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41話 終わりの始まり

 戦いは終わった。


 聖剣によって切り裂かれ、もう動かなくなった魔王を前にしてそれを実感する。


 だが残念なことに、勝利の喜びよりも先に俺を支配したものは強烈な痛みだった。


 それもそのはず、勝ちこそすれども、俺は魔王にかなりの重傷を負わされている。

 戦いの最中は痛みなど感じる暇もなかったが、高揚による麻酔が切れた今は燃えるような痛みが俺に襲いかかっていた。


 このままではまずいと思い、応急手当てをする。


 とりあえず聖女様の元まで辿り着ければなんとかなるだろう。肝心なのはそれまで死なないこと。

 たぶん魔王を倒したから瘴気もなくなって、あちらから救助に来られるかもしれないし、希望はまだ捨ててはいけない。


 そう結論づけて、これ以上体力を消耗しないようにその辺の壁によりかかる。


 そうして満身創痍の体をひとまず落ち着けると、ようやく安心して達成感に浸ることができるようになった。


「ふぅ」


 深々と息を吐く。


 俺は勇者としての役目をこれで無事果たしたことになる。


 苦しかったし、辛かった。

 何度も心折れそうになった。

 それでも前に進んでもぎ取った勝利。

 これほど心満たすものは他にあるまい。


 これでようやく、俺は胸を張って自分のことを本物の勇者だと言える。

 あの日師匠と交わした約束を、守ることができた。


 そのことが嬉しくて、今すぐ師匠と聖女様にそれを伝えたくなる。


「やっと終わったんだな・・・」


 何の気も無しにただ一言、そう呟いた。


 特別な意味など無く、誰に聞かせるという意図もない。

 本当にただ虚空に向けて放っただけの言葉。


 だがその言葉は本当の終わりの始まりの合図となる。


「終わってなどいない」


 突然の声に俺は飛び起きた。


 痛みも忘れて体を動かすが、周囲を見回しても人影らしきものはない。


 しかし今、確かに誰かが俺の言葉を拾い上げたのだ。


「誰だ?」


 虚空に向って声を投げるが返事はない。

 敵などもう存在するはずがないのに、知らず知らずのうちに愛剣に手を伸ばし、その柄を強く握りしめた。


 そこでようやく周りの不自然さに気付く。


「瘴気が、消えていない?」


 魔王を倒したのだから瘴気は消えるはずだ。

 それなのに依然として辺りは霧に包まれて薄暗い。


 まさかとは思いつつ、恐る恐る魔王の死体がある方を見るが、そこには変わらず奴の死体が転がっているだけ。


 確かに倒したはずなのに、なぜ瘴気が消えない。


 いつでも戦闘に入れるよう警戒しながら魔王の死体に近づいてみるも、あの兜から覗いていた赤い目はやはり光を失っている。


「どうして・・・」


 魔王は確実に死んでいるはずなのに、なんだこの得体のしれない怖気は。


 震える体を叱咤して、もう一度魔王の死体を確認しようとした、その時である。


 異変が生じた。


 魔王の死体を中心にして、まるで水が広がっていくかのように影が伸びたのだ。

 それは次第に大きくなっていき、魔王の元を離れて一か所に集まりだす。


 俺はただ茫然とそれを見つめていた。

 目の前で起こっている現象がまるで理解できなかったからだ。

 

 みるみる巨大な物体を形成していくその影から一刻も早く離れなければいけないという直感を感じているのに、どうしてか足が動かない。

 まるでそこに縫い留められてしまっているかのように体が言うことを聞かず、立っているだけでやっとである。


 そうこうしているうちに影は形を得てしまった。


 見ただけで人を恐怖に狂わせる、とても醜悪な、悪魔の姿が現れる。


 それは黒い炎のような靄に全身を覆われ、その輪郭を霞ませているが、人の形をとっていることだけはわかった。

 何よりこちらの視線を掴んで離さないのは、赤く輝く瞳だ。

 そう、魔王が持っていたものと同じ、だが魔王のものより遥かに凶悪で、そして憎悪にまみれた瞳がそこにはあった。


 突然目の前に現れた化け物に対して、俺は動揺を抑えられない。

 いまだ剣に手を添えたまま動けずにいる。


「なんなんだ、これは・・・」


 ようやく絞り出せた声はかすれていた。


 そしてそれに反応したのか、魔王と同じ赤い瞳を持つ怪物は俺に視線を向けると、その口を開く。


「まずは褒めてやろう。世界最後の希望たる者よ。貴様は見事魔王を倒した。貴様は間違いなく勇者である」


 それが姿を現して最初に放った言葉は賛辞であった。

 だがお互いそんな言葉が何の意味も持ち合わせていないことなど知っている。


「・・・お前は誰だ?」


 どうでもいいと言わんばかりに俺はその言葉を無視して誰何する。

 逆に言えば、それぐらいしか俺にできることはなかった。


 そしてその肝心の相手はもはや明確な悪意を持ってこちらを眺めている。

 その瞳を占めるは依然として憎悪であったが、しかし今この瞬間に限っては別の色も含んでいた。


 それはただの嘲り。絶対強者が持つ嗜虐的なそれに他ならない。


「我が名は邪神。この世を滅ぼすもの」


 そう宣言するや否や、邪神を名乗る怪物は手を掲げ、魔法を発動した。

 発動と同時に濁流のような黒い霧が俺に向って襲い掛かかってくる。


 その光景をただ見つめていただけの俺は、為すすべなくそれに呑み込まれ、吹き飛ばされてしまった。


「ぐはっ!」


 その様子を見て邪神は醜く嗤う。


「脆いな」


 邪神の言葉などもはや耳に入ってこない。


 そんなことなど気にしていられないほどの恐怖が俺を蝕んでいた。


 さっきから震えが止まらない。

 心が体についてこない。

 恐怖という名の呪縛に締め付けられて、動くことができない。


「うぁぁぁ・・・」


 呻くような声が出る。


 絶望による心の決壊を止められない。


 今目の前にいるものが、この世界に現れた明確な滅びそのものであることがわかってしまったから。



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