ。私が管轄する他の世界で部下が鍵を見つけてきた。私はそれを受け取ったに過ぎない」
「鍵?」
「ああ、最初は何かわからなかった。だけど鍵が指し示す場所まで向かってみたら、こうしてここに辿り着いたんだ」
「あ、そう。君って案外怖いもの知らずなんだね」
そんな怪しいものにこの森まで誘導されたら普通罠を疑うだろうに。
このトトという使徒には警戒心というものが無いのだろうか。
「だけどその勇気ある行動のおかげで地獄への扉を見つけられて、こんなおもし・・・貴重な情報を得られる機会が得られたんだ。アタシとしてはトトに惜しみない賞賛を送りたいね」
「そう言ってくれると嬉しいよ、サイラ」
「・・・」
今こいつ絶対面白そうなことって言おうとしてたよ。
いい加減トトはこいつの邪悪さに気づけ
なぜかサイラとトトが出会ってから急速に仲良くなっていっていることに僕が危機感を感じ始めたところで、長かった通路が終わりを告げる。
たどり着いた場所には明かりがあった。
それはあるものを際立たせるように辺りを照らし出し、否が応でもこちらの視線をそこへと吸い寄せる。
巨大な禍々しい扉。
その先に繋がっているであろう世界の危険さを容易に想像させるそれは、なんとも不気味な様相で佇んでいた。
「なんかいかにもって感じだね。よくこれに入る気になったもんだ」
「調べないわけにもいかないだろう。目の前に侵入方法があって侵入しないなんてことができるか?」
「本当に怖いもの知らずなんだね」
「まあな」
改めて呆れた顔をトトに向けるが、彼は取り合わない。
「ルイ、トトはバ・・・、じゃなくて他の使徒より少しだけ勇敢なんだ。今回はそれで問題が起きちゃったけど、彼みたいな使徒がいつの時代も新しい何かを生み出してきたんだろう。アタシはそのバ・・・、勇敢さを賞賛したいね」
「そうだぞ、ルイ。時にはリスクを背負ってでも冒険しなければならないことはある。サイラはそのことがよくわかっているな」
「・・・」
いや絶対こいつバカって言おうとしただろ。
トト、気づけよ。
しかしトトがどれだけバカだろうが今回限りの関係である僕にはどうでもいいことだ。
問題はやはりサイラである。
奴め、隙あらばトトを褒めることによって印象操作をしている。
トトは自信過剰バカだからこういう態度をとられるといい気になってしまうのだ。
このままではいざというとき二人が徒党を組んで僕に不利な行動をとりかねない。
どうしたものか。
極力目を合わせないように気を付けていたサイラの方を向くと、彼女も僕の方を見ていてバッチリ視線が交わった。
そしてその瞬間に、また彼女があの邪悪な笑みを浮かべて僕に笑いかけてくる。
寒気と殺気が同時に込み上げてくるという珍しい状況になった僕は一旦冷静になろうと思い、彼女から視線を外す。
そして誰にも気づかれないように、一度深呼吸した。
サイラのことは放置しよう。
彼女が僕に対して何かしら仕掛けてくるにしても、そう簡単にうまくいくとは思えない。
これから行く地獄という世界は、この場にいる使徒の誰もがその実態を掴み切れていないのだ。
何もわからない状態で下手に動けば、最悪それは自分に返ってくる。
だからサイラもしばらくは大人しくしているはずなので無視していこう。
あのあからさまな挑発に乗る必要はない。
肝心なのは僕が彼らよりも先んじて手を打つこと、彼らを出し抜けるよう準備することだ。
結局最後は神の理を見つけた者がすべてを制す。
それだけの話なのだから。
「それでは地獄巡りのはじまりだ。心の準備はできているな?」
「問題ないよ」
「楽しみだなー」
トトは僕たちの返事を聞くと同時に扉に手をかける。
懐から鍵を取り出しそれを鍵穴に差し込んだ。
ガチャリと、大きな音を立てて扉が開いていく。
はてさて、久しぶりの未知の世界、どんな旅になるのやら。
感想・評価などお待ちしております。
あとよかったらブックマークもよろしくお願いします。
とろりんちょ @tororincho_mono




