29話 お忍び
魔王討伐のために、聖女である私と協力したい。
手紙の内容を簡単にまとめるとそういうことだった。
ご丁寧なことに手紙と共に地図が封入されており、そこには印がつけられていた。
もし話し合う気があるならここに来いということなのだろう。
正直彼らについての情報はあまり持ち合わせていない。というよりルイ様がこの件に関しては意図的に私を遠ざけようとしていた。
私がどれだけ接触を提案しても、やらないの一点張りだったのだ。
未だにその理由がわからない。
ルイ様でさえ知らない勇者以外の魔王領への侵入方法をしっている人たちにどうして接触したがらないのか。本来なら真っ先に会いに行くと考えていたのに。
もし仮に彼らがとった手段を私たちも使用することができるのなら、多くの人間が魔王領にて勇者様を支援することが可能になる。そうなれば勇者様の負担は大きく減ることだろう。
私としても戦闘の直後に勇者様を回復できるのならそうしたい。毎度ボロボロの体を引きずって魔王領から街に帰ってくる勇者様などもう見たくないのだ。
そういうこと全てを鑑みるに彼らに会わない手はない。
何度思考を巡らせても私個人としてはその結論に至ってしまう。
だったらそれでいいのではないか。
今ここにルイ様はいない。いつ帰ってくるかもわからない。私が決断して動くしかない。
私は彼らとの接触には利があると考えた。
ならばあとは会いに行くだけである。
そう決意した私は澱んだ空気が漂う暗い部屋の中で行動を開始した。
私は教会で過ごすときに着用している神官用の服から外出用のものに着替え、人目につかないようにするための黒い外套を羽織る。
今回の訪問は教会としての正式なものではなく、あくまで私の独断専行である。ルイ様にも勇者様にも相談していない。それゆえなるべくことを荒立てないよう注意を払うための処置をする必要がある。
要はお忍びで私は彼らに会いに行くことにしたのだ。
準備が整い、誰にも見つからないように外に出ると、もう日は落ち、辺りは真っ暗になっていた。
ずいぶんと長い間考え事をしていたからかこんな時間になっていたが、お忍にはちょうどいいと言えよう。
手紙に入っていた地図を頼りに街中を歩きだす。
王都から遠く離れたこの街ではこの時間になるともうほとんど人通りはなく、なんの障害もなく進んで行けた。
会談の時間指定が無いことから、これから行く場所は彼らがいつ来られてもいい場所、つまり彼らがこの街で拠点としているところだろう。
そこは倉庫地帯らしくそのうちの一つを間借りしているようだ。
目的地が徐々に近づくにつれ、鼓動が早くなる。
この会談がうまくいった暁には勇者様の魔王討伐の旅はいよいよ盤石になる。暗くて寒いという魔王領での孤独な戦いは終わりを告げるのだ。
その手助けをすることができるのなら聖女としてこれ以上の喜びはない。
これでようやく私も勇者様のお役に立てるのだ。
逸る気持ちを抑え、歩を進めることしばらく、私は無事目的地にたどり着いた。
倉庫地帯ということで大通りのように街灯はなく、辺りは真っ暗なのだが、一つの倉庫だけ中から薄っすらと明かりが漏れている。すぐにそれが指定された倉庫だということがわかった。
建物の前には大きな扉が佇んでいる。
その扉を叩いてしばらくすると、大きな音を立ててそれが開いた。
「ようこそ、聖女様」
私を出迎えたのは手紙を届けに来たジラさんだった。
そして彼の向こう、扉の奥にはあまり倉庫に似つかわしくない光景が広がっていた。
ベッドに衣装棚、その他生活に必要な家具、果ては湯船まで設置されている。
しかしそのような内装など気にもならないくらい異様な空間が、倉庫の一番奥に広がっていた。
玉座。
その表現が一番しっくりくる。
他の場所より一段高くなった台座のような場所に豪華な椅子が備え付けられていて、そこに人が座っており、それを囲むように人が集っている。
「聖女様、歓迎します」
おもむろにかけられた玉座からの声が会談の始まりを告げた。




