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3話 トトとの交渉

 1324番世界、通称“地獄”。


 使徒であればその名前くらいは誰もが知っていることだろう。

 神の創りし世界が無数に存在することを考えれば、知名度が高い世界というのは何かしらの理由があるということを意味している。


 当然地獄にも有名になる理由があるわけだが、残念なことにそれはあまり良い意味を含んでいない。

 というより悪い要素が多すぎて、ここでそれを列挙していたらそれだけで日が暮れる。


 そこであえてこの曰く付きの世界を説明するために、言葉を一つ選ぶとしたらこれになるだろう。


 地獄とは、それすなわち流刑地である。


 現存するあらゆる世界において、重罪を犯した者が強制的に転移させられると言われているのが地獄だ。

 死んだ後に魂を捕らえ、元居た世界の理から己の世界の理へと強制的に引きずり込むらしい。


 他にもいろいろと逸話があり、原典を読んでみないことには正確なことまでわからないが、地獄の危険性はまず間違いなく高い。


 そして今、トトはこの世界に策も無いまま突っ込もうと僕に提案している。

 はっきり言ってアホだ。


「そもそも現状僕が協力するメリットなんて何もないわけだけど?」

「もちろん報酬は出すし、お前にもメリットはある」

「というと?」


 僕がトトに聞き返すと、彼は得意気に指を三本立てた。


「俺に協力することでお前が手に入れるものは三つ。まず一つ目は地獄に行く機会だ。本来なら絶対に侵入できない場所をお前は今回探検できる。次に二つ目だが、これは俺からの直接の報酬だ。協力のあかつきには、俺が管轄する世界の原典を十冊ほど閲覧させてやる。これも知識欲が原動力となるお前にとっては十分な動機になるだろう。そして三つ目、これが最も重要だ」


 そう言ってトトは一度言葉を切った。

 よほど自信があるのか、たっぷり溜めてから再び口を開く。


「今回の件は俺への貸しになる。今後いざというときは俺がお前に協力しよう。どうだ、これ以上は無いメリットだろう?」


 トトは堂々と言い放つとソファにふんぞり返った。

 その態度にはもはや確信に近い何かがあるようにすら思えてくる。


 ああなんということか。

 僕は今猛烈に感動していた。


 普段あまり心動かない僕ですら、このトトという使徒に対してはそれなりの感情というものを抱かざるを得ないのだろう。


 トトからもらったその感動を噛みしめながら、僕は笑顔で返事をしてあげた。


「うん、ないわ。交渉決裂。お帰りください」

「なにっ!?」


 さっきまでソファに背を預けていたトトが飛び起きる。

 その焦った顔は見ていて面白い。


「なんだ、何が不満なんだ!報酬としては十分だろう?」

「いや、不満しかないんだけど?」


 僕は呆れた顔を隠そうともせずにトトに言葉を返す。


「まず一つ目だけど、僕さっきも言ったよね。知らない世界に行くのは危険だって。なんでわざわざ危険を冒してまで地獄に冒険しに行かなくちゃならないんだよ」


 しょうがないから懇切丁寧に一から説明してあげることにした。


「次に二つ目。君の管轄下にある世界の原典を十冊とか言ってるけど、正直そんなもの一冊もいらない。君の管理方針ってあれだろ?使徒の力使いたい放題、やりたい放題の完全管理型でしょ?そんな世界の住人なんてどうせ腑抜け揃いだ。僕はそんなやつらに興味はない。だから原典もいらない」

「・・・」


 もうここまでくると、トトは何も言い返さなくなった。

 さっきまでの自信満々な表情は消え、代わりに青白くなっている。

 少し気分がいい。


「そして三つ目、これが最も不要だ。君への貸し?それいつ返ってくんの?僕が君を頼ることなんてこの先無いよ」

「いや、絶対無いとは言い切れない・・・」


「無い。僕が君の力を借りることは無い」


 僕は断言した。


 思想を掲げ、それこそが真であると叫び続ける。

 王とはそういうものだ。


 少なくとも僕はそう考えている。

 だからこそ僕がトトに頼ることはないのだ。


「というわけで君が提示した条件は全て却下、論外、粗大ごみ」

「な・・・」


 僕の明確な拒絶にトトは言葉を失った。

 もうすでにさっきまでの勢いは見る影もなく、ただただ呆然としている。


 その様子をもう少し見ていたくもあったが、いい加減可哀そうになってきたので話を進めてあげることにした。


「まあでも落ち込むのはまだ早いよ、トト。さっきは少し意地悪したけど、君の出した条件では呑めないと言っただけで、協力しないとは言っていない」

「え?」

「だからこちらから出す要求を呑めば協力してあげると言ってるんだ」

「それはなんだ!?」


 急に元気を取り戻して身を乗り出してきたトトを見て、僕は心の中でため息をつく。


 自分で蒔いた種くらい自分で刈れと言いたいが、それでも部下のためにプライド捨ててここまで来た彼を追い返すほど僕は鬼じゃない。


 要するに、トトは態度が残念なだけで、部下のことは大切にしているのだ。

 同じ王として、今回は彼のその優しさに免じて協力してあげよう。


 まあそれにしたって報酬はちゃんと払ってもらわなければならないので、さっきのは全部却下させてもらったけど。


 そもそも交渉とは己の利を押し付けるのではなく、相手の欲しいものを与えることで成立させるものだ。

 いらないものをいくら並べ立てたところで意味がない。


 まあ普段交渉なんてしたことがなかったからこんなお粗末な話し合いになってしまったのだろうけど、今回のことでトトには少しは学んでほしい。


 そんなことを思いながら僕は彼に向って言葉を発する。


「僕が望むものはただ一つ、地獄の原典だ」


 それを聞いた瞬間、再びトトは固まって、動かなくなってしまった。



感想・評価などお待ちしております。

あとよかったらブックマークもよろしくお願いします。


@tororincho_mono

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