62話 暢気なルイ
一時はいたるところで阿鼻叫喚が巻き起こっていた地獄も、今となっては静寂に包まれている。
例外的に騒がしい場所が二か所ほどあるが、ここからは少し距離があるので気にはならない。
遠くの残響をかすかに感じながら、僕はゆっくりと歩を進めた。
そうして歩くことしばらく、焼け焦げた戦場の中心で座り込んでいる使徒を見つける。
錫杖を地面について、息を整えているその姿からは疲労が伺えた。
「やあ、エンマ」
「・・・ルイか」
「ずいぶんとお疲れのようだね」
「ああ、少し頑張りすぎたようだ」
「君は武闘派ではないからなあ」
「そうだな」
いつもより口数が少ない様子を見るに、本当に疲れているようだ。
別に心配してあげる義理もないけれど、なんとなく彼の正面に座ると僕は口を開いた。
「僕と取引してよかったでしょ?」
「ああ、結局我々だけではあれを止めることができなかった」
「まあそれも結果論だけどね。しかし君が賢明な判断をしておいたおかげで、最悪の事態に至らなかったのもまた事実だ。後はトトとサイラがそれぞれの決着をつけることだろう。僕たちはこうしてここに座って待っていればいい」
「・・・」
僕が暢気にそんな発言をすると、なぜかエンマが僕を凝視する。
何か言いたいことでもあるのかと思って首を傾げると、彼は口を開いた。
「いや、ずいぶんと不思議な話だと思ってな」
「何が?」
「だってそうだろ?今この世界で一番力を持つはずの君が、一番働いていないんだから」
そう言って彼はにやっと笑った。
僕はその言葉に対して心底憤慨だという表情を浮かべる。
「何言ってるの?この状況を創り出せたのは僕の血の滲むような努力のおかげなんだからね?というか比喩でもなんでもなく一旦心臓貫かれて血だらけになったから。そんな僕に対して働いてないとか、君の目は節穴なのかい?」
「そういう意味で言ったわけじゃない。私が言いたかったのは、君が戦えばもっと話は単純だったんじゃないかということだ。正直な話、君が本気を出せばどの段階であろうと、その時点でこの盤面をひっくり返せただろう?」
「それは手法が簡単になるというだけで、最上の結果を得るという意味においては僕の意に反する。そもそもの話、僕の目的は原典の情報を入手することであって、この騒動を解決することじゃない。目的を達するために必要な欠片を組み合わせたら、たまたま僕の出番が無くなるという筋書きに辿り着いただけさ」
そう言った僕に対して、エンマは呆れ半分で言葉を返してきた。
「ルイ、それは君だから出せる結論なんだ。普通の使徒はまずそんな風には考えない。すべてを凌駕する力があるのなら、それを使ってしまうのが使徒という存在だ」
「でもどちらかと言えば君も小狡い方じゃないか」
「それは私に強大な力が無いからそうせざるを得ないだけの話さ。もし私が君なら自分自身の手ですべてを成そうとするだろう。実際昔の君もそういう使徒だった」
「・・・さあ、どうだったかな?もしかしたらそんな時代もあったかもしれない」
「しらばっくれても無駄だ。私は君を知っている。だからこそ今の君の在り方が私には理解できない」
「別に理解する必要はないし、理解されたいとも思っていないよ。僕はただ、僕の願いのために、僕の全力を尽くすまで」
そう言った僕を見て、エンマは少し笑った。
「もう“白き死神”はいないのだな」
ずいぶんと懐かしい言葉を聞いた気がする。
「僕は自分でその名を名乗った覚えはないよ。それにそんな大層な名を冠する存在でもない。昔も今も、僕はただのルイだよ」
「そうか」
もうそれ以上エンマは何も言おうとはしなかった。
僕もそれに倣って口を閉ざす。
意図せず大きく話が逸れたせいで、ずいぶんと時間が経っていた。
遠くで聞こえていた悲鳴もいつの間にか消えて、辺りは静寂に支配されている。
この事件の終焉は近い。
僕とエンマは、その時を静かに待ち続けるのだった。
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とろりんちょ @tororincho_mono