5話 打ち合わせ
とりあえずお互い準備してからトトの拠点で再集合ということになったので、お二人にはお帰り願った。
そして今僕は自分の部屋で考え事をしている。
結局あの後何も意見できないまま、サイラという最大の爆弾を抱えた状態で今回の遠征が決まってしまった。
トトからしたら協力者が増えたことは喜ばしいことなんだろうけど、僕からしたらこれは最悪の展開だ。
誰が好き好んであんな野蛮かつ知性に欠ける存在と一緒にいたいと思うだろうか。
それも今回は隠密行動が原則となる。
隠密なんて言葉が最も似合わないと言っても過言ではないサイラが今作戦において役に立つとは考えにくく、むしろ十中八九邪魔になることだろう。
肝心なところで台無しにされては本当に笑えない。
どうしたものかと僕が真剣に考えていると、傍にいたスッチーが話しかけてきた。
「ルイ様、今回の件、少し危険ではないでしょうか?もしルイ様に万が一のことがあったらと思うと、私は心配で心配でゴロゴロしていられません」
「じゃあゴロゴロしなければいいんじゃない?まあ君は今休暇中だから別にいいんだけどさ」
彼女のよくわからない心配の仕方に呆れながら、僕は適当に返事をした。
まあ彼女が心配してくれることは素直にうれしいが、実際そんなものは不要だ。
今回僕は僕の欲望のために危険へと足を踏み入れる。
だからこの件に関して僕の命は僕だけの責任において使われる。
誰かに何か言われる筋合いはない。
それからもスッチーはそれとなく行ってほしくないアピールをしてきたが、僕は全部受け付けなかった。
そうこうしているうちに待ち合わせの時間が近づいてくる。
「さて、そろそろ時間だ。僕は出発する。スッチー、留守は任せたよ。何かあったらトトのところに遣いを出せばいい」
「はい、ルイ様の帰還までここは死守してみせます」
「たぶん誰も攻めてこないからそこまで気構えなくていいよ」
「ではルイ様のお部屋のお掃除してます」
「じゃあそれでお願い」
「承知しました。ルイ様もご武運を!」
「いってきます」
「いってらっしゃいませ」
僕は外套を羽織ると、スッチーに見送られながら、トトの拠点に向けて出発するのだった。
―――――
「よく来たな、ルイ。サイラはもう来てるぞ」
「あ、そう」
くそっ、あわよくば置いていこうと思ったのに。
僕の心境など知るわけもないトトは、僕を応接室へと案内する。
たどり着いた部屋には例の使徒が待ち構えていて、僕の姿を確認するなり声をかけてきた。
「よお、ルイ。ずいぶんと遅かったじゃないか」
「集合時間の二時間前に来たのにどうして君がいるんだ?」
「いや、いてもたってもいられなくてね。ついつい早めに来ちゃったんだよ」
「そうかい。それは殊勝な心掛けで」
嘘だ。
こいつは絶対置いていかれないように先回りしていたに違いない。
そういうところだけは昔から知恵が回る。
ぜひともその力を日頃から使ってほしいものだ。
僕とサイラが笑顔で睨み合っていると、空気の読めないトトがマイペースに話を進め始める。
「さあ、出発前の打ち合わせだ。お前たちにも私が今知っている情報を伝える」
とりあえずサイラとは一時休戦し、三人仲良くテーブルを囲んで椅子に座る。
どうやらトトからありがたいお話が聞けるらしいからここは大人しくしておくことにした。
「まずは改めて、今回の協力に対する感謝を・・・」
「「そういうのいいから」」
そして早速時間を浪費しようとするトトを僕とサイラが二人して止めた。
話の腰を折られてトトがムスッとするが、時間が惜しいのは彼も変わりないのでさっさと話を再開する。
「ではさっそく部下からの報告によって得られた情報を共有する。とは言っても残念なことにあまり多く語ることが無いのも事実だ」
「「無いのかよ」」
さっきからサイラとハモるのが心外なんだけど、これはトトが悪い。
もったいぶるならそれなりの成果を寄越せと言いたくなるのは仕方のないことだろう。
「まあ待て。こういうのは量より質だ。今回手に入れたのは我々にとってはどれも重要なもの。私の部下を甘く見るな」
「で?その情報っていうのは?」
無駄に話を引っ張られていい加減我慢の限界を迎え始めていた僕たちに、トトはようやく彼が持っている情報を開示し始めた。
「まずは地獄の環境について話そう。地獄は生命体にとって過酷な環境下にある。大地は灼熱に支配され、血の河が流れ、炎の山がそびえ立つ。そういうところで人間たちは生活しているとのことだ」
「へえ」
「ほお」
僕たちが適当に相槌を打つと、トトは調子に乗ってペラペラとしゃべり続ける。
「そして地獄を構成する存在は二つ、罪人と獄吏だ。罪人は人間、獄吏は使徒。罪人は獄吏によって管理されている」
「完全管理型か?」
「具体的な管理方法まではわからなかったが、おそらくそうだろう。まあこの管理方法は最も効率的だからな。地獄で採用されていてもなんらおかしいところはない」
「そうか?アタシは最も面白みのない管理方法だと思うけどな」
「なに?」
「今ここでそういう議論をするのはやめよう。キリがない」
「「・・・」」
僕は脱線および炎上しかけた話題を無理やり終わらせる。
危ない、危ない。すぐ喧嘩し始めるんだから。
これだから王同士の会話は嫌いなんだ。
「・・・まあいい」
僕の仲裁でとりあえず大人しくなったトトは話を再開する。
「次で最後だ。そしてこれが最も重要だと言えるだろう」
相変わらずもったいぶって話すトトだが、僕とサイラもいい加減その話し方をやめさせるのは諦めていたので黙って話が進むのを待っている。
かくして告げられた事実は、確かにこれまでの中で最も重要だと言わざるを得ないものだった。
「地獄において使徒は無力だ」
「・・・それはどういう意味だい?」
「言葉の通りだ。まあ身体能力は人間より遥かに高いが、それもそこまでの特権とは言えない。千里眼も、転移も使えない。空も飛べなければ、水の上も歩けない。その他の世界なら普通に許されている使徒の力というべきものは地獄では機能しないんだ。これがこの世界を探索困難にしている大きな理由だと言える」
「「へえー」」
「・・・あんまり驚かないんだな?」
他人事のように返事をした僕たちにトトが不満げな視線を寄越してくる。
しかしそんな目で見られても僕たちの反応は変わらない。
「まあそういう世界も無くは無いからね」
「経験があるのか?」
「うん」
トトはまだそういう世界を知らないのかもしれないが、古代から存在する僕とサイラはそうでもない。決して多くはないが、少なからずそういう世界が存在することは知っている。
それでも危険であることに変わりはないのだけど。
「そうか、ならば心強い」
「あんまり期待はしないでほしい。一応言っておくけど、使徒の力が使えないことより原典の情報がないことの方がよっぽどやばいからね。それだけは覚えておいてよ」
「それはわかっているが、原典が第一目標のお前に言われてもな。誘導しているように聞こえてしまうのは俺の勘違いか?あくまで今回の作戦の目的は部下の救出だ。お前もそのことは忘れるなよ?」
「ああ、もちろんわかっているとも」
僕とトトが見つめ合う。
お互い顔は笑っているが、トトには猜疑心が、僕には欲望が、その瞳の奥に宿っていた。
しかしこの協力は最初からそういうものだったはず。
ならば何も問題などあるまい。
そして僕たちが牽制しているのを横で見ていたサイラはただただ笑顔だった。
はっきり言って旅の仲間としての僕たちは、互いに最悪の部類に入るのだろう。
だが使徒にとって、派閥間の協力など所詮こんなものなのだ。
互いが欲望を携え、互いの利益のために、手を取り合う。
そういう意味で言うならば、僕たちの在り方は実に正しいものだった。
「さて、私から言うことはもう無い。質問がなければさっそく出発したいのだが?」
「「異議なし」」
しかしこれでようやく長い前置きが終わりを告げた。
あとは現地に行って調査を開始するだけである。
さあ、冒険を始めよう。
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