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61話 化物の戦い

 なんなんだ、これは。

 どうしてこんなことがあり得る。


 理解不能だ。

 意味が分からない。


 こいつは一体何なんだ。


「あっはっはっは、久ぶりに骨のあるやつと戦えて、アタシは嬉しいぞおおおおお!」


 今目の前にいるのは一匹の獣。


 理性を失い、ただ相手を食らうためだけに戦うそれは、お世辞にも使徒と呼べるような代物ではなかった。


 おそらく力量はこちらが上回っている。

 現に戦いの始まりはこちらが優位に立っていた。


 それがどうだ。

 戦いが長引くにつれて追い込まれていくのはこちらの方だった。


 いくら殴ろうと、この獣はひるまない。

 まるで痛みなど感じていないかのように、笑いながら襲い掛かってくるその姿はまさに悪鬼のそれ。


 ルイへの憎悪に支配されていた心は徐々に蝕まれ、今や相対する化け物への恐怖に占有されつつあった。


「ぐあああ」


 また一つ、獣の拳が体を貫く。


 かつて一度味わった敗北が、あの屈辱が忍び寄ってくる。


「なんなんだ貴様は!」


 ここまできて負けるのか?

 怨敵には見向きもされずに?


 なぜだ?


 こんなはずではなかった。

 我はこんな地の獄で終わる使徒などではない。


 我は天に帰還し、再び覇を唱えるのだ。


 なのになぜ・・・。


「我が野望は、こんなところで潰えるものではない!我が負けるはずないのだ!」


 恐怖を押し殺すように声を張り上げる。


 しかしそれは目の前の獣には届かない。


「くだらねえ!何を腑抜けてやがる。戦いっていうのはな、何を背負っていようが関係ないんだよ。強い奴が勝つ、ただそれだけの話だ。お前は伝説の使徒なんだろうが!だったらその力を示せ!もっとアタシを楽しませろ!余計なことに気をとられて満足に戦えないのなら、最初からこの舞台に立つな!」


 燃え上がる瞳と目が合う。


 不気味な衝動が垣間見えるその瞳は、知性ある使徒のものではない。

 血に飢えた獣のそれだ。


 背筋が凍る。


 ふざけるな。


 我はラゴーン。

 天界を支配する者。

 いずれ神へと至る者。


 強者たる我が恐怖など感じていいはずがないのだ。


「がああああああ」


 認めるわけにはいかない。

 認めていいはずがない。


 そう思って力任せに拳を振るえば、獣を後退させることに成功する。


 そうだとも。

 この劣勢は永劫の投獄生活が生み出した、ほんの少しの緩みに過ぎない。


 意識を集中し、研ぎ澄ませれば、すぐに取り戻せる。


 かつて奪ってきた数多の命と同じように、こいつも殺せばいいのだ。


「死ね!」


 心臓目がけて一直線に手を伸ばし、最短距離で命を目指す。


 そして当然の帰結として、その手は届いた。


「がっ!」


 獣の心臓は穿たれ、あたりに血をまき散らす。


 命を刈り取る感触に、思わず頬が吊り上がった。


「これで終わりだ」


 そうだとも。

 こんな名も知らぬ獣ごとき、少し本気を出せば簡単に殺せる。


 これが正しい結果なのだ。


 勝利を確信し、腕を引き抜こうと力を入れる。


 しかしそこで、目の前の獣は薄く笑った。


「あはは・・・」


 それは死に際の獣が上げる醜い悲鳴。

 特に気にする必要もなく、このまま終わらせればいいだけのこと。


 だがその判断は甘かった。


「ぐああああ」


 もはや死に体だと思っていたその獣は顔を上げると、こちらの腕を掴んで力任せに引きちぎったのだ。


 突然の激痛に動きが止まった瞬間、今度は腹に蹴りを食らって吹っ飛ばされる。


「くっ」


 地面に叩きつけられながらもどうにか体勢を立て直し、視線を上げる。


 我が瞳が捉えたのはちょうどちぎられた腕が獣の体から引き抜かれる瞬間だった。


 そして次に起こった現象に、とうとう思考が凍り付く。


「なんだ・・・?」


 致命傷を与えたはずの獣の体がみるみる修復し始めたのだ。


 血を吐き出し続けていた体の穴はやがて塞がり、獣は何事もなかったかのようにそこに立っている。


 そしてその恐るべき現象は、例外なくこちらの肉体にも襲い掛かった。


「なんなんだこれは・・・」


 ちぎれた腕が修復していく。


 ものの数秒もしないうちに、体は元の無傷な状態に戻ってしまった。


「あはは、ルイの言うとおりだな」


 混乱する思考に、聞き捨てならない単語が入り込んでくる。


「・・・ルイだと?」

「そう、ルイだよ。ルイが言っていたんだ。この世界でアタシは死なない、そしてアタシの敵も死なない。どれだけ傷ついても体は元に戻る。だから永遠に戦い続けられるってあいつは言っていたんだ」

「・・・」


 嫌な予感がする。


 ここで奴の名が出てくることは、致命的なことを意味しているのではないか?


 そう思った瞬間、魂が縛られるような感覚に襲われた。


 だがそんなことに気を取られている余裕はない。

 仕留め損なった獣は依然として牙を剥いているのだから。


「ああ、悪くない、悪くない報酬だ。わざわざ協力してやった甲斐があるってもんだ。なあ、アンタもそう思うだろ?」


 そう言って獣は再び走り出した。


「くそっ!」


 思わず悪態がこぼれ出る。


 もしかしたらこれは、あまりにも残酷な戦いなのかもしれない。


 いや、もしかしたらなんかではない。

 間違いなくそうなのだろう。


 なにせこれは奴が仕掛けた罠なのだ。


 悪魔め。

 どこまで我を侮辱すれば気が済むのか。


 許さぬ、絶対に許さぬ。


「ルイィィィィ!!!」


 届かぬとわかっていながらも、我は叫ばずにはいられなかった。


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とろりんちょ @tororincho_mono

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