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34話 蹂躙

 やはりこうなってしまったか。


 こちらとしてはできるだけ穏便に処理したかったのだけど、物事というのは得てしてうまくいかないようだ。

 非常に残念である。


 事ここに至って、もう僕は自らの職務を全うするために動かざるを得ない。


 つまり、実力行使による問題解決がこの時点で成立してしまったのだ。


「うおおおおおおおお」


 巨大な盾を正面に掲げ、抜刀した剣を振り上げた巨漢が僕に迫ってくる。

 僕はそれを見つめながら、ひとつあることに気づいた。


 武器を持ってきていない。


 一応こういう事態に備えてなんか適当な武器でも準備しておこうと考えていた。

 せめて形だけでも戦闘になるようにするのが彼らへの敬意になると思ったのだ。

 だけど正直そこまで重要なことでもなかったので、うっかりそれを忘れていた。


 てへっ。


「おらぁ!」


 少し考え事をした瞬間に、目の前で剣が振り下ろされる。

 その瞬間になっても僕は呑気にどうしようかと考えていたが、結局どうしようもないということに思い至り、考えることをやめた。


 もう素手でいいや。


 斬撃が僕に届く前に、迫りくる剣の腹を殴って鍔の根元からそれを叩き割った。


 瞬間、辺りを静寂が支配する。

 その場にいた誰もが一瞬何が起きたのか理解できなかったようだ。


 その現象を間近で見ていた当の重戦士君はというと、僕と目を合わせるや否や、重い鎧を纏っているにも関わらずものすごい速さで後ろに飛び跳ねて距離をとる。

 そして不思議そうに自分の剣をしばらく眺めていたが、次の瞬間にはそれを放り捨てた。


 戦意はまだ失っていないようで今度は盾を構えたまま突進してくる。

 

 さすが魔王軍幹部を倒した人間の一人ではある。

 自ら弾丸となり敵を撃ちぬく。そういうのは嫌いじゃない。


 彼の無謀に敬意を払って僕も正面から行くとしよう。


 走ってくる彼とは対照的に僕はその場から動かず、二人の距離がゼロになる直前に右腕を前に出した。

 

 そして衝突。


 この場にいる全員、僕が吹っ飛ばされる未来を予想したことだろう。棒立ちの人間に鎧を纏った巨漢が突撃したんだ。そうなるのは必然。


 しかし実際はそうはならなかった。


 攻撃した側の彼も攻撃された側の僕も衝突した瞬間と同じ場所で立っている。

 なんということはない、僕が踏ん張って止めたのだ。


 驚いて目をむいている哀れな一番槍にはそろそろ退場してもらおう。


 伸ばしていた右手を引いて、拳を握り込む。

 そのままそれを盾に叩き込むと、あっけなく盾は砕かれた。


 そして踏み込んでもう一発。


 今度は拳が鎧を捉える。


 クレイと呼ばれた男は最後まで事態を呑み込めないまま、吹っ飛ばされ、壁に激突し、そして沈黙した。


「ジラ!援護しろ!俺が行く」

「了解した!」


 次に動いたのは長槍を背負った戦士だった。

 想定外の展開にも動揺することなく、後ろに控えた魔術師とうまく連携して攻撃を仕掛けてくる。


 炎やら雷やらの魔法が飛んでくるが、適当に手で振り払う。

 僕が素手ですべて対処していることに彼らは驚いているようだが、ひるむことなく距離を詰めてくる。

 そして槍使いが僕めがけて得物の穂先を突き出してきた。


 しかしこれも素手で槍を掴んで止める。


 そのままさっきと同じように彼も無力化しようとしたのだが、今度はうまくいかなかった。


 あらかじめ罠を仕掛けていたのだろう。

 踏み込んだ先の足元で魔法が爆発する。


「ルイ様!」


 直撃を食らった僕を見て、聖女が叫び声をあげた。


 まあ心配せずともこれくらいじゃ僕は止められないんだけどね。


「かかったな!これで、ぐはっ」


 爆発によって発生した煙に紛れて、そのまま追撃を行う。

 反撃を予想できなかった槍使いの鳩尾に僕の拳がめり込み、先と同様彼は吹っ飛んでいった。


「馬鹿な・・・」


 今ので魔術師の方も戦意を喪失してしまったらしい。

 その場に膝をつき、ありえないものでも見たかのように動けないでいる。


 戦わないのであれば、わざわざ無力化する必要もない。

 僕も積極的に戦いたくは無いから、彼はもう放っておいてもいいや。


 そう結論づけると、僕は改めて正面に向き直った。


 よく見ると聖女も魔術師君と同じような顔をして目を見開いている。

 まあ正直なところ僕の豹変に一番驚いているのは彼女なんじゃないだろうか。今まで隠しててごめんね。


 しかし残る一人の方は、この瞬間までに起きた事態を受けてなお、鋭いまなざしで僕を睨むだけの度胸を持っているようだ。


「貴様、本当に何者だ?」

「だから勇者の師匠だって」

「・・・まあいい。お前が誰であろうと俺には勝てないしな」

「へえ」

「俺をそこでのびている奴らと同列に扱うな。パーティーを組んではいるが、この中では俺が頭一つ抜けて強い」

「それで?」

「真の勇者の力を、見せてやる!」


 そう言った瞬間、自称勇者は大剣を構えて走り出した。


 さて、いよいよ大将戦である。やることは変わらないけど。


 そう、確かに君たちは強い。とりわけ自称勇者たる君は他の三人に比べてもかなり強い。

 三人のレベルがだいたいレベル60前後なのに対して君のレベルは70に迫る。


 並大抵の人間では到底至れない境地に君たちは辿り着いたのだ。


 勇者誕生の遅延による戦闘の長期化が、このようなイレギュラーを生んだ。

 本来凡人では成しえない、勇者ではないものによる魔王軍幹部の討伐という偉業を成し遂げた。


 誇っていいことだし、ある程度の増長ぐらいはしたって罰はあたらない。


 だが君たちは戦う相手を間違えた。

 そのまま魔王軍の足止めに貢献していれば、英雄として世界から祝福されたものを、よりにもよって勇者に喧嘩を売ったのだ。


 彼は僕のお気に入りになりつつある。

 あの者がどのようにして世界を救ってみせるか、この目で見てみたいのだ。


 それがこの世界救済という仕事に対する僕の報酬である。


 ゆえにそれを邪魔するものを僕は許さない。

 勇者に喧嘩を売るということは僕に喧嘩を売ることと同義だ。


 レベル70?笑わせるな。


 僕のレベルは255だぞ。


 長い時の中で生じた度重なる救済活動によって僕の使徒というジョブはそこまで成長したのだ。

 その気になれば勇者だろうが魔王だろうが瞬殺である。僕のポリシーに反するからやらないけど。


 そんな僕に挑んで、君に勝算などない。万に一つも。


「ぐあああああ」


 剣を砕き、がら空きになったその体を吹っ飛ばす。

 ハーレイは壁に激突して苦悶の叫びをあげた。


 激痛で顔を歪めた自称勇者が怯えたように僕を見つめる。


「なんなんだ貴様は、どうしてこんなことに・・・」


 かすれた声を絞り出して彼は怨嗟の念を吐いた。


 絶対強者であったはずの彼にとって、初めての敗北、初めての理不尽。

 それを目の前にしたら愚痴を吐きたくなる気持ちもわかるが、それに同情するつもりはない。


 今僕たちがやっているのは世界の救済である。生半可な存在が立ち入っていい領域ではないのだ。


「どうして・・・。俺だって勇者に相応しい力を持っているのに、魔王だって倒せるのに・・・。どうして・・・」


「君では無理だ。決定的に欠けている」


 無情な一声で彼を黙らせる。


 確かにこのハーレイという男の実力だけ見れば勇者として使えなくもない。

 おそらく勇者の選考段階では彼も候補には上がっていたのではないだろうか。

 一人に絞るところまで部下にすべて任せていたから詳しくは知らないが、これほどの傑物を見逃すほど僕の部下は無能ではない。


 そしてこの男を見つけたうえで僕の部下は勇者アレスを選んだのだ。


 その判断はきっと正しい。


「君は強い者が勇者に選ばれると考えているようだが、そんなものは本当に必要最低限の条件でしかない」


 倒れた彼の目の前まで歩み寄り、見下ろす。


 別に僕は神様でもなんでもないけれど、今この瞬間だけはこの場における絶対的裁定者だ。


 そして僕が下した決断はこの英雄を切り捨てること。

 それが勇者を守る使徒としての僕の使命。


 本当に、非常に、残念だ。


「君にあるのはどこまでいっても自身への愛だけ。膨れ上がった自己顕示欲だけでは魔王と戦えない。魔王はそれほど甘くはない」


 子供に言って聞かせるようにゆっくりと彼の心を締め上げていく。


「勇者と魔王の戦いは世界の命運を分けるもの。その戦いで勇者という存在は文字通り全てを背負って戦わなければならない。もし勇者が負ければ、世界が滅びる。己の敗北にそれだけの責任が課されるんだ。そんな状況で最強最悪の魔王と戦わなければならない。たとえ強力な力を持っていたとしても、果たしてどれだけそれを振り絞れるか。だからこそ勇者にはある資質が求められる」


 止めをさすように、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「勇者とはその名の通り勇気ある者のこと。勇気無くして勇者にあらず。それこそが、君が勇者に選ばれなかった理由だよ」


 ハーレイという名の一人の英雄が勇者に憧れた。

 だが彼が勇者に選ばれることはなかった。

 

 これはただそれだけの話なのだ。


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