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37話 それは恋

「ただいま帰りました」


 相変わらず勇者はボロボロである。

 今回は特にひどく、あの一件以来挙動不審な聖女もさすがにこのときばかりはすぐに治療を開始した。


「お疲れ様、勇者」


 僕も勇者と話すために、彼の顔の傍にかがんで声をかけた。


「お疲れのところ悪いんだけど、今回はあまり休んでいられないよ。魔王軍が最後の攻勢に出たからね。準備はすでに終わっている。君の体調が回復次第出発してもらう」

「はい、師匠。任せてください・・・」


 そう言って勇者は意識を失った。

 やっぱりこの職場はブラックなのかもしれない。


「聖女、後は任せるよ」

「はい、ルイ様」


 もう僕がここにいる必要もないので、挨拶だけ済ましてその場を後にする。


 実はまだ聖剣が完成していないのだ。

 これから工房に戻って作業の続きをしなくてはならない。


 聖女誘拐とか、予定より早い勇者の帰還とか、ほんと勘弁してほしい。


 しかし舐めてもらっては困る。

 僕は歴戦の使徒。今までこれよりきついスケジュールで働いたことなどざらにある。

 なればこそ今回も問題はない。


 現にあと残っている作業は僕の魔法を剣に刻印する作業だけである。


 そういうのは得意だ。

 見事時間通りに完璧な聖剣を勇者に届けて見せよう。


 数十分歩いて街外れの工房まで足を運ぶ。

 中に入ると空間を三次元的に使った魔法陣が部屋を占領していた。その中心に器たる剣が備えられている。

 

 これから数時間僕はこの作業に付きっきりになるので、もう何が起ころうと部下の援護に頼るしかない。

 まあさすがに勇者に今更襲い掛かるやつもいないだろうから大丈夫だろうけど。


 僕は剣の前に立つと両手を広げ、そして呪文を唱え始めた。


「刻印魔法:聖剣変化」


 誰もいない部屋の中に僕の声だけが響く。


 おそらくこれが今作戦における僕の最後の仕事になるだろう。


 せいぜい勇者のために伝説の剣を創ってやろうではないか。


―――――


 私は聖女だ。


 聖女とは本来、神の御声を聞き、それを人々に伝える者のことを言う。


 神の神託の内容は多岐にわたるが、やはりその中でも最も重要なものは世界の滅びとその救済に関するものだろう。

 例えば、魔王の誕生や勇者の到来の知らせなどがそれにあたる。


 このことからわかるように、基本的に聖女は神と人とを結ぶ伝達役なのだ。だから歴代の聖女たちは勇者が現れた時点でその役目をほぼ終える。


 しかし私の場合、そうはならなかった。


 現れた勇者様はまだ成長しておらず、魔王と戦うにはいささか以上に頼りなかった。

 それゆえ勇者様の修業の旅に、回復魔法を持つ私も同行することになったのだ。


 そのことに関して私に文句はなく、むしろ世界を救うための一助として戦えることに誇りすら感じていた。


 だがその旅は私が想像しているより遥かに凄絶で、残酷だった。


 勇者様は暗いダンジョンの中で、来る日も来る日も戦わされ、その心と体をすり減らしていく。

 それは見ているだけの私ですら痛ましすぎて目を背けたくなる光景だったが、その当事者たる勇者様はそれでも戦うことをやめなかった。


 私にできたことと言えば体の傷を癒すことだけ。

 日に日に精神を蝕まれていく勇者様に私は何もすることができなかった。


 ついにはちょっとした諍いから、勇者様とその師匠は決別してしまう。


 一人孤独にダンジョンを突き進む勇者様は、それでも戦うことだけはやめなかった。

 私の回復魔法すらなくなって、傷を癒すことができなくなっても、勇者様が止まることはなかった。


 力無き人間にも関わらず、アレスという人間がなぜ勇者に選ばれたか。

 その姿をずっと後ろで眺めていて、それが初めてわかった気がした。


 だからこそ私も勇者様のお役に立ちたいと思った。

 誰もが勇者という存在に世界のすべてを押し付け、その苦しみを理解しようとしなくとも、私だけは彼の傍で彼を救うと、そう決意したのだ。


 結果は惨憺たるものだったが、私のこの決意が間違っていたとは更々思っていない。


 そしておそらくそれは必然であったのだろう。

 いつの間にかその決意は、ある思いへと変わっていた。


“要するに君は勇者のことが好きなんだろ?”


 ルイ様のその言葉を聞いた時に納得してしまったのだ。


 そうか、これが恋か。


 意識してしまえばその結論は至極まっとうなものにさえ思えてくる。


 聖女として生きてきて、そんな感情を抱くことなどないと勝手に考えていたが、私もどうやら例外ではなかったらしい。


 今私は勇者様が寝ているベッドの横に椅子を持ってきてそれに座っている。目の前では思い人であるところの勇者様が治療を終えて、ベッドで安らかな寝息を立てていた。

 いつもと同じように治療を終えた後、教会まで護送して休んでいただいている状況だ。


 こうしてこっそり寝顔を見に来たのも自分の気持ちに整理をつけるためで、その目的も無事果たせたと言えよう。


 あともう私にできることは勇者様の無事を祈って魔王との戦いに送り出すことだけである。


「・・・聖女様?」


 暗闇の中で突然声をかけられた。

 そしてもぞもぞとベッドの中で人が動く気配がする。


「お目覚めですか、勇者様」


 優しく声をかけると勇者様はベッドから起き上がり私の方に顔を向けてくる。

 月明かりだけを頼りにお互いの存在を確認すると、私は勇者様に微笑みかけた。


「出発までにはまだ時間があります。もう少しお休みください」

「そうですか。それではお言葉に甘えて」


 そう言うと勇者様はもう一度横になり、外の景色に目を向ける。


 今日の夜空は綺麗に晴れていて、美しい満月がこの場所からもよく見えた。


 それを眺めながら勇者様はおもむろに口を開く。


「俺もここまで来たんですね。明日出発して、そのまま魔王城を目指したら、いよいよ最後の戦いが始まります」

「ええ、そうですね」

「・・・俺は勝てるでしょうか?」

「不安なのですか?」

「不安ですよ。それに怖いです。もし魔王に負けたらと思うと気が狂いそうです。自分でもこの気持ちをどうしたらいいかわかりません」


 珍しく弱気になっている勇者様に少し驚く。


 でもそれも仕方のないことだろう。

 これから勇者様が赴く戦場はおそらくこの世界で最も危険な戦場。

 しかもその戦いの結果が世界の命運を分けることになる。


 怖くないわけがない。


 だから少しでも彼に安心してほしくて私はその手を握った。


「勇者様、大丈夫です。あなたはきっと魔王に勝てます。だってそのためにあんなに頑張ってきたのではないですか。あなたの努力を一番近くで見てきた私が保証します。あなたは魔王を倒し、そして世界を救う。間違いないです」


 心からそう思うから自信をもって言える。あなたは必ず勝つと。


「ありがとうございます、聖女様。じゃあ俺も聖女様を嘘つきにするわけにはいかないから頑張らないとですね」


 私の言葉を受けて、勇者様はようやく笑ってくださった。


 決戦の時は近いけれど、今この瞬間だけはこうして一緒に笑っていられることが幸せだった。


 願わくば、またこうしてこの人と笑えますように。


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