2話 使徒の王
使徒の世界には派閥というものが存在する。
それは世界を管理するために創られた一つのシステムだ。
使徒一人では到底管理しきれない世界であっても、複数の使徒が協力すればそれを可能にすることができる。
そのような目的をもってして形成された使徒の集団を派閥と呼んでいるのだ。
そして派閥を運営するにあたって、その集団の指揮を執るのが“王”である。
王の思想がそのまま派閥の在り方となるのだ。
つまり派閥が違うということは思想が違うということを意味する。
まあそれでも別に同じ派閥の所属員すべてが同じ思想を持っているなんてことは実際のところはないし、派閥内で考え方が全然違う使徒が一緒に活動しているなんてこともよくあることだ。
だからそこまで神経質になる必要もないのだが、これがこと王同士となるとまた話が変わってくる。
王という存在は、己の思想こそが絶対的に正しいと信じているのだ。
そして己以外の王の思想をカスだと思っている。
そんなエゴの塊みたいなやつらが出会ってしまえば、あとは何が起こるのか想像に難くないだろう。
口論くらいならまだかわいい方だが、下手したら戦争に発展するまである。
毎回そうなるわけではないが、そうなる可能性が無くはないのだ。
そして何を隠そう僕も王である。
僕にも確かに信念というものがあるのだ。
だから、もしそれを否定されることがあれば、機嫌次第では反撃しないとも限らない。
そうならないように僕は自分と関係ない他派閥の使徒には極力会わないようにしている。
まあそもそも他の使徒がどんな思想を持っていようが興味はないし、こっちからわざわざ絡みたいとも思わないのも事実だけど。
僕に限らず他の王たちもこのことについては重々承知しているはずなので、軽はずみな行動をする王はいない。
しかし今日この瞬間においてはその不文律は破られている。
「久しぶりだな、ルイ」
「ああ、久しぶり、トト」
今僕の目の前には王が座っていた。
「君が僕を訪ねてくるなんて珍しいね。どういう風の吹き回しだい?」
「用があるから訪ねてきたまでだ。何もないのにわざわざこんなところになんて来るもんか」
「こんなところとはひどい言われようだ。まあ君が僕のことを嫌っているのは知ってたけど」
「勝手に被害妄想を持たれても困る。まあ特に否定もしないけどな」
お互い軽いジャブを入れつつ会話を進める。
お茶を出しにきたスッチーがあまりのプレッシャーに震えていた。
「それでいったい何の用だい?僕もあまり暇ではないからさっさと本題を話してほしいんだけど」
僕がそう切り出すと、トトは一瞬顔を陰らせた。
その様子に僕は拍子抜けする。
トトはいつも自信満々な態度を崩さない奴だ。
己の価値観を絶対のものとし、それを元に下す彼の即断即決には容赦がない。
彼は使徒である己のことを特別な存在だと思っているし、力を持つ者が力無き者を助けてあげることを当然のことだと思っていた。
だからこそ使徒の力を存分に使って己が支配下にある世界を管理する。
トトはそういう使徒だった。
不干渉主義とか非効率なことを言っている僕とは当然相いれない存在なのだ。
そんな彼がこんな風に僕に対して言い淀むなんて、珍しいにもほどがある。
いったい何が起こったというのか。
気にはなるが、それでも彼が口を開くまで僕は大人しく待つことにした。
とりあえず今はトトの困り顔を見て楽しむことにしたのだ。
そうしてしばらくじっとしていると、ようやく意を決したのかトトが顔を上げる。
僕の瞳を正面から見据え、その口を開いた。
「俺を助けてほしい」
「・・・ほう?」
意外な提案に僕は驚いた様子を見せる。
その態度が気に入らないのか、先ほどよりも強い口調でトトは僕に向って話を続けた。
「お前の力を借りたいと言っている」
「へえー」
王が他派閥の使徒に助けを求めるということは、その管理の欠陥を認めるに等しい。
それが僕とトトの関係性なら尚更だろう。
なにせ僕たちは根本的な考え方が違うのだから。
プライドの高いトトがそれを認めて僕に助力を乞うなんてことは本来ならありえないことなのだ。
「俺とて本意ではない。このようにお前を頼るなど本当ならあってはならないことだ。だが今回に限り、これが最善だと判断したまで」
「へえー、まあ話だけなら聞くけど」
少し興味が沸いた。
彼をここまで追い詰めているものが一体何なのか聞いてみるだけの価値はある。
僕が続きを促すと、トトはようやく事の経緯を語りだした。
「実は俺の部下が三名、他派閥の支配する世界で行方不明になった。その世界というのは俺が最近偶然アクセス権を入手した世界でな、調査のために彼らを派遣したんだが消息を絶ってしまった」
「ちょっと待って」
思わず僕は話を止める。
いきなりきな臭くなってきたではないか。
「許可なく入ったのか?よく知りもしない世界に?自殺行為だぞ」
「重々承知している。だがこんな機会はそうそうない。いくら待ったところで新しい情報が手に入るというわけでもないのだから、結局危険を冒してでも侵入するしかなかったのさ」
「だけど失敗して僕に頼るなんていう屈辱的な状況に追い込まれているわけだけど?」
「それはあくまで結果論だ。最も期待値の高いギャンブルに負けただけで、俺が間違っていたということにはならない」
「なんだそりゃ・・・」
僕が呆れたことなど気にせず、彼は話を続ける。
「部下には成果が無くても報告のために定期的に帰ってくるように言っておいた。そして取り決め通り一度目は無事帰ってきたのだが、二回目にして音沙汰が無くなった。決めていた帰還日からすでに一年近く経っている。さすがに何かが起きたと言わざるを得ないだろう」
「見つかったか・・・」
「ああ、おそらく。逃げおおせて潜伏しているならまだマシだが、捕縛されていることも考えられる。最悪もう消されているかもな」
「つまり君の頼みって、生きているかもわからない部下の救出の手伝いってこと?」
「そうだ。もしまだ生きているなら助けてやりたい。そのためにはお前の力が必要だ」
「いくら僕でも知らない世界に行くのは危険だよ」
「わかっている。だが俺とお前なら成功する可能性は高くなる」
「その根拠は?」
「不確定要素が多すぎるこの状況で、臨機応変に対応できる使徒など限られている。ルイ、お前こういうの得意だろ」
「いや別に」
なんの期待か知らないが、いくら経験豊富な僕でも危険なものは危険なのだ。
「さすがにもう少し情報をもらわないと判断しかねるね」
「部下が命懸けで手に入れた情報をタダで売る馬鹿がいるものか。せめてそれを教えるのはお前が協力を約束した後だ」
「なら僕にどうしろと?さすがに今の状況だと協力するだなんてとてもではないが言えないよ。そもそもどこの世界の話をしているんだい?」
「まあ待て。今までのはただ単に状況説明をしただけだ。交渉はこれからする。でもそうだな、行き先くらいは先に言っといてやろう」
なぜさっきからこいつが上から目線で僕に話しかけているのかは知らないが、寛大な心を持つ僕はそれを見逃してあげている。
そんな僕の優しさになど気づかないまま、トトは騒動の渦中にある世界の名前を告げた。
「俺たちの今回の目的地、それは1324番世界。つまりは“地獄”さ」
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