24話 新たな問題
魔王軍幹部、二体同時撃破。
その知らせは瞬く間に世界に広がっていった。
勇者が出現してから戦況が大きく変わったと言えるのはこれが初めてである。その上予想を大きく上回る成果だったため、人々は各地で歓喜の声を上げたという。
それを受け兵たちは士気を取り戻し、戦線を押し戻した。というより魔王軍幹部の撃破は魔王軍にも衝撃を与えたらしく、あちらから勝手に戦線を崩したそうだ。
現在は魔王軍のほとんどが最前線から撤退し、一度体制を整えなおしているらしい。その隙に対魔王軍として戦っていた各国の軍隊は奪われていた砦や城を奪還し、それを再び防衛拠点として使えるように急ごしらえで改築しているのが現在の状況だ。
これで人類の戦況が最悪だった時と比べると、ずいぶん余裕を取り戻したと言えるだろう。滅びの運命を少しばかり遠ざけたのだ。人類側は大きな進捗を得たわけである。
この勢いのまま魔王軍を蹴散らせてしまえば魔王が討伐されるのもそう遠くはない未来に起こりうることだと思えてしまうのは仕方のないことだ。
がしかし、実際は決してそうとは言えない。むしろ事態は悪化したと言える。
確かに幹部が二体同時に倒せたことは素晴らしいことなのかもしれないが、それはあくまで短期的に見た場合に限る。
魔王討伐という最終目標を達成するという点で見ればこれは悪手でしかない。
それはなぜか。
勇者が育たないからである。
本来であれば勇者が四体の魔王軍幹部を順番に倒していくことで、勇者は魔王に匹敵しうる戦力へと成長するはずだったのだ。
それがまったく関係のない誰かに一体減らされたということは、それだけの経験値を勇者が手に入れることができないことを意味する。
つまりレベルが足りなくなる。
まあこの世界のそういう仕組みを知りもしない人々は呑気に喜んでいるわけだが、すべてを知る僕からすればこれは緊急事態である。
前にも言った、この世界はジョブとレベルの世界なのだ。これを制したものが世界を制す。
もし仮に勇者が魔王を倒すに足るレベルに達しなければ、どれだけ人類が善戦しようとも世界は滅びから脱することができない。
つまりこの作戦において、僕が担当している勇者の育成という任務が今極めて危機的状況下にあるということだ。
そういう事情を知りもしない当の本人はというと、こちらはこちらで何か考え事でもしているのか、僕の目の前で黙々とご飯を食べている。
勇者である自分以外の人間による幹部討伐に関して彼がどのようにそれを受け止めているか正直僕にはわからない。
自分の負担が減って嬉しいのか、勇者の役割を持っていかれて悔しいのか、はたまた全く別の感情なのか。
いずれにしろ今回の事件が彼に少なからず影響を与えるのは間違いない。大切なことはその影響を最小限にして、彼には彼のやるべきことに集中してもらえるよう僕がうまく立ち回ることだ。
「まあ今後の予定修正は僕がやっておくから君は自分の戦いに集中するといいよ、勇者」
「・・・はい師匠」
「何か聞いておきたいことがあるなら今のうちに聞くけど?」
「その、例の幹部を倒した人たちのことなんですが・・・」
「ああ、それね。あんまり気にしなくていいとは思うよ」
「でも幹部を倒すだけの力を持っているなら協力なりなんなりした方がよいのでは?」
「んー、そうだなー。合流するにしても場所が遠いし、そもそも協力してくれるかなんてわからないからこっちはこっちで当初の予定通り動くしかないんじゃない?まあ機会があれば出会うこともあるかもしれないけど、今のところは保留かな」
「・・・わかりました」
「まあ変なことに気を取られて油断だけはしないようにね。まだ魔王軍幹部は半分残ってるんだから」
「はい」
とりあえず納得したのか、勇者は迷いを消す素振りを見せる。
その場にいる人間で若干一名まだ納得していない人もいるけど今そいつは無視。それどころではない。
それから勇者が再び戦いへと出発するまで、ずっと何か言いたげな聖女の視線が僕を刺し続けるのであった。
――――――
「どうしてすぐに彼らと接触しようとしないんですか?」
「まだ調査中だから」
勇者がいなくなった瞬間これである。
「勇者じゃなくても魔王領に入る方法を知っているんですよ?もし協力してもらえれば私たちも魔王領に入ることができるようになるかもしれないのに。勇者様の負担を減らせるかもしれない絶好の機会をどうして活かそうとしないんですか?」
「それも含めて調査中」
「ルイ様!」
耳が壊れる。助けて勇者。
まあ彼女の気持ちはわからないでもない。
勇者の旅についていきたいという気持ちが誰よりも強いのは聖女である彼女だろう。世界救済の最前線にいながら留守番という役目にもどかしさを感じてきたのだから。
しかし本当に今調査中なのだ。
誰がどうやって幹部を倒したのか。それを調べぬことには動けない。
だがどのような結果が出るにしろ、誰かが勇者とともに戦うという結論には至らないだろう。
この世界の経験値は限られている。仮にパーティを組み、それを分配しようものならレベルが足りず、勇者は有象無象の一人に成り下がってしまう。すべての資源を勇者という戦力に集中することにより、初めて勇者は魔王に届くのだ。
ゆえに勇者は孤独、それが定め。
魔王軍幹部を倒した誰かには精々前線を支えてもらうくらいのことしかできないのだ。共に戦うことはできない。
今聖女が抱いているであろう淡い期待もおそらくは意味のないもの。彼女の役割はどうなろうと変わりはしない。
「聖女そこまでだ。それ以上聞く気はない。僕たちのやるべきことは基本的に変わらない。そう思っていてくれ」
「ルイ様、どうしてですか。目の前に勇者様を救う方法があるかもしれないのに、どうしてそれを手に入れようとしないんですか」
聖女は今にも泣きそうな声で僕に語り掛けてくる。
彼女がどうしてここまで必死になるのかわからないわけではないけど、それでも僕は非情にならざるを得ない。今は個人的な思いを優先させられるほど世界には余裕がないのだから。
「とにかく事態の全容を把握しないことにはどうしようもないんだ。もし君に協力してほしいことがあればお願いするから、今は大人しく待っててほしい」
僕の突き放すような言葉に聖女は顔を歪めた。
彼女自身わかっているのだろう。自分一人では何もできないことが。
ゆえにそれを利用させてもらう。放っておいていいものにまでいちいち気を割く時間は無いのだ。
「僕はもう行く。いろいろ調べなきゃいけないことがあるからね。君は勇者が帰還したときに治療ができるよう良く休んでおくことだ。それだって大事な役目なんだから」
悔しそうに歯を食いしばる彼女は僕が立ち去るまで、ついぞ顔を上げることはなかった。




