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3話 勇者誕生

 魔王誕生。


 その報が世界中を駆け巡ってから早半年。人類はその戦線を確実に後退させていた。

 魔王軍は各地へと進軍し、今なお人類の活動領域を無慈悲に侵略し続けている。


 魔王とは一種の災害である。

 これまで100年ごとに出現してはその猛威を振るってきたが、人類はその度に魔王を退けてきた。

 だが今回は少し様子が異なる。


 その要因は魔王と対を成す存在である勇者にあった。


 勇者は魔王が生まれる時代に現れる。

 まるで滅びに呼応するように、かの者は神に選ばれた証である紋章をその身に刻み、戦うのだ。


 そうして世界は幾度となく救われてきた。


 しかし今回の魔王は前回の討伐から僅か20年で再誕している。


 この不測の事態に対して、勇者が現れることはなかった。

 人類はなすすべなく敗走。このままでは滅亡をただ待つだけという状況にまで追い込まれてしまっている。


 それをなんとか食い止めるため、聖女である私は勇者を見つけようと躍起になっていた。


「勇者はまだ見つからないのですか?」

「はい、各地に教会騎士団を派遣して捜索しているのですが未だにその消息は掴めていません」

「そうですか・・・、ご苦労様です。引き続き捜索をお願いします」

「はっ!」


 騎士団からの定例報告を受け取った私は思わずため息を出してしまう。

 ここ最近の心労でだいぶ疲れているが、そんなことより今この状況に対して何もできない自分が口惜しいのだ。


 報告に来た兵士が退室すると、部屋の中は私と教会騎士団長だけになる。


「聖女様・・・」

「ごめんなさいね、あなたにまで心配をかけてしまって。本当はこんな時ほど私がしっかりしなくてはならないのに」

「聖女様は最善を尽くしています。なにも恥じることなどありません」

「ふふっ、ありがとう」


 必死で私を元気づけようとしてくれる騎士団長になんとか笑顔を返すが、心中まったく穏やかではない。


 これまでの歴史上、教会が勇者を探すなんてことはなかった。

 本来なら神が勇者を遣わし、私たちはそれをお迎えするだけでよかったのだ。その出現は必然であり、そこに我々人類の意思が介入することはない。


 しかし実際は魔王誕生からだいぶ時間が経つというのに未だ勇者は現れず、私たち教会がその捜索に手を焼いている状態だ。


 神は私たちを見捨てたのか?

 

 ふとそんな考えが頭に浮かぶ。もしそうなら私たちにもはや抗うすべはない。本当にこのまま魔王に蹂躙されることになる。


「少しでも早く勇者様を見つけ出しますゆえ今しばらくお待ちください、聖女様」


 私の憂いを知ってか、騎士団長が力強く宣言する。こういうときこそ彼の実直さを私も見習わなくてはならない。


「そうですね。たぶん神様も突然のことに少し驚いてしまったのでしょう。きっとすぐにでも私たちの前に勇者を連れてきてくださるはずです」


 最後に少しだけ笑って、この場の雰囲気を明るくしようと努める。


 そうだ、諦めてはいけない。まだ私たちは負けたわけではないのだから。


「きっと神様は私たちをお救いになります。私も聖女の名に恥じぬように最後の最後まで希望を抱きましょう」


 聖女として、今の私にできることは祈ることだけだけれども、この祈りをきっと神様が見つけてくれると信じている。


 ああどうかこの世界をお救いください、神様。


――――


 聖女の祈りを知ってか知らずか、世界は静かに動き始めていた。


 ここは国のはずれのとある寒村。

 もう日も沈み、家から漏れ出るわずかな光のみが闇夜を照らすこの村で、ある一人の少年が旅支度をしていた。


 少年の名はアレス。


 今年で18になる彼は一つの決心をしていた。それは軍への志願である。

 農家とはいえ魔物狩りなどのために剣を振ってきたアレスには、多少なりとも剣の心得があった。

 魔王によって死にゆくこの世界を黙って見ていることはできないと、彼は戦うことを選んだのである。


 両親をなんとか説得し、村の人々への別れの挨拶をしたのが今日の夕方。

 そして明日の出発に備えてもう休もうと立ち上がった、そのときである。


 アレスは背後に突然気配を感じた。


「誰だ!」


 とっさに愛剣を掴んで振り返る。

 剣の柄に手を添えたまま暗闇を睨む彼の目は確かに人影を捉えていた。


 その人物がいつからそこにいたのか、どうやってここまで入ってきたのかアレスにはまったくわからない。

 そもそもついさきほどまで人の気配など微塵も感じていなかったのだ。


 急なことに驚き警戒を強めるアレスだったが、何もしてこない相手を訝しんでひとまずもう一度声をかけてみる。


「何者だ?」

「私は神の使い。あなたに神託を授けに来ました」

「え?」

「アレス、あなたに勇者の資格を与えます。魔王を倒し、この世界を救いなさい」

「何を言って・・・熱っ!」


 手の甲に焼けるような痛みが走った。

 慌てて痛む手に目を向けると、そこにはアレスが子供の頃読んだ絵本でよく見た、とある紋章が刻まれていた。


「それはあなたが勇者である証。あなたの体に神の寵愛が宿ったことを示す紋章」

「俺が勇者?」

「まずは王都に向いなさい。そこでその証を見せるのです。それから先は魔王を倒すために自分が何をすべきかをよく考えなさい。あなたの尊い意志が世界を救うことになるでしょう。期待していますよ、勇者アレス」


 そう言って人影は消えた。まるで最初からそこに何もいなかったかのごとく。


 突然の出来事にアレスの思考が止まる。

 それからしばらくの間、アレスは自らの手に浮かび上がった紋章をただ見つめることしかできなかった。


 ここに勇者が誕生した。


 滅びゆく運命にあった世界を救うために、彼の戦いが始まる。


 そしてそれは、使徒ルイがこの世界を救うために動き出したことをも、意味しているのであった。



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