63話 永劫の戦い
「ぐわあああああ」
地獄に絶叫が響く。
それはこの世界において幾度となく繰り返されてきた光景。
しかし今に限って言えば、常とは異なることが一つある。
それはその絶叫の担い手が、ただ一人しかいないこと。
大罪人、バスピー。
彼は燃え盛る炎に投げ込まれ、灼熱の川に突き落とされる。
何度逃げようとしても、無慈悲な執行官がそれを許さない。
「も、もうやめてくれ・・・、これ以上は・・・」
「バスピー、これは罰だ。脱獄幇助、天界への謀反、そして使徒の殺害、他にどんな罪を犯してきたのかは知らないが、ここですべて償え。元上司として、介錯ぐらいはしてやる」
そう言ってトトは再びバスピーを地獄の業火へと突き落とす。
その光景は彼の体が消失するまで、永遠と続けられるのだった。
―――――
幾度となくぶつかり合い、その度に傷を負う。
しかし彼らは死ねない。
どれだけ戦ったところで傷は瞬く間に消えていく。
それは終わりのない戦いだった。
ならばその勝敗を決めるものとは何なのか。
考えるまでもなく、それすなわち心である。
治ると言っても傷を負えば当然痛みを味わうことになる。
敵を倒したとしてもその敵は必ず立ち上がってくる。
敗北はないが勝利もない。
そういう戦いをどれだけ長く続けられるかが勝負の命運を分ける。
そしてその条件下において、ラゴーンに勝ち目など万に一つもなかった。
なぜなら彼が相手にしているのはサイラなのだから。
「あーはっはっはっは!」
彼女はこの戦いを心底楽しんでいる。
それこそいつまでも続けばいいのにと願うほど。
彼女にとっては今や痛みでさえ歓迎すべき快楽に他ならないのだ。
戦いこそ彼女の求めるもの。
それさえあれば彼女は満たされる。
一方のラゴーンはと言えばそういうわけにもいかない。
彼にとって戦いというものはただの手段である。
彼は己の意志を通すためにその力を振るうのだ。
だから勝敗のつかない戦いを続けることに、彼は意味を見出せない。
もしこれが天界での戦いならば、もう少し話は違っていたかもしれない。
いや、天界と言わずとも、もっと他の理に支配された世界なら、ラゴーンには勝利するだけの力があっただろう。
だがこの地獄という世界だけは、彼の力を裏切った。
それも当然といえば当然。
だってこの世界は、人が罪を償うための世界なのだから。
抱えた業を炎にくべて、魂を浄化することだけが、この世界で許される営み。
ゆえにそれ以外のことに意味はなく、すべては虚無へと消えていく。
そのことがラゴーンの闘志を鈍らせる。
そして戦いが続いていくにつれて、もう彼はそれを誤魔化すことができなくなっていた。
「終わりだな」
サイラの攻撃を食らい、地に伏した彼の口から、ついにその言葉が零れ出る。
そしてもう立ち上がってこないラゴーンを見て、サイラも拳を下ろした。
「もういいのか?」
「・・・よくはない。何一つよくはないのだ。だがもう我は戦えぬ。ここまでだ」
「そうかよ。つまんないの」
彼女の狂気が引いていく。
壊れた玩具を見下ろすその瞳に、もはや熱はなかった。
「なかなか楽しかったよ、ラゴーン。退屈しのぎにはなった」
「・・・退屈しのぎか。我が命運を賭けた戦いを貴様はそう評するのだな。腹立たしいことこの上ない」
「最初に言ったじゃん。何を背負っていようが関係ないって。お前の事情などアタシは知らん」
「・・・そうか」
もうラゴーンには怒る気力もない。
それだけこの戦いは彼の精神を蝕んだのだ。
最後に彼に許されたのは、恨みを吐くことだけ。
しかしそれさえもサイラには取り合ってもらえなかった。
「ああ、またあの牢獄に戻るのか。あの何もない空間で永劫の時を過ごすのか。それならいっそのこと、この命など無くなってしまえばよいのに・・・」
もうただのうわ言にしかなっていない言葉をラゴーンは呟き続ける。
そんな哀れな姿を晒す彼を最後に一瞥し、サイラはその場を後にした。
代わりにどこからともなく現れてきた獄吏たちがラゴーンに縄をかけていく。
そうして彼は、大寒獄へと連行されていくのだった。
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