4話 乱入者
「待てルイ、それは天界で戦争でも起こせと言っているのか?」
一瞬固まってたトトは、我を取り戻したのか慌てたように喋り出す。
「戦争?何のことだい?」
「何のことって・・・、地獄の原典を奪うってことは、地獄を管理している使徒の天界拠点を襲撃するってことだろ?」
「・・・君ってまさか僕より地獄のことわかってないの?」
「は?」
これでよく地獄にちょっかいかける気になったものだと逆に感心してしまった。
どうやらトトは本当に何も知らずに地獄の管理者へ喧嘩を売ってしまったようだ。
「わかってないようだから教えてあげるけど、地獄の原典パクるのに天界で戦争を起こす必要はないよ。そもそも平和主義の塊みたいな僕がそんな物騒な提案するわけないだろ」
少しでも僕がそんな野蛮な考えを持っていたと思われたことに不快感を示す。
僕は世界で一番平和を愛する心優しき使徒なのだ。
戦争とか仕掛けられない限りやる気はない。
トトは僕のその言葉に安心すると同時に、余計話が分からなくなったのか首を傾げている。
そんな彼の疑問を払拭するために僕は説明を続けた。
「たぶん原典は地獄にある。それはあの世界を管理している使徒の特性を考えれば明らかだ」
僕は断言する。
「地獄を支配しているエンマという使徒は、珍しいことにこの世界しか管理していない。そしてそれゆえなのか、エンマは地獄から滅多に出てこないんだよ。つまり大事な原典は、普段いない天界ではなく、地獄で保管しているはずだ」
「・・・なぜそんなことを知っている?」
「あの世界は古い。長く生きている使徒であればあるほど、そういう世界の情報ってのは知ってるもんさ」
確かに他派閥の管轄下にある世界の情報は入手しづらい。
己が管理している世界の情報を他派閥の使徒に知られていいことなんて一つもないから、どこの派閥でも情報管理は神経質なくらいされている。
だがどれだけ厳重に守ろうとしてもそれが漏れることもあるのだ。
当然僕の長い生の中でもそういうことは幾度もあった。
地獄もその一例で、僕がこの憶測をすることができたのも、過去に地獄の話を伝え聞いたことがあるからだ。
そういう事情があっての僕の発言だったのだが、トトは少し考えた後に、結局苦い顔を僕に向けてきた。
「・・・それでもやはり原典奪取は無茶だ」
「無茶って何が?」
「原典は最も厳重に管理されているものなんだぞ?地獄では目立たないよう隠密行動しなければならないのに、そんな危険を冒すようなまねができるか。そもそも本当に地獄に保管されているかもわからない」
「んー、でもそれ以外に欲しい物なんてないしなぁ」
はっきり言ってこの話を聞いた段階で、もう僕の心は地獄の原典に魅了されていた。
古代より存在するあの世界がどのような理によって支配されているのかを知りたくて、もはや自制が効かなくってきている。
さっきまでトトの部下思いなところに感動したみたいなことを言っていたけど、今となってはそんなもの二の次だ。
僕は地獄の原典を見たい。
目を爛々と輝かせ、頭を高速回転させながら、いかにしてそれを成し遂げるかの算段を立てていく。
「まあとりあえずは君に協力しよう。君は部下の救出を、僕は僕の目的のために動く。その中で協力できるところは協力していけばいいんじゃない?」
「なんだその不安しかない提案は」
「しょうがないだろう、君が報酬を用意できなかったんだから。それに善意で協力するより、こっちの方がよっぽどお互いわかりやすく行動できると思うよ」
「・・・」
トトは再び考え込む。
自分の予定よりもだいぶ異なる形での協力がどのような弊害を生むのか考えているのだろう。
だが彼はこの提案を呑むしかない。
もともと彼一人では何もできないし、この状況で僕以上の適役をもう一度見つけ出して交渉するなんてことをしている暇もないのだから。
結局何をどう考えようと至るべき結論はただ一つ。
何も変わりはしない。
「・・・わかった。その条件で良い」
「よし交渉成立だね。それじゃあさっそく準備をしよう」
ここまで僕の思い通りにことが進んでいる。
今後もこの調子でトトをうまく利用していこう。
僕が一人心の中でほくそ笑んでいることにも気づかず、トトはとりあえず交渉が成立したことに満足している。
それを確認して、さっそく出発の準備を始めようとしたその時だった。
この最高の状況をぶち壊す悪魔が姿を現す。
「その話、アタシも乗った!」
珍しく静かにしていたので、そのままその存在ごと頭の中から消し去っていた“もう一人の王”が、ここにきてその牙を剥いたのだ。
「トトと言ったか。部下思いのその心意気、あっぱれだ。アタシは感動したぞ。なればこそ、アタシも協力してやろうじゃないか」
「ちょっ!」
「ん?誰だお前?」
部屋の中心へと躍り出た赤い悪魔は、高らかに名乗りを上げる。
「アタシはサイラ。腕には自信があるぞ」
「サイラだと?その赤い髪・・・、まさか、鬼神サイラか!」
「そんな風にも呼ばれてるな」
「どうしてそんな奴がここにいるんだ?」
「いや、ちょっとルイに呼ばれてね」
「・・・」
断じて呼んでなどいない。
「それにしても本当にいいタイミングだったな。丁度暇してたんだよ。アタシも連れてってくれるだろう?もし戦闘が必要になったらアタシを頼ってくれていいからさ」
「ちょっと、待っ・・・・」
「・・・鬼神サイラか。・・・なるほど、戦力としては申し分ない」
止める暇もなく、事態はまずい方向へと転がり始めていた。
「しかしサイラ、お前への報酬は用意してないんだが・・・」
「ああ、いらない、いらない。もう報酬はもらったから」
「ん?どういうことだ?」
「気にするな。こっちの話だから」
そう言ったサイラが邪悪な笑みを湛えてこちらに顔を向けてくる。
いますぐその顔面に向って僕が持ちうる最大戦力を持ってして攻撃を仕掛けたかったがそれは叶わない。
「楽しい旅になりそうだ。よろしくな、ルイ」
「・・・ああ、よろしく、サイラ」
さっきまでとは一転、この作戦の難易度が跳ね上がった瞬間であった。
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