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19話 初陣の準備

 勇者様と私はルイ様の指示通り、物資を受け取りに教会に赴いた。


 教会が勇者様を全面的に支援することはすでに決定している。そのことを私も知っていたし、勇者の紋章と聖女である私がいれば話は円滑に進むはずだ。


「ここがこの街の教会支部です」

「立派な建物ですね」


 街の中心に位置する場所に荘厳に佇むその建物はどこの街にもあるそれと同様に、白と青を基調とする古めかしい建物だった。いくつか立っている尖塔のうち、礼拝堂から生えている最も高い塔の上には教会の印たる紋章が掲げられている。


 常に教会本部で過ごしている私からしたら控えめな造りをしているが、あまりこういうものを見慣れていない勇者様からしたら驚嘆に値するらしい。

 無邪気な表情でその建物を見上げている勇者様を見ると、自然と笑みがこぼれてきた。


「それでは入りましょうか。たぶん今日はここで休ませていただけると思いますし、ゆっくりしていってくださいね」

「はい、失礼がないようにしないと。あ、でも礼儀とかよくわからないです」

「ふふっ、その辺のことは私に任せてください。それにそんなに気張らなくても、わからない人にうるさく言う人はいませんよ」


 そういって私は勇者様を連れて門番がいる詰所に近づいた。


 どうやら昨日のうちに教会と冒険者ギルドにはルイ様が連絡を送ってくれていたらしく、私たちは特に止められることもなく門を通された。奥にある玄関扉の前で少し待っていると大きな音を立ててそれが開いた。


 そうして中から出てきたのは歳をとった細身の司祭だった。

 しかし年齢に関わらずその姿勢はしっかりとしており、それでいて穏やかな雰囲気を纏っているその姿は見る人を安心させる不思議な力を持っていた。


「ようこそおいでくださいました、勇者様、それに聖女様。本日はごゆるりとお寛ぎくださいませ」

「ありがとうございます。こちらにいらっしゃるのが勇者アレス様です」

「ど、どうもよろしくお願いします」


 ここは私が代表してあいさつをする。教会におけるあれこれぐらいは私がすべてこなさなくては、本当にいる意味がなくなってしまう。

 勇者様も私が前に出たのを見て、私に任せる素振りを見せた。


「長旅でお疲れでしょう。さっそくお部屋にご案内いたします」


 普通教会という組織は何をやるにしても格式ばったことをしたがるきらいがある。本来ならこの歓迎の言葉だけでも長々と続くものとばかり考えていたのだが、案外あっさりと終わり拍子抜けしてしまった。

 おそらくこの司祭様もこちらに気を使ってそういう煩わしい形式を飛ばしてくれたに違いない。


「部屋はこちらの二部屋をお使いくださいませ。食事の時間になったらお呼びいたします」


 しばらく歩いて宿舎となっている建物の一室まで案内すると司祭様はそのまま下がっていってしまった。

 ここまで何も無いというのも珍しいことだが、そのことにほっと一安心している勇者様を見てそれでよかったとも思う。


「それでは勇者様は部屋でお休みください。旅の準備は私の方でやっておきますので」

「え、そんなの悪いですよ。俺も手伝います。それに武器とかは自分で見ておきたいですし」

「そうですか。では食事をいただいた後にそのことについて司祭様にお話をしましょう。それまではお互いお部屋で休むということで」

「わかりました。それでは後ほど」


 そう言って部屋に入る勇者様。それを見届けて私も部屋に入った。


 そしてそのまま倒れるようにベッドに入り、私は意識を失った。

 

―――――――――


 どれくらい眠っていただろうか。

 慣れない長旅と久しぶりの安心感で気が緩んでしまった。

 ドアを叩く音で目を覚まし、慌てて返事をすると、食事の時間だと言われる。

 慌てて乱れた髪を整え部屋を出ると勇者様が出迎えてくれた。


「す、すみません」

「ははっ、寝てたんですか。そんなに慌てなくてもいいのに」


 恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になるが、なんとかごまかして食堂に向かう。


「聖女様も今回の旅は大変でしたからね。しばらくはゆっくりしてください」

「ありがとうございます」


 勇者様は笑って私にそんなことを言った。


 穏やかな表情の勇者様が私の隣を歩いている、そのこと自体は別にいい。

 しかしどういうわけか、勇者様のその様子に私はひどい違和感を感じてしまった。


 私のことなどどうでもいいのだ。どうせしばらくはただ教会に引きこもる、いつもの平和な日常に戻るだけなのだから。


 でもあなたは違う。

 これから戦場へと赴き、一人孤独な戦いを強いられるあなたこそ、労わられるべき存在なのだ。

 私のことを思いやる時間があるのなら、ぜひその時間を自分のために使ってほしい。


「聖女様、大丈夫ですか?体調が悪いなら部屋で休んでた方がいいですよ」

「問題ありませんよ。それに・・・」

「それに?」

「・・・なんでもありません。本当にご心配には及びませんから、気になさらないでください」


 私を気にかけてくれることが気に食わないということなどさすがに口にできず、その場は笑ってごまかした。


 勇者様のその様子は食事中も変わらなかった。

 明日からのことなどおくびにも出さず、ただご飯がおいしいだの、教会が綺麗だのということを司祭様と話していた。ときおり私にも話題を振ってきたのに対しては愛想笑いを返しておいた。


 だいたいテーブルに並べられたものを片付けたところで私の方から本題を切り出す。


「司祭様、勇者様に支給される物資についてなのですが」

「ああ、それなら心配には及びません。本部からも追加の支援物資が届くそうですから、必要な分を好きなだけ持っていってください。武器なども多少は揃えてありますゆえ」


 そういうと司祭様は私たちを教会の裏手にある倉庫に案内してくれた。


 ここにあるものなら持っていっていいということだったので、遠慮なく物色させてもらう。

 とりあえず持っていくものの候補を二人して持ち寄り、最後にそこから厳選しようという算段になった。


 勇者様はご自身の武具関連の選定をしているのを見たので、私は食料などの生活に必要そうなものを探した。

 ということで勇者様とのダンジョン探索のときのことを参考にし、勇者様が好んで持ってきていたものをそのまま再現することを目標にする。


 1時間もしないうちにお互いそれなりに当たりを付け終わり、それぞれ持ち寄って品評会が始まった。


 勇者様が選んだ武具に関しては、使用する本人が一番よくわかって選んでいるという理由から、私が口を出すことは無いという結論にまず至る。


 問題はそこからだった。

 私が選んだもののうち、食料関連のものが悉く勇者様に不評だったのだ。


「どうかしましたか、勇者様。これらは勇者様が愛用していたものだと思っていたのですが」

「え、あ、うん。そうでしたね、あはははは・・・うぷっ」


 直接口にこそ出さなかったが明らかに顔が青ざめている。いったいどうしたのだろうか。勇者様の好物ばかり集めたと思ったのに。


「いやなんというか、その、もう少し普段の食事に近いものを、なんていうのは贅沢なんでしょうか」

「え?」

「いや、ほら今回はそんなに長い旅でもないし、多少足が早いものでも大丈夫じゃないかなと」

「まあそういう考え方もできるとは思いますが」

「いろいろと試してみるのも大事だと思うんですよ!だからあっちのパンとか持っていきたいです!」

「確かにそうかもしれませんね。でも大丈夫ですか?ずいぶんと顔色が悪いようですが」

「だ、大丈夫ですよ、全然平気です。決して嫌なことを思い出したりなんかしてません」


 勇者様の表情は最終的に和らいだが、いったいなんだったのだろうか。私は何か失敗したのだろうか。謎である。


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