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43話 勇者としてではなく

 どんな攻撃も、邪神には届かなかった。


 おそらく俺がまだ生きていられるのは奴の気まぐれにすぎないのだろう。

 その気になれば奴はいつでもこの儚い命を刈り取ることができる。

 そうしないのは奴がこの状況を楽しんでいるからに他ならない。


 決して敵わない相手にそれでも剣をふるう俺を見て、邪神は終始嘲り笑っていた。


「勇者よ、もっと足掻け。これこそ人類に許された最後の抵抗なのだ。とことん壊れるまで戦うがいい。貴様の死にざまは我が見届ける。それをもってして、人類最強たる貴様への敬意としよう」


 この邪神は俺が戦う限り、俺を殺しはしないようだ。

 だから少しでも戦い続けなければならない。

 もう全身傷だらけ、魔力は枯渇し、気力も尽き果てそうなのに、俺は倒れることすら許されなかった。


 そしてここまでしても、この戦いに意味はない。

 いくら時間を稼いでもこの邪神に勝てる何かが現れるわけでもないのだから。

 この戦いは世界をほんの一瞬だけ延命させるだけの行為に過ぎない。


 きっと最後は絶望しながら俺は死ぬのだろう。

 今も心の奥の方で、何かが崩れていく音が聞こえてくるような気がしていた。


 じゃあなんで今もこうして俺は戦っているんだろうか。


 もういっそ終わらせてしまった方が楽になれる。

 どうせ結末は変わらないと、何もかも投げ出して、早く剣を捨ててしまったほうがどれだけ楽だろう。


 でもなぜか、そうすることができなかった。


 しかしどれだけ足掻こうとしたところで体は正直である。

 心より先に体が限界を迎えた。


 足がもつれ、無様に倒れる。もう体が少しだって動きやしない。


 そこに容赦なく邪神の魔法が降りそそぎ、俺は吹き飛ばされてしまった。


 それを見て満足したのか、奴は攻撃の手を一度止めて、俺に向ってもう一度声をかけてくる。


「勇者とは魔王を倒す者のことを言う。逆を言えば所詮そこまでの存在ということだ。勇者よ、貴様は見事役目を果たした。それにも関わらずこの結末。なんとも哀れなものよ。しかし今貴様が味わっているであろう絶望は一瞬であれ我を楽しませた。その褒美として、せめて最後は苦しまずに逝かせてやろう」


 死の宣告とともに、奴はこれまでの規模とは比べものにならないほどの魔力をその手に宿した。


 俺はそれをただ茫然と眺めている。


 これで終わるのか?

 何もかも無意味だったのか?


 俺が歩んだ旅路も、勇者として戦った日々も、すべて否定されるのか?


 世界は救われないのか?


「そんなの、嫌だ・・・」


 臓腑の底の底から、声が漏れる。


 たとえ今目の前にあるものが覆しようのない現実だとわかっていても、それを受け入れることなんて俺にはできなかった。


 無意味だとわかったから諦める?

 できることをやりきったからそれでいい?


 ふざけんな!


 俺はこんな結末のために戦ってきたんじゃない。


 俺には確かに、欲しい未来があったんだ。


 勇者とか、魔王とか、そんな肩書なんてもうどうでもいい。

 大切なのはそんなことじゃない。


 思い出せ、自分の願いを。


 いったい何のために俺は立ち上がった?

 何を求めてここまできた?


 その答えこそが、今、ここで、俺が戦っている理由なんじゃないか!


「ほう、まだやるのか、勇者よ」


 地面に手をついて必死に体を起き上がらせる。

 自分でもどうしてまだ動けるのか不思議だが、もう理屈なんてどうでもいい。


 握りしめていた剣を杖にして、俺はもう一度立ち上がった。


 闘志を見せる俺をみて、邪神も必殺の魔法を止めた。

 そして心底不思議そうにその口を開く。


「ここまでくると不気味だな。なぜ立ち上がる、なぜ戦う?決められた敗北への結末をどうして遠回りで目指すのだ?いったい何がそこまで貴様を突き動かす?この無意味な戦いにいったいどんな意味を見出しているのだ、勇者よ?」

「意味ならあるさ」


 邪神の問いに、俺は笑って答える。


「勇者として魔王を倒したんだ。ここで終わっても誰も文句は言うまい。ただ一人、俺を除いてな」


 体が熱い。

 何かが心の奥底で荒れ狂っている。

 でも不思議と悪い気分じゃない。


「俺はな、世界を救いたくてここに来たんだ。笑って迎える明日が欲しくて戦ってきたんだ」


 最初からやることなど決まっていた。

 村を出たときも、ダンジョンで戦っていた時も、魔王領をさまよっていた時も、いつだって俺は願っていたんだ。


 世界を救いたいと。

 

「だからお前が世界を滅そうとするんだったら、俺はそれを止める。何度倒れようが、何度でも立ち上がる」


 剣を天に掲げる。

 今こそ己の意志を貫くとき。


「さあ邪神、覚悟しろ!今お前の目の前にいるのは勇者でも何でもない、ただの諦めの悪い馬鹿だ!面倒だろうけど、世界が救われるまでは、付き合ってもらうぜ!」


 俺は絶望に向って吠えてやった。


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