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60話 トトは泣く

 負けて、負け続けて、それでも立ち上がって、でもやっぱり負けて。


 そんな絶望的な状況が、いとも容易く崩れ去っていく。


 すべては一瞬の出来事。


 劇的過ぎて、もはや言葉を出すことさえも許されなかった。


「さて、うるさいのもいなくなったし、残りもさっさと片付けようか」


 そう言って近づいてきたルイと目が合う。


「トト、まだ動けるかい?」

「あ・・・、ああ」


 いつも通りに、何事もなかったかのように、彼は俺に話しかけてくる。

 まるでこれまでのことがすべて夢であったかのように、変わらずそこに立っていた。


「悪かったね。君には何も説明してなかったから驚いただろ」

「ああ・・・」

「まあ許してよ。最初の段階では君が敵という可能性も捨てきれなかったからね」

「それは・・・」

「ああ、安心して。もう疑ってはいないよ。バスピーが君を殺そうとした時点で、君の疑いは晴れたから」

「ああ・・・」


 淡々と説明してくるルイに、俺は中途半端な返事しか返せない。


 どうして彼はここまで平然としていられるのか。

 俺の心はこんなにもかき乱されているというのに。


 本来なら今すぐにでも彼に詰め寄って、これまでのことを洗いざらい話させるべきなのだ。


 何が起きていたのか、お前は何をしていたのか、今がどういう状況なのか。

聞きたいことは山ほどある。


 それなのに俺は動けない。

 言葉がのどをついて、晒してはいけない無様が表に出てこようとしている。


 そんな俺の様子に何を思ったのか、ルイも少しの間口を開こうとはしなかった。


 しばしの沈黙の後、ようやく最初に聞きたかった言葉がこぼれてくる。


「・・・一つだけ確認しておきたい?」

「なんだい?」

「お前は、無事なんだな?」

「見ての通りさ。ピンピンしてる」

「・・・そうか、それはよかった、本当に・・・」


 ずっと自責の念に苛まれてきた。


 勝手に頼って、勝手に巻き込んで、そして死なせてしまった。


 奈落へと落ちていくその姿を思い出すたびに、気が狂いそうになっていた。


 それでもなんとかここまで進んできたが、もう限界だった。


「うぅ・・・」


 気が付けば、俺は泣いていた。


「よかった、よかった・・・」


 ルイは生きている。

 生きているのだ。


 その証拠に今目の前に彼は立っている。


 それだけで俺は救われた。


「あらら・・・」


 急に泣き出してしまった俺を見て、彼は呆れたような声を出す。


「せっかくここまで頑張ってきたのに、最後の最後でそれかい?少しはマシになったと思ったけど、君はまだまだ半人前のままなんだね」


 どこか楽しそうな調子も交えながら、彼は俺にそう告げた。


 ああ、そうだとも。

 不遜な態度で誤魔化そうとしても、所詮まだまだ俺は半人前なのだ。


 心は脆く、力もない。

 それでも王としての役目を果たすために強がってきただけ。


 その化けの皮がはがれれば、ずっと変わらない情けない俺がいるだけだ。


 みっともなく泣いているこの姿こそが本当の俺なんだ。


 やはり俺は王になど向いていない。


「いい加減にしろ」


 でもルイは、そんな俺を許さなかった。


「君は王だろう?少なくともそう名乗ったからには、最後までその役目を全うしろ」


 頬に手が添えられ、無理やり顔を上げさせられると、紅の瞳と目が合う。


「いいかい?この程度の苦難なんてこの先いくらでもある。僕たちが相手にしている世界とはそういうものだ。どれだけ使徒が力を持っていようと、打ちのめされることなんて珍しくもない。その度に君がその調子じゃ君の派閥は崩壊するぞ」

「・・・」

「泣くな。根拠がなくとも堂々としていろ。今の君にはそれくらいがちょうどいい」

「・・・ああ」


 まだ涙は止まらないけれど、それでもなんとか立ち上がる。


 そんな俺の姿に満足したのか、彼は俺の頭に手を置いた。


「まあでも、半人前にしてはよく頑張ったね。今回は褒めてあげよう」

「・・・それはずるいだろ」


 結局俺は声を上げて泣き出してしまった。


―――――


 それからしばらく経って、俺はようやく泣き止んだ。


 これまでのことを清算するかのように流れた涙が枯れたところで、ルイが再び声をかけてくる。


「さて、そろそろ大丈夫かな?」

「・・・ああ、もう大丈夫だ」

「ならここからは仕事の話をしよう。生憎この地獄の騒乱はまだ終わっていないからね。君にも仕事をしてもらわないと」

「仕事?」

「ああ。ラゴーンの相手はサイラがしている。君にはこれの始末をつけてもらいたい」


 そう言ってルイは俺の目の前に何かを放り投げる。


 それが何であるかを理解した瞬間、俺は思わず頬を引きつらせた。


「見ての通りバスピーは捕えた。君にはこれの処理を頼みたい。一時的とはいえ君の部下だったわけだし、けじめをつけるというのなら君がやるべきだろう」


 バスピーは意識があるようだが、その目に光はなかった。

縄に縛られているせいもあって、身動き一つとろうとしない。


 これまで見せてきたあの憎たらしい表情はもうなく、いっそ哀れみすら誘うその様子を見て俺は口を開いた。


「・・・わかった、俺が片付ける」

「じゃあ、よろしく。でもその前に一つ助言しておくよ。彼はこのままだとまだ始末できないんだ」

「どういうことだ?」

「詳しいことは省略するけど、彼は呪われてるんだ。その呪いを解かないと彼は死なない。だからまずは彼を苦しめろ」

「というと?」

「熱湯に突き落とすなり、その辺の炎で焼くなり好きにすればいい。個人的には炎がおすすめかな。比較的短時間で終わるよ」

「・・・意味がわからないんだが?それくらいじゃ使徒は死なないだろ?」

「これ以上は教えてあげない。これは僕の報酬だ。君は必要な情報だけその手にもって仕事をすればいい。じゃあ後は任せたよ」


 ルイはそう言うとどこかへ向かって歩いて行ってしまう。


 まだ少し話し足りない気がしないでもないが、今は後回しにして俺はバスピーに向き直った。


「・・・バスピー」

「・・・」

「言いたいことがたくさんある。聞きたいこともたくさんある。でも全部やっていたらキリがないから、一つだけにしておこう」


 さっきまで抱いていた安心感が消えていく。


 よくよく考えれば変な話だったのだ。


 まだ事件は何も終わっちゃいない。

 俺の部下を殺した相手に復讐ができていない。

 自分が持ち込んだ厄介事を他人に押し付けたままでいる。


 こんな状態で泣いている暇などないのだ。


「お互いけじめをつける時間だ。いくぞ、バスピー」


 俺は自らの仕事を終わらせるべく、バスピーの襟首をつかむとゆっくりと歩き始めるのだった。


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とろりんちょ @tororincho_mono

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