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23話 予期せぬ事態

 使徒は所詮、神ではない。


 全知でもなく、全能でもなく、そして完全でもない。


 何もかもをその指先一つで叶えられるわけでは決してないのだ。


 だがしかし、まったくの無力というわけでもない。


 ゆえにできることをできる範囲でやる。それが大切だ。


 それではまず水没都市の対処から。


「地形変化:陥没」


 僕が声を発すると同時に、大きな音を立てて地面に亀裂が入っていき、それはやがて円柱型の巨大な穴となった。

 すると辺りを満たしていた大量の水がその穴に向かって流れ始め、見る見るうちに水が引いていき、水没していた都市が浮かび上がってくる。


「水が完全に引いたら穴を塞いでおいて」

「はっ!」


 はい次、地震でめちゃくちゃになったところ。


「物体創造:粘土」


 僕は粘土を創り出すと、部下にそれを渡して指示を出す。


「これを地面の割れ目に塗って、いらないところは削って、平地にして」

「はっ!」


 はい次、噴火で焼け野原になった大森林。


「天候操作:恵みの雨」


 雲一つなかった空に突如として暗雲が立ち込め、やがてそれは濃くなっていき、雨が降り始める。部下が整地して苗木を植えた地面をその雨が濡らしていく。


「ここでの作業はこれで終わり」

「はっ!」


 僕の合図で部下が撤収作業を始める。


「ふぅ・・・」


 これでようやく一息つくことを許された僕は、その場に座り込んで少し休むことにした。

 自分で呼び出した雨に打たれながら、ここ一週間の労働による疲れを洗い流していく。


 この雨も、その他のあれこれも、すべて魔法によって実現されたものだ。

 ジョブとレベルによって解放される魔法はこの世界に住む人々に与えられた力の形である。

 

 そして魔法がこの世界のシステムの一つである以上、当然使徒にもそれが与えられる。

 かく言う僕も魔法をたくさん持っているし、もっと言うならその根本にあるジョブとレベルだって実は所有しているのだ。


 今回森の再生に使ったものは天候を任意に変更することができる魔法だ。そして“恵みの雨”はただの雨ではなく、生命の恵みとなる特殊な雨を降らせることができる。栄養満点的な?

 これを使えばすぐに苗木が大木になるというわけでもないが、本来数十年単位でかかる森の蘇生も数カ月で済むことになるだろう。


 その他の被害地域も僕たちが魔法を使うことによって、あとは自然に任せておけば再生するように取り計らっておいたからもう大丈夫なはずだ。


 ということでなにはともあれ、これで今回のハプニングに対する一通りの作業は終わったわけだ。

 本当なら勇者の動向でも監視しながらゆっくり休んで彼の帰還を待つ予定がとんだ一週間になったものだが、かわいい部下のためなら仕方がない。いい機会だったと思って納得しておこう。


「ルイ様、撤収作業が完了しました」

「そう、なら帰ろうか」


 部下の報告を聞いて立ち上がった僕は疲れた体に鞭を打って天界へと帰還するのだった。


―――――


 一週間、部下たちが弄りまわした世界を修正し続けた。

 燃やされた森の再生、水没した都市の水抜き、そして国の支配層からの撤退などなど。


 とりあえずやれることはやった。

 宣言通り、僕も含め使徒全員が一切休むことなく働いたのだ。これ以上の成果はもう神にしか出せないに違いない。


 よって結果はどうあれ修正作業はここで終わりとなる。そろそろ勇者の方にも動きがあるだろうから僕も戻らなければならないのだ。


 勇者の方は現在部下が監視しており、魔王軍幹部を討伐次第僕に連絡が来るようにしている。また無いとは思うが、勇者が危機的状況に陥った場合も連絡が来ることになっている。


 どちらにしても今のところは特に連絡がないので、現在僕は天界にある拠点の会議室にて修正作業の報告書作成の手伝いをしている。別に僕がやる必要はないのだが、この微妙に空いてしまった時間を持て余してしまっていたし、もう一つ重要な理由があったので手伝ってあげているのだ。


 というのは今僕の隣で働いているスッチーが死にかけているのだ、精神的に。

 彼女は一か月間の成果を僕に完全否定され、挙句怒られた結果、ここ一週間ほぼ半泣きで働いていた。

 いや、正確には泣いていただけではない。虚ろな目で空をただ茫然と仰いでいたかと思えば、突然笑い出したりすることもあった。酷いときは僕に向って捨てないでと叫びながら縋り付いてくることもあった。


 なんか面倒くさそうだったし忙しかったのでそのときは放っておいたのだが、時間が解決してくれることもなくまだそれが治っていないようで、今も半笑いで仕事をしている。


 彼女も反省しているようだし、ここらでフォローしておくのも上司としての役割だろう。頑張っていたことだけは事実だし。


「スッチー、ちょっとこっちへおいで」


 僕が声をかけると一瞬間を空けてから、スッチーがこちらに顔を向ける。

 例の虚無を宿した瞳がこちらを見つめてくるのは結構怖いが、今はこらえてこちらに手招きするように手を動かした。


 ふらふらしながら近づいてきたスッチーは僕のもとまで辿り着くや否や、倒れ込むように僕の膝に縋り付いて、そしてなぜか泣き出した。


「違うんです違うんです、私はルイ様のご期待に応えようと思ってやったんですー!このような結果になるとは思わなくて、それで、それで、うわああああああああああん、見捨てないでえええええええ」

「・・・」


 やっぱり面倒くさくなってきた。でもボクガンバル。


「違うよ、スッチー。別に僕は君を見捨てたりしない。今僕は君を褒めたくて呼んだんだ」

「・・・褒める?」

「そうだよ。ここ一週間頑張ってたからね。君のおかげで予定通り修正計画も進んだし、本当に助かったよ」

「・・・私、ルイ様のお役に立てましたか?」

「もちろん」


 そう言ってスッチーの頭をなでる。

 頭に触れた瞬間彼女の体が少し震えたがそれも一瞬のこと、僕の膝に頭を預けて大人しく撫でられ始めた。さっきまで大号泣していたのが嘘のように今は幸せそうなアホ面を晒している。


 まあこれで立ち直ってくれるならそれでいいのだが。


 これが頑張った彼女に対する報酬となるならばと、しばらくの間はそうしてあげる。


 しかし得てして幸せな時間というものは長く続かないものだ。

 それは彼女スッチーに関しても例外ではなく、報酬の時間は新たな局面の知らせとともに終わりを告げた。


 会議室の扉が大きな音を立てて開く。


 その音がしたとき、彼女も僕が仕事に戻らなければならないことを察したのだろう。ひどく殺気のこもった視線をそちら側に注いだ。

 もう結構長い時間こうしていたのだから満足して欲しい。


 ほら見ろ、会議室に入ってきた子がスッチーの視線のせいで涙目になってるじゃないか。


 さすがに可哀そうだったのでスッチーを元居た場所に戻して改めて伝令役の使徒に向き直る。


「報告します。勇者が魔王軍幹部を無事討伐したのを確認しました。現在勇者は帰還途中です」

「そうか、やったか」


 どうやら彼はちゃんと役目をこなせたようだ。よかったよかった。


「さて、それじゃあ僕もそろそろあっちに戻らないとだね」


 僕がそう言って立ち上がると、皆も一斉に立ち上がって姿勢を正す。


「この計画もここから後半戦だ。皆も気を引き締めて自分の役割を全うするように」

「はっ!」

「スッチー、あとは任せたよ」

「承知しました!」


 一度やらかしたからもう同じ失敗はしないだろう。教育もしたし今度こそちゃんとやってくれるに違いない。僕も安心してことにあたれるというものだ。


「じゃあ行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ!」


 問題は解決した、使徒たちも頼もしく成長した、そして何より勇者が成果を出した。

 ずいぶんと気分が良い。ずっとこんな気分でいられたらいいのに。


 だがしかし、世の必然、本当に逃れようもなく、物事とはうまくいかないものなのだ。どれだけそれを願おうと、いやむしろふとそのありがたみに気付いて噛みしめたときほど、それは簡単に覆る。


 まるであらかじめ決められていたかの如く、それは現れた。


 僕が会議室を出ようと扉のノブに手をかけようとしたとき、僕から逃げるようにその扉が外に開く。

 扉を勢いよく開いた張本人はもちろん僕の部下の使徒だったが、肩で息をしているその子は僕の姿を認めると焦ったようにその口を開いた。


「緊急事態です!魔王軍幹部が討伐されました!」

「え?その報告ならさっき聞いたんだけど」

「違います、勇者が討伐した幹部の話ではありません。全く別の幹部が見ず知らずの冒険者によって討伐されてしまいました!」

「・・・マジか」


 このようにして世界は新たな局面を迎えることになるのだった。





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