38話 追及
早朝、まだ日が出るか出ないかという時間。
私たち三人は勇者様のお見送りのために街の門でいつものように集まっていた。
「いよいよだね、勇者。昨日はよく眠れたかい」
「はい、おかげさまで全快しました。準備万端です」
「結構。元気そうで僕も安心したよ」
この二人の師弟関係もずいぶんと板についたものだ。
確かな信頼関係がそこにあることが蚊帳の外から見た私にでもわかる。
これからが大一番だというのにも関わらず、いつも以上に和やかな雰囲気が渦巻く中、ルイ様が話を続ける。
「出発の前に渡しておきたいものがあるんだ」
「何ですか?忘れ物でもしてましたか?」
「いいや、違うよ。まあなんというか、これは僕から君への個人的な贈り物だ」
そう言ってルイ様は手に抱えていた布に覆われた長い棒状のものを勇者様に差し出す。
疑問符を浮かべたまま勇者様はそれを受け取った。
「何ですかこれ?」
「開ければわかるよ」
そう言われて勇者様が包装を解くと、中から現れたのは美しい装飾が施された剣だった。
「君の愛剣はもうボロボロだろ?魔王と戦っている間に折れたら困るから新しく造らせておいたんだ。材料はこの間君が倒したドラゴンの牙だよ。ちゃんと君のその剣に似せて創ったから違和感もないと思う」
勇者様はその剣を鞘から引き抜き、少し振って手になじませてみる。
本人の技と剣の美しさが相まって、思わず見惚れてしまった。
「気に入ってくれたかい?」
「はい師匠!すごく嬉しいです!」
「それはよかった」
勇者様が剣を鞘に戻す。
「じゃあ頑張っておいで、勇者」
「はい!」
勇者様はルイ様との挨拶を終えると、今度は私に体を向ける。
「勇者様、どうかご武運を。たとえ共に戦えなくとも、あなた様の勝利を祈っております」
「ありがとうございます、聖女様。必ず魔王を倒してこの世界を救ってみせます」
「はい、信じてお待ちしております。ご帰還なさったあかつきには盛大なお祝いをしましょう。楽しみにしていてくださいね」
私が笑顔でそう言うと、勇者様も笑って答えてくれた。
そして私のお見送りの挨拶が終わると、いよいよ勇者様の出発のときである。
手を振り歩き出した勇者様を祝福するように、地平の彼方から太陽がその姿を現した。
来る最終決戦へ、勇者様は笑顔で出発したのだった。
――――――
勇者様を送り出してから私はルイ様に向き直る。
予想通りルイ様はいつもの言葉を口にした。
「それじゃあ僕も用事があるから行くね」
「お待ちください」
いつもならはいわかりましたと言ってお見送りするのだが、今日ばかりはルイ様とお話ししたいことがあるので呼び止める。
「どちらへいらっしゃるんですか?」
「ん?冒険者ギルドだよ。一応僕も冒険者だからね。勇者がいないときはそっちで仕事をしないと」
「その仕事というのはどのようなもので?」
「・・・急にどうしたんだい、聖女?」
「本当は勇者様の後を追うのではないですか?」
私がそう言った瞬間の反応を期待したのだが、ルイ様の表情はひとかけらも動かない。
確かにこういうカマかけは一番やりづらい相手ではある。
「何を言っているんだい?勇者は魔王領に行ったんだよ?魔王領には勇者じゃないと入れないじゃないか」
「いいえ、ハーレイ達は魔王領に入ることができました。本人たちは神の加護などとほざいていましたが、おそらくそれは間違いでしょう。これは私の予想ですが、魔王領にはある程度の力を持つ者ならば入れるのではないですか?そう考えればその時代の最強の存在たる勇者だけがその条件を突破し、侵入を許されたことが説明できます」
「・・・へえ、なるほど。それで?」
「もしこの仮説が正しいのならばハーレイ達を倒したルイ様が魔王領に入れないわけがありません」
ルイ様はもう返事をしなかった。
ただ目だけで私の言葉の先を促している。
「あなたはこれまで徹頭徹尾、勇者様のことを最優先事項として扱っていました。そんなあなたが魔王領に入れるのにも関わらず、あの方を放っておくわけがない。現に勇者様が魔王領に遠征に行っている間、あなたが冒険者ギルドの仕事を請け負ってはいないということは調べがついています。だから私は、いざというとき勇者様を助けられるようこっそり彼の後をつけていたのではないかと考えたのです」
一つ一つ順を追って、ルイ様に私の考えを伝えていく。
問題はここから。
この結論に至った時、私には一つ確認しておきたいことができた。というより確認しなければならないことと言えよう。
そんなことはあり得ないと思いつつも、聖女である私が抱く直感のようなものが導き出した答え。私は今からそれを確かめなければならない。
「でもここで一つ疑問が出てきました。ルイ様、そもそもなぜあなたは戦わないのですか?ハーレイを倒した時のルイ様の実力は、明らかに勇者様のそれを超えていました。そんなあなたが魔王と戦わない理由はなんなのですか?」
ルイ様はどこまで行っても合理的で、そして現実的だ。
自分で魔王を倒せるのなら最初からそうすればいい。わざわざ勇者様を育てるなんてまわりくどいことはしなかったはずだ。
それなのにそうしたということは、何か理由があると考えるべきだろう。
つまりルイ様の行動原理を説明するには、前提からして考え直さなければならないのだ。
そして考え直した結果、私が導き出した答えは単純なものだった。
この人は、魔王を倒したいのではなく、勇者様に魔王を倒させたいのだ。
ではそういう行動原理を持っている存在とは何か。
思い当たらないでもない。
私は頭の中を整理しつつ、慎重に言葉を選びながら話を続けた。
「見つかるはずのない私を極短時間で見つけ出したこと。おそろしく効率的に勇者様を育成した手腕。まるですべてを見通しているかのような先見。何より勇者様をも凌駕するその力。そしてそれらすべてを持っているのにも関わらず、自らは手を出さない不合理。でも私はそういう存在を知っています」
もしかしたら今私はとても恐れ多いことをしているのかもしれない。
あるいはまったくもって的外れな結論を出してしまっているのかもしれない。
しかしそれでも、この馬鹿馬鹿しい仮定を確かめずにはいられなかった。
意を決して、私は口を開く。
「あなたは、神様なのですか?」
私の言葉を受けても、ルイ様はやはり動じない。
こちらがどれだけその心の中を覗こうとしても、それを許してくれる相手ではない。
ルイ様はいつもと変わらない無表情のまま、私を見つめているだけだった。
もしかすると今私がした推理は全て間違っており、あまりにも馬鹿らしくてルイ様は返事をすることができないのだろうか。
そうだとするとすごく恥ずかしい。
そうして一人むず痒い時間を味わっていたのだが、沈黙は突然終わりを告げた。
しばらく黙って私を見つめていたルイ様が、赤い瞳を妖しく揺らめかせながら、ゆっくりと、はっきりとその答えを口にしたのだ。
「聖女たる君にとって僕をそう評することは最大級の敬意なんだろうけど、僕にとってそれは屈辱以外の何物でもない」
返ってきたのは恐ろしく冷たい目だった。
それも今までに類を見ないほどの激情がその奥で揺らめいているのがわかる。
ルイ様にしては珍しい、表に出てくる感情がそこにはあった。
でもそれも一瞬のこと、すぐさまその感情の波は引いていってしまう。
「まあいい。事情のわからない君に怒ってもしょうがないしね」
どこか諦めたようなその雰囲気に私は混乱してしまう。
いったいどういう感情の動きが今ルイ様を襲っていたのかがよくわからない。
だが私の動揺を無視して、ルイ様はさっさと答え合わせをしてしまった。
「結論から言おう。僕は神ではない。それだけは確かだ」
「でも!」
「それ以上の追及は許さない。君が知るべきことではない」
有無を言わせぬルイ様の雰囲気が私を拒絶する。
もともと確証があってした質問ではない。違うと言われてしまえばそこまでだ。それ以上何か言い募れるわけもなかった。
だがこれだけ考え抜いて出した結論に対して、理由も聞けずにただ違うとだけ言われても納得できないのも確かだ。
だから最後の意地をかけて、私が知っておかなくてはならないことをルイ様に問う。
神様であることは否定されてしまったけど、それに至るきっかけまで否定されたわけではないから、最後にそこを確認しなくてはならない。
「そうですか。では最後にもう一つだけ。神様ではないにしても、ルイ様はこれから勇者様の最後を見届けに行くのですよね?」
これだけは勇者様に関することだからはっきりさせておかなければならない。
それぐらいは共に旅をした私にだって知る権利があるはずだから。
「・・・ああ、その通りだよ」
今度の質問には素直に答えてもらえる。
ルイ様は勇者様の戦いに立ち会う、これだけ聞けたのなら今回は満足しておこう。
私はその場に膝をつき、手を組むと深々と頭を下げた。
「どうか、どうか勇者様をお守りください」
「・・・」
これは裏切りかもしれない。
勇者様を信じると言いつつ、もしもの時のための保険を今ルイ様にお願いしているのだ。
たとえこれが裏切りであっても私はそうせざるを得ない。
最後の最後で勇者様が報われないことだけは嫌だったから。
それが私の嘘偽りのない願いである。
しばしの沈黙ののち、いつもの冷たい声が帰ってくる。
「悪いけど僕は手出ししない。後は勇者次第だ」
再びの拒絶。無情な声。
握りしめた手の甲に爪が食い込む。
そんな私にルイ様は言葉を続けた。
「でもね、聖女。彼はきっと勝つよ。それは君もわかっていることだろう?」
最後にそう言ってルイ様は歩き始める。
私が顔を上げたときには、もうその姿を見つけることはできなかった。




